説明

Ginza Choshuya 東京都中央区銀座3-10-4 月–土 9:30–17:30 NBTHK certificate: Tokubetsuhozon tosogu 先の窄まった籠から雉子の尾羽と足が見える。現代の日常生活では馴染みがないが、鷹匠が扱う道具の一つで餌畚、または餌袋と呼ばれている。鷹の餌を入れたり、捕った獲物を入れたりした。鷹狩の歴史は古く、また世界中いたるところで行われてきた。わが国でも古墳時代の埴輪に既に鷹匠の姿がある。鷹狩には、狩猟、娯楽の他に軍事訓練の側面もあった。織田信長や徳�川家康が鷹狩を好んだのは有名な話だ。その信長に登用され、大判分銅役と彫金を担ったのが後藤宗家四代目光乗である。引き締まった高彫は隙が無く緊張感が漲る。一見残酷な画題に思えるが、武士が武士であった時代、命のやり取りを間近に感じていた時代にこの図を身近に置くことは様々に意味のあることだったろう。上質の赤銅地に映える鮮やかな金は、光乗が開発した色絵蝋による焼き付けの技法。これにより、細かな彩色が可能になった。初代の祐乗に次ぐ上手といわれた光乗は、伝統に創意と革新をもたらした人でもあった。本作は光乗の紋を十三代の光孝が小柄に仕立てたもの。雉子の翼の際にくっきりと極め鏨が刻されている。

餌畚に雉子図小柄 銘 紋光乗 光孝花押小柄光乗
Tokuho

餌畚に雉子図小柄 銘 紋光乗 光孝花押小柄光乗

小柄

¥700,000

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作者について

Goto Enjo後藤延乗

19 重要刀剣

後藤光孝(ごとうみつたか)は、後藤家十三代目を務めた刀装金工である。十二代光理(寿乗)の嫡男として享保七年(1722)に生まれ、幼名を亀市、のち光成、俗名を源之丞と称した。寛保二年(1742)に父光理が没したため、四郎兵衛光孝と改め宗家を相続した。その在任期間は十代廉乗に次いで歴代二番目の長きに亘り、後藤家の家業に尽力した。光孝は、先代までの作風を継承し、伝統を墨守した作品を多く残している。 光孝の作風は、小柄・笄・目貫を組み合わせた三所物を中心とする。題材は倶利迦羅、舞鶴、馬、虎、宝尽くしなど、後藤家伝来のものが多く見られる。作域は広く、金無垢、赤銅魚子地、高彫、色絵など多様な技法を駆使し、その作風は後藤家の技術を継承し、伝統を墨守したものが多いとされる。特に赤銅魚子地の作品が多く、金紋を据えた格調高い作風が特徴である。また、鎧武者の作品は、彫と色絵の緻密さから手間物と評価されている。光孝の作品は、一定、一疋、細やかな毛並みの鏨まで整えられており、端的な表現ながら後藤家御家彫の伝統と格式を存分に明示している。しかし、一般に後藤家の作は鏨数が少ないといわれているが、光孝作品の中にあって、鏨数が多く緻密な彫技を見せた入念作も存在する。作風は後藤家の伝統を墨守したものが多く、倶利迦羅、舞鶴、馬、虎、宝尽図などを見る。 光孝の作品は、後藤家の伝統と格式を重んじながらも、独自の作風を確立した点が高く評価されている。その作品は、品格と勇壮さを兼ね備え、躍動感に満ちている。また、光孝は鑑定にも長けており、後藤家の過去の作品を極めたものも存在する。特に、初代祐乗、二代宗乗、四代光乗、五代徳乗、六代栄乗、七代顕乗などの作品を鑑定し、銘を添えた作品が見られる。これらの作品は、光孝の鑑定眼の確かさを示すとともに、後藤家の歴史と伝統を継承する上で重要な役割を果たしている。光孝の作品は、後藤家の御家彫の伝統と格式を存分に明示した傑作として、後世に高く評価されている。

刀剣商

銀座長州屋

ginza.choshuya.co.jp

¥700,000

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