五三桐紋壺笠目貫 無銘(徳乗) -Mumei (Tokujo)- 表目貫 横20.4ミリ 縦20.45ミリ 裏目貫 横20.4ミリ 縦20.4ミリ 重量11.0グラム 桃山時代 The Momoyama period 附属 重要刀装具指定書、享保6年付通乗折紙、特製落込桐箱 後藤徳乗は後藤宗家五代を継いだ桃山時代を代表する金工で、天文19年(1550)に生まれ、寛永8年(1631)に没しました。織田・豊臣から徳川へと天下の主が移り変わる時代に家彫の伝統を担い、徳乗以降の後藤宗家が四郎兵衛家と呼ばれる端緒を開いた人物として知られます。後藤家は将軍家や諸大名の格式ある刀装具を手掛け、赤銅魚子地へ金の高彫色絵を配する格調高い様式を完成させましたが、徳乗の作には桃山らしい豊かな量感と堂々たる構成、細部まで揺るがない端正な鏨使いが備わり、家彫金工の中でも特に高い評価を受けています。 五三桐紋は三本の花序に五・三・五の花を配した桐紋で、古くから朝廷や武家の権威と結び付き、桃山時代には豊臣政権の象徴的意匠としても重んじられました。桐は鳳凰が宿る瑞木とされ、繁栄、威信、家運隆盛を表す格の高い吉祥文であり、本品のように桐紋を壺笠目貫へ整然と配した意匠は、実用の装具を超えて、所持者の格式を端的に示すための荘厳な装飾といえます。 本品は赤銅地をふっくらと盛り上がる壺笠形に仕立て、その全面へ極めて細密な魚子を打ち、中央の円形座と外周へ五三桐紋を金色絵で配した一対です。中央には粒を揃えた魚子地の上へ大きな五三桐を据え、周囲を細かな連珠状の縁で引き締めながら、外周には六つの桐紋を均衡よく巡らせることで、直径約20ミリという凝縮された画面に、桃山の気宇を感じさせる華麗さと厳正な秩序を両立させています。 漆黒に近い赤銅の地色と金色絵の鮮やかな対照は遠目にも明快であり、手元では中央座の緻密な魚子、立体的に起こされた桐葉、細く伸びる花序、外周を締める縁取りまで、鏨仕事の密度を余すところなく味わえます。左右は単純な型の繰り返しではなく、一つ一つの葉先や花房に微妙な変化を持たせながら、一対として寸分の乱れもない品格へまとめられており、丸く張り出す壺笠形の量感が斜めの光を受けるたび、黒と金の間に豊かな陰影を生み出します。 裏面は深く内刳りされ、古い装着の痕跡を留める素朴で力強い裏行を示しており、表の華麗で精密な装飾とは対照的に、桃山金工らしい確かな構造と時代の深さを伝えています。享保6年(1721)に後藤宗家十一代通乗が徳乗作と極め、「代金弐枚五両」と評価した折紙が伝来し、さらに日本美術刀剣保存協会の審査によって重要刀装具第3469号に指定され、桃山時代の徳乗作として重ねて高く評価されています。江戸時代に発給された後藤家の折紙と、現代の重要指定が揃って伝わる点は、作品そのものの完成度に加えて確かな来歴を備えることを示し、後藤宗家の格、桃山の華麗な美意識、由緒ある伝世を一対の中に凝縮した、収蔵の中心に据えるに相応しい名品です。









後藤徳乗
桃山
無銘
重要 (NBTHK)
家彫 · 山城 · 1550-1631頃
現在3点販売中
後藤徳乗は、後藤家五代目を務めた刀装具師である。天文十九年(1550年)に四代光乗の嫡男として生まれ、俗名を源次郎、後に四郎兵衛と改め、諱は光基、または正家とも称した。後藤家は初代祐乗以来、足利将軍家に仕えてきたが、四代光乗の時代に足利家が滅亡し、以後は織田信長に仕え、信長没後は豊臣秀吉に仕えた。秀吉からは大判(金貨)・分銅(計量)・彫物(刀装具)の三役を命ぜられている。徳乗は、父光乗と共に織田信長の側近として仕え、天正九年には判金、分銅の役を任ぜられた。後、秀吉にも重く用いられて天正十六年には大判金・小判金を製作し、「徳乗桐」と称せられた桐の極印を打ち自分の名を墨書している。さらに徳川の時代になっても家康・秀忠に任用され、晩年は法眼に任ぜられている。寛永八年(1631年)に没した。
徳乗の作風は、桃山時代の豪壮華麗な気風を反映したものが多く、赤銅魚子地を高彫、金色絵で飾る作が多い。作域は薄金出しで裏行が深く、表からの絞りと山高く谷低しの肉置の変化が際立っており、洗練味が高いとされる。特に桐紋を得意とし、「徳乗桐」と称される独特の意匠は名高い。また、金無垢地の目貫も手掛けており、容彫による力強い表現が特徴である。作風は、御家彫後藤家の技術の確実さを十分に堪能できる出来映えと評される。後藤家桐紋の特徴である特殊鏨(麦鏨と称される特殊タガネ)を打ち込んだ作品も多く見られる。総じて、品格を兼ね備えた後藤家の面目躍如たる作品が多く、桃山時代の雰囲気を伝える洗練された作風が特徴である。
徳乗の作品は、後藤家嫡流の作として出来が良く、保存状態も申し分がないと評価される。その作品には、後藤家の歴代当主による折紙が附帯しているものも多く、特に十三代光孝による鑑定が多い。これらの折紙は、作品の正真性を保証するだけでなく、当時の評価を知る上でも貴重な資料となっている。桃山時代の刀装具を代表する刀工の一人として、後藤徳乗の名は高く、その作風は後代の刀装具師にも大きな影響を与えた。
後藤徳乗の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
家彫 · 山城
現在321点販売中
後藤派は、室町時代中期に初代祐乗が将軍足利義政に仕えて創始した彫金の宗家であり、「日本彫物の元祖」と仰がれ、「古今独歩の鏨師」と賞賛される祐乗を祖として十五代にわたり嫡流の技を継承した。祐乗の作品は東山御物として数多く取り上げられ、後世に名を残した名工は挙って後藤家の祐乗に範をとっている。四代光乗・五代徳乗は織田信長、次いで豊臣秀吉に仕え、大判・分銅・彫物の三役を担い、桃山時代の豪華美を格調高く表示した。幕末には一乗が「後藤家の掉尾を飾る名工」として家風を大成し、門下の荒木東明・中川一勝らが一派の技を継承した。 後藤派の作域は三所物・縁頭・鐔・揃金具と多岐にわたり、赤銅魚子地を基調とした高彫金色絵を家風の根幹とする。金紋裏哺金仕立の小柄笄、金無垢地容彫の目貫など、素材と技法の選択に一貫した格式が認められる。三代乗真は「大振りで力強く、量感の豊かな彫技」[[c:1]]を特徴とし、紋の肉取りが豊かで鏨使いが手強く、赤銅の色相も漆黒で麗わしい。桃山期の作には鋤出高彫に金・銀・素銅の象嵌色絵を駆使した豪華絢爛の大名道具が見られ、近世には四分一磨地や朧銀地に甲鋤毛彫・平象嵌を組み合わせた多彩な表現も展開された。龍・獅子・鶏・犀・鯰といった動物意匠から、松竹梅・桐紋・粟穂・四季草花に至るまで画題は広範であり、各代が武家好みの吉祥意匠を格調高く仕上げている。 後藤派に帰せられる作品には「気品があって格調が高く」[[c:2]]「力漲る」と評される一貫した品格が通底する。歴代の折紙制度によって初代祐乗以来の作が厳格に鑑定・伝承され、「家彫の誇りは確実に後代に伝わっている」[[c:3]]と繰り返し認められる。後藤流に熟達した門弟の作が「後藤家御家彫と見紛うまでの出来」[[c:4]]と称されることからも、その規範性の高さが窺える。日本金工史において、後藤派は赤銅魚子地高彫金色絵という技法体系を確立し、室町から明治に至る四百余年の間、彫金の最高規範として君臨した一門である。 詳しく見る →
特別保存刀装具の中から、特に出来が優れ、美術工芸的価値が極めて高く、国認定の重要美術品に準ずると判断されたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
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