室町時代の祐乗が始祖である金工の後藤家は17代の典乗まで、時の権力者の抱え金工として続いてきました。光理はその12代目で名工と言われている通乗の嫡男として元禄二年(1689)に生まれ享保六年(1721)に13代目を相続しました。その時代は町彫の全盛期で、横谷宗與、柳川直政、大森英昌、濱野政随などが活躍していた時代でした。従って時勢に合わせて町彫金工に負けないような斬新な図柄の作品が作られました。この小柄は伝統的な後藤風の筍でありながら配置を考え、動きと空気感を備えた図取りにしていて、光理の粋な感覚が伺えます。また、表面は控えめですが、金の裏板にしたことによって全体が引き締まった作品になっています。後藤家らしい品格もあり、楽しめる小柄です。








後藤寿乗
江戸(1700-1762)
在銘
保存 (NBTHK)
家彫 · 山城 · 1700-1762頃
現在3点販売中
後藤寿乗光理は、元禄二年に宗家十一代通乗光寿の嫡男として生まれ、幼名を亀市、のち光幸と称した。享保五年十一月、父光寿が通乗と号して隠居するに及び家督を相続し、四郎兵衛光理と名乗って後藤宗家十二代目当主となった。江戸時代中期、後藤宗家の伝統を次代へ確実に繋ぐ要の世代にあたる。
自作においては、赤銅魚子地に金紋を配した三所物が代表的な作域である。巻龍図などの伝統的画題を用い、打ち出しは厚目で金を多く使用して重量感があり、根も力金も丁寧に造り込む。金無垢地の容彫目貫にも巧みな姿態表現が見られ、説示には「各所に後藤家の家風を遺憾なく発揮しており、気品があって格調が高い」[[c:1]]「後藤家のお手本のような格式を備え持った見事な一組」[[c:2]]と繰り返し評される。宗家伝来の技法を忠実に守りながらも、端正にして格調ある独自の美意識を確立した工人である。
鑑定家としても重きをなし、三代乗真の鯰図笄をはじめ歴代宗家の作品に対して極銘を切り、享保十四年付の代百貫折紙など確かな鑑識眼を後世に残している。子の十三代光孝が光理自身の作品を極めた折紙が附帯する例もあり、親子間にわたる宗家の鑑定の継承を示す好例として注目される。
後藤寿乗の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
家彫 · 山城
時期区分: 後藤宗家· 1573–1900
現在321点販売中
銘が正しい、または無銘でも年代・流派を指摘でき、美術工芸的価値が認められる、保存に値する真正の刀装具と鑑定されたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
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