二つの朝廷が争った六十年、刀身は長大化し、長船がその需要に応えた。兼光と長義の工房は実際に戦う国人層の武士に仕え、軍勢とともに相州風が届いて相伝備前が生まれた。
<audio controls preload="auto"> <source src="clocktowerbell.mp3" type="audio/mpeg" /> </audio> Moto-haba (Width at Ha-machi) : Approx. 2.73 cm Horimono (Carving) : Omote"2 suji-hi" kaki-toshi, Ura "Bo-hi" kaki-toshi 備中州住貞次の、微かではあるが元弘二年もしくは三年十月日の年紀が読みとれる短刀。貞次の鍛冶銘は、遠く後鳥羽院の御用を勤めた古青江貞次を嚆矢として、鎌倉から南北朝期に同銘工が相継いで活躍したため、本阿弥家では青江の上作の代名詞として極めに多く貞次の名を冠している。 この短刀の貞次は、同じ元弘年紀の作例がある備中國青江住右衛門尉貞次同人と鑑せられる(注1)。寸が延びて身幅が広く、真の棟に仕立てられて両区も深い造り込みながら反りのない振袖ごころの茎となる、鎌倉後期から南北朝初期に多くみられる典雅な短刀姿。表の護摩箸、裏の深樋も塩梅良く、印象深い仕立て。肌目の美しい板目鍛えの地鉄は、中程から棟にかけて杢目肌が、刃寄りには流れるような柾肌が現れ、随所に地斑と澄んだ肌が玄妙な働きを成し、細やかな地沸が爽やかに湧き立って鉄色冴え、肌目を強調するように地景が蠢く。小沸と匂が巧みに調合されて匂口柔らかな直刃の刃文は、幽かなる小足と喰い違い刃を交え、帽子も上品な小丸に返り、青江物の美点を遍く示した晴朗の一口となっている。大筋違鑢に仕立てられた刃上り栗尻の茎、生ぶの茎孔はロクロ鉋で両面から穿たれて遠い時代を偲ばせ、長文の銘と裏年紀もいかにも雅趣深く、上身と共に賞翫措く能わざるものがある。(商品番号1736)








備前伝 · 備中 · 1334-1338頃
藤代 上々作 · 刀剣大鑑 上位5%
青江貞次は、備中国青江派を代表する刀工として著名であり、同銘は南北朝時代に至るまで継承されている。『観智院本銘尽』以来、後鳥羽院番鍛冶に選ばれた名工と伝えられ、『新刊秘伝抄』には「備中物極上十五貫」[[c:1]]と最高の代付をされる等、青江物の中でも第一級との評価がなされてきた。古来、本阿弥家では無銘の青江物で、典型的作風で且つ出来のよいものに貞次の極めをあてる傾向が見られる。作風から鎌倉時代末期から南北朝時代にかけて活躍した刀工と見られる。
貞次の作風は、板目肌を基本とし、杢目や流れごころとなることもあり、総体に肌立ち、細かに肌目が立つ。地沸が微塵につき、地景が入り、縮緬状を呈し、澄肌状が交じるなど、地鉄に特色が見られる。映りは淡く立つものから、乱れ映り、筋状に段映りとなるものまで存在する。刃文は直刃を基調とし、小互の目、小丁子、尖り互の目などを交え、足・葉が入り、匂口締まりごころに小沸がよくつく。刃中には金筋・砂流しが細かにかかり、匂口は明るく冴える。帽子は浅くのたれて小丸に返るものや、先突き上げ気味となって尖り、長めに返るもの、焼き詰めとなるものなどがある。姿は、鎬造、庵棟で、身幅尋常から広め、重ね厚く、反り深く、腰反りつくものなどが見られる。
貞次に対する評価は高く、古来、無銘の青江物で出来の良いものに、青江の優品という意味合いで貞次と極める傾向がある。作風には、焼刃に逆がかる態が見られ、下半が乱れて賑やかとなる様は、南北朝期における華やかな逆丁子乱れの先駆を想起させるものがある。鎌倉時代末期から南北朝時代初期の青江派の特色を顕著に示すものとして、同派の代表的優品と位置づけられている。
貞次の位置づけを、日本刀全体および伝法・時代・時期ごとに示します。各区分(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
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備前伝 · 備中
時期区分: 末青江· 1334–1500
現在19点販売中
末青江は備中青江派の最終局面にあたり、建武の頃を起点として南北朝時代を通じ、室町期へと連なる時期の作を指す。建武頃の年代色を示す守次の太刀から、文和・延文・貞治・康安・貞和といった年紀を有する次吉の諸作に至るまで、この区分の代表工は次直・次吉・守次・直次らであり、いずれも説示において南北朝時代中期の青江派を代表する刀工として並び称される。鎌倉時代末期から南北朝初期にかけての作と、延文を中心とする最盛期のそれとでは作風になお相違が認められ、後者において幅広く反りの浅い時代姿と締まって冴える刃境とが揃って表れる。鎌倉中期までの古青江、その後を承けた中青江の作域を受け継ぎつつ、南北朝の体配と地刃へと一派の風が移ろった段階がこの末青江である。 作風の核は段映りと匂口の締まりにある。地鉄は小板目に杢を交えてよくつみ、地沸が微塵に厚くつき、地景が細かに入り、鎬寄りに乱れ映りが立ち、刃寄りに筋状の映りが二重三重に並んで段映りを形成する。短刀や脇指には澄肌や地斑調の肌合が交じり、ここに古青江以来の縮緬肌の系譜がうかがえる。刃文は直刃を基調に小互の目・角ばる互の目・小丁子を交え、処々逆がかり、小足・逆足・葉が繁く入り、匂勝ちに小沸がつき、匂口が締まって明るく冴える。次吉に直刃が多く、次直に華やかな逆丁子乱れが多いという二様の作域があり、いずれも匂口の締まりと冴えを身上とする。古青江が小沸出来で匂口のやや沈んだ直刃に小乱れを交え、精美な縮緬肌に段映りを見せたのに対し、末青江は身幅広く寸延びて重ねの薄い南北朝姿をとり、匂口の締まりと冴えをいっそう際立たせる。中青江の作と比しても、逆がかる刃と段映りの強調にこの期の特色が表れる。 鑑定の要点は、段映りと逆がかる刃、そして締まって冴える匂口の三点に置かれ、大筋違の鑢目もまた同派を分かつ手掛かりとなる。主要工としては直刃を得意とする次吉、逆丁子乱れを得意とする次直、建武頃の力強い体配を伝える守次、暦応の年紀に逆鏨鋭い長銘を残す直次が挙げられる。代表作には、延文二年紀の前田家伝来の脇指、康安二年紀の帽子を区際まで焼き下げた短刀、貞治の年紀を備えた脇指などがあり、無銘ながら大磨上げに南北朝の姿を伝え貞次・次吉と極められた優品も少なくない。塚本素山旧蔵の吉次在銘短刀のごとく、徳川家綱より姫路酒井家へ伝わった一口も知られ、伝来の確かさを併せ持つ作が末青江の到達点を示している。 詳しく見る →
南北朝時代の備前
二つの朝廷が争った六十年、刀身は長大化し、長船がその需要に応えた。兼光と長義の工房は実際に戦う国人層の武士に仕え、軍勢とともに相州風が届いて相伝備前が生まれた。
保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
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