説明

Ginza Choshuya 東京都中央区銀座3-10-4 月–土 9:30–17:30 Momoyama period / Kyoto city, Yamashiro province Origami written by Mitsuyoshi (Tenpo 5. AD1834) Tokubetsu-hozon certificate by NBTHK (Tokujo) 後藤宗家五代徳乗の作であることを、同十五代光美が極め、天保五年に代金三枚八両の折紙を発行した、彫口厳しい猛虎図目貫。徳乗は四代光乗の嫡子で天文十九年の生まれ。戦国期の動乱を避けて父と共に京を離れたが、後に上京して信長、秀吉に仕えている。特筆すべきは大判製作に携わり、徳乗桐と呼ばれる貫禄のある桐紋を意匠し、以降の後藤家の基礎を成した点。この目貫は、後藤の伝統的な阿吽の相を示す二疋の霊獣を並べた構成。漆黒の赤銅と金の対比とし、表皮も豹と表現される斑文と縞の二様。打ち込みの強い裏行も古調で貫禄がある。

虎豹図目貫 無銘 後藤徳乗目貫徳乗
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虎豹図目貫 無銘 後藤徳乗目貫徳乗

目貫

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作者について

Goto Tokujo後藤徳乗

1 重要美術品1 特別重要刀剣29 重要刀剣

後藤徳乗は、後藤家五代目を務めた刀装具師である。天文十九年(1550年)に四代光乗の嫡男として生まれ、俗名を源次郎、後に四郎兵衛と改め、諱は光基、または正家とも称した。後藤家は初代祐乗以来、足利将軍家に仕えてきたが、四代光乗の時代に足利家が滅亡し、以後は織田信長に仕え、信長没後は豊臣秀吉に仕えた。秀吉からは大判(金貨)・分銅(計量)・彫物(刀装具)の三役を命ぜられている。徳乗は、父光乗と共に織田信長の側近として仕え、天正九年には判金、分銅の役を任ぜられた。後、秀吉にも重く用いられて天正十六年には大判金・小判金を製作し、「徳乗桐」と称せられた桐の極印を打ち自分の名を墨書している。さらに徳川の時代になっても家康・秀忠に任用され、晩年は法眼に任ぜられている。寛永八年(1631年)に没した。 徳乗の作風は、桃山時代の豪壮華麗な気風を反映したものが多く、赤銅魚子地を高彫、金色絵で飾る作が多い。作域は薄金出しで裏行が深く、表からの絞りと山高く谷低しの肉置の変化が際立っており、洗練味が高いとされる。特に桐紋を得意とし、「徳乗桐」と称される独特の意匠は名高い。また、金無垢地の目貫も手掛けており、容彫による力強い表現が特徴である。作風は、御家彫後藤家の技術の確実さを十分に堪能できる出来映えと評される。後藤家桐紋の特徴である特殊鏨(麦鏨と称される特殊タガネ)を打ち込んだ作品も多く見られる。総じて、品格を兼ね備えた後藤家の面目躍如たる作品が多く、桃山時代の雰囲気を伝える洗練された作風が特徴である。 徳乗の作品は、後藤家嫡流の作として出来が良く、保存状態も申し分がないと評価される。その作品には、後藤家の歴代当主による折紙が附帯しているものも多く、特に十三代光孝による鑑定が多い。これらの折紙は、作品の正真性を保証するだけでなく、当時の評価を知る上でも貴重な資料となっている。桃山時代の刀装具を代表する刀工の一人として、後藤徳乗の名は高く、その作風は後代の刀装具師にも大きな影響を与えた。

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銀座長州屋

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