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Stock number:KO-010517Paper(Certificate):[N.B.T.H.K] Tokubetsu hozon TousouguCountry・Era:Edo eraMaitsuru-zu Kozuka赤銅魚子地 高彫 金銀色絵Length:9.72cmWidth:1.42cmThickness:0.58mIn paulownia wood box【Additional Information】後藤本家五代目。徳乗の作を十三代光孝が極めた小柄である。徳乗は源次郎と言い、父の没後、四郎兵衛を襲名する。光基、正房、正家と諱して同人である。先代光乗の嫡男として天文十九年(1550)に生まれた。幼なくして祖父乗真の戦死により、父母とともに九州へ赴いたが、元亀二年(1571)に一族は京都の上京に戻って家職を再興した。天正十年(1582・この年に信長が本能寺で自決し、秀吉は光秀と山崎で戦った)に豊臣家から判金改め、ならびに分銅役を引き受け、父を助けて同家の財務関係の一部を担当しており、当時の後藤家が極めて重要な職務を託されたことが文献にも記されている。また、後藤細工所の基礎を固めた功績は大きく名人の位に評価すべきである。巷説に寄ると、豊臣家の五三桐は徳乗の考察によると伝え、別名を徳乗桐と呼ばれている。これから宗家を代表者として一族の者たちによって大判などにこの桐の極印が打たれるようようになり、後藤(花押)と表面に墨書されることになったが、質、量、形の一定化したのはこの時代からである。本作は、上質の赤銅地に整然とした魚子を蒔き、一羽の舞鶴を高彫としている。くちばしと足は金色絵とし羽ばたいた羽を銀色絵とする。鶴は、ユーラシア大陸、アフリカ、オーストラリア、北アメリカ、特にアジアに分布する。鶴は、その高貴な姿や空を飛ぶ様、清らかな鳴き声から神仙に緑の深い仙禽ともみなされ、様々な物語に登場する。誠にスッキリとした構図で、出来が良く、後藤宗家の手腕を発揮した優小柄である。

Kozuka[Montokujyo Mitsutaka Maitsuru-zu][N.B.T.H.K] Tokubetsu Hozon Tousougu
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作者について

Goto Tokujo後藤徳乗

1 重要美術品1 特別重要刀剣29 重要刀剣

後藤徳乗は、後藤家五代目を務めた刀装具師である。天文十九年(1550年)に四代光乗の嫡男として生まれ、俗名を源次郎、後に四郎兵衛と改め、諱は光基、または正家とも称した。後藤家は初代祐乗以来、足利将軍家に仕えてきたが、四代光乗の時代に足利家が滅亡し、以後は織田信長に仕え、信長没後は豊臣秀吉に仕えた。秀吉からは大判(金貨)・分銅(計量)・彫物(刀装具)の三役を命ぜられている。徳乗は、父光乗と共に織田信長の側近として仕え、天正九年には判金、分銅の役を任ぜられた。後、秀吉にも重く用いられて天正十六年には大判金・小判金を製作し、「徳乗桐」と称せられた桐の極印を打ち自分の名を墨書している。さらに徳川の時代になっても家康・秀忠に任用され、晩年は法眼に任ぜられている。寛永八年(1631年)に没した。 徳乗の作風は、桃山時代の豪壮華麗な気風を反映したものが多く、赤銅魚子地を高彫、金色絵で飾る作が多い。作域は薄金出しで裏行が深く、表からの絞りと山高く谷低しの肉置の変化が際立っており、洗練味が高いとされる。特に桐紋を得意とし、「徳乗桐」と称される独特の意匠は名高い。また、金無垢地の目貫も手掛けており、容彫による力強い表現が特徴である。作風は、御家彫後藤家の技術の確実さを十分に堪能できる出来映えと評される。後藤家桐紋の特徴である特殊鏨(麦鏨と称される特殊タガネ)を打ち込んだ作品も多く見られる。総じて、品格を兼ね備えた後藤家の面目躍如たる作品が多く、桃山時代の雰囲気を伝える洗練された作風が特徴である。 徳乗の作品は、後藤家嫡流の作として出来が良く、保存状態も申し分がないと評価される。その作品には、後藤家の歴代当主による折紙が附帯しているものも多く、特に十三代光孝による鑑定が多い。これらの折紙は、作品の正真性を保証するだけでなく、当時の評価を知る上でも貴重な資料となっている。桃山時代の刀装具を代表する刀工の一人として、後藤徳乗の名は高く、その作風は後代の刀装具師にも大きな影響を与えた。

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