説明

青江吉次の重要刀剣小太刀、鎌倉最末期、貴重な俗名年紀入り、この期に於ける同派の特色が存分に示された名品です。 備中国で平安末期から室町期まで大いに栄えたのが青江派で、鎌倉中期頃までの作を『古青江』、それ以降南北朝末期までの作を『青江』と大別しています。 『古青江』は、刃沸強く、刃縁やや沈み勝ちの直刃に、小乱れを交えた出来を主体としており、それ以降、鎌倉末期から南北朝初期頃の過渡期の刀工は、沸付きがやや穏やかになる程度、刃縁が締まって明るく冴えた匂い勝ちの直刃、特色ある逆丁子乱れの作風が見られるようになるのは、南北朝中期になってからです。鍛えには、チリチリと杢目立った縮緬肌、周りと比べて黒く澄んだ肌合いの澄み鉄、段映り、地斑映り、筋映りなど、特徴ある働きもまま見られます。 本作は、貴重な青江吉次の在銘年紀入り小太刀、茎尻を僅かに摘まんでいますが、ほぼ生ぶの状態です。 令和四年(二〇二二)、第六十八回の重要刀剣指定品、切っ先やや鋭角に延び心、腰反り深く付いた鎌倉末葉のしなやかで上品な太刀姿を示しています。 吉次は、頼次、助次、直次らと共に、鎌倉最末期から南北朝最初期、嘉暦から建武頃を活躍期とする青江鍛冶の代表工で、在銘品は極僅かですが、重要文化財一口、重要美術品三口残されています。 地沸を微塵に厚く付けて縮緬風となった精良な地鉄は、地色明るく、地斑状の映り、乱れ映り、筋映り、腰元は段映り状となっています。 広直刃調で湾れ、小互の目、小乱れ交じりの刃文は、刃縁締まり気味で所々湯走り掛かり、刃中小足、鼠足、葉良く入るなど、これぞ青江の真骨頂とも言える素晴らしい地刃の出来栄えです。 図譜には、『この小太刀は、潤いのある小板目肌に様々な様態の映りが立ち、直刃を得意とする吉次の本領が遺憾なく発揮されている。また同派には珍しい小太刀の作例であり、嘉暦三年紀と右衛門尉を冠する銘文も、資料的価値が高く貴重である。』とあり、探山先生鞘書きにも、『鎌倉末期の青江代表工である吉次の面目躍如たる優品也。』とあります。 前述したように、『青江鍛冶』でも、吉次のように過渡期の刀工は、匂い勝ちではなく、やや沸勝ちな刃を焼く点も一つの見所であり、多種の映りが混在するなど、青江鍛冶の作をお好みの方には堪らない逸品、佩裏中央の地に少し鍛え肌等もありますが、銘もすこぶる鮮明、付属の外装も在銘赤銅金具等を使用した上質な作です。 商品番号:V-2150 小太刀 備中国住右衛門尉平吉(以下切)(吉次)(青江) 嘉暦三年三月日(一三二八) 第六十八回重要刀剣指定品(令和四年)(二〇二二) 探山先生鞘書き有り 拵え付き 価格: ¥6,500,000 (税込) 販売期間: 数量: 振 在庫: ○ 在庫 ○ 返品についての詳細はこちら お買いものガイド 月刊コレクション情報 2026年7月号 (6/19発送) 会員の方のみご覧いただけます 月刊コレクション情報最新号の裏表紙に記載されているユーザー名とパスワードを入力して下さい。 見本誌請求(無料)はこちらから 最新情報をいち早くお届けいたします! 無題ドキュメント 刀剣・槍 販売品一覧 太刀 刀 脇差 短刀 薙刀・槍 刀装具 販売品一覧 鐔 小柄 目貫 縁頭 拵え 火縄銃 特別重要・重要刀剣一覧 特別保存刀剣一覧 保存刀剣一覧 売却済み商品 <ごあいさつ> コレクション情報のホームページをご覧いただきありがとうございます!営業本部長の小牧です。お目当ての刀のお探しや、加工・製作のご相談など、なんでもお気軽にご連絡下さい! (株)コレクション情報 〒500-8258岐阜県岐阜市西川手7丁目89TEL.058-274-1960FAX.058-273-7369 カレンダー ■今日 ■定休日 ■展示会 営業時間 9:00~18:00 FAX/メールは24時間受け付けております。 会社へお越しの際はご一報ください。 リンク 伊豆 伊東 浮山温泉 高級旅館

小太刀 備中国住右衛門尉平吉(以下切)(吉次)(青江) Kodachi:Bicchunokuniju Uemonnojo Tairano Yoshitsugu

小太刀 備中国住右衛門尉平吉(以下切)(吉次)(青江) Kodachi:Bicchunokuniju Uemonnojo Tairano Yoshitsugu

小太刀

¥6,500,000

世界81社の刀剣商を横断追跡 · 価格履歴 · 売却アーカイブ

仕様

長さ

60.9 cm

反り

2.1 cm

元幅

2.67 cm

先幅

1.61 cm

作者について

Chu-Aoe Yoshitsugu吉次

1 重要文化財3 重要美術品1 御物2 特別重要刀剣10 重要刀剣

吉次は備中国青江派の刀工で、鎌倉時代末期より南北朝時代初期にかけて活躍した。備中は十一世紀初頭の『新猿楽記』が既に「備中ノ刀」を挙げる刀剣の国であり、青江派は高梁川下流域を中心に栄え、鎌倉中期頃までを古青江、それ以降南北朝期にかけてを青江と汎称する。諸記録は「助次・頼次・直次らと共にこの時代の同派を代表する刀工の一人」と繰り返し記し、古い記録は端的に「中青江の代表工」と呼ぶ。年紀は嘉暦・元徳が遺り、元徳二年紀の生ぶ太刀の記録は「元徳の年号は貴重である」とする。長銘は右衛門尉に平姓を冠し、居住地は「備中国青江住」と「備州万寿住」の両様に切られ、「居住地銘の相違が指摘される」。 作風の基調は、この期の青江の直刃の最も穏やかな姿である。嘉暦三年紀の小太刀は「直刃を得意とする吉次の本領が遺憾なく発揮された一口」と評される。中直刃が処々浅く小さくのたれ、小互の目・小丁子・小乱れを交え、小足・葉に逆足が入るが、逆ごころは部分的に留まる。匂口は締まりごころに小沸がつき、明るく冴え、金筋・砂流しが細かにかかり、腰元に湯走りが断続して二重刃風となる。短刀は細直刃にほつれを交え、刃区を焼き込む点が注目され、左兵衛尉直次の元徳元年紀の短刀にも「同様の態が見受けられ興味深い」とされる。嘉暦三年紀の短刀は「静穏な直刃出来の焼刃は、小沸がよくついて、滋味に溢れている」と記される。 鍛えは小板目がよくつみ、小杢・流れ肌を交え、地沸が微塵に厚くつき、地景が細かに入る。地斑がしばしば現われて澄肌を交え、金象嵌銘の刀は「縮緬肌状」を呈し、元徳年紀の太刀は地斑交じりの鍛えが「かな色深く冴える」。淡く乱れ映りが立ち、小品では「棟寄りに乱れ映り・刃寄りに筋状の映り立ち」、所謂段映りとなる。帽子は直ぐに小丸、時に先尖りごころ、または僅かに掃きかける。二字銘短刀の映りの景色と締まって明るい直刃の匂口は「いかにも青江らしく」と評される。 「吉次の短刀の遺例は稀有であり、同工の作域を知る上で資料的にも貴重である」とされ、小太刀も「同派には珍しい小太刀の作例」である。佩裏に二字銘を切る太刀は「長銘作よりは時代が遡ると鑑られる」。名跡の端には世代の問題が立つ。重要美術品の記録は尾張徳川家伝来の折返銘の刀を銘鑑の貞和頃の吉次に該当するとし、嘉暦短刀の工をその「先代であろう」と記す。本間は「青江の個銘の極めは賛否があろう」と注意を添え、指定の記録は穏やかな直刃の短刀が「南北朝期の同派の作とは趣きを異にしている」と作風の上で線を引く。 いま一つの作域は大磨上無銘の極めの刀である。鍋島家の金象嵌銘の刀は「地刃の出来は鎌倉末期の青江派の典型的のもの」とされ、享保九年本阿弥光忠折紙の附帯する無銘刀は両度の記録で「吉次極めの中でも傑出した出来映え」、「手持ちの重い頑健な刀姿」と賞される。極めには率直な留保も残る。内藤家伝来の刀は「一見備前元重などとも鑑せられるもので、吉次と断定することは困難である」とされつつ、鎌倉末期の青江の作と位置づけられる。一派の中で吉次の直刃は最も静かな極にあり、右衛門尉平の銘字は直次の左兵衛尉と対をなす。 藤代の格付は上々作。公の指定は十七口を数え、特別重要刀剣二口・重要刀剣十口の計十二口がこの二つの級にあり、重要美術品三口、重要文化財は藤島神社所蔵の在銘の一口、ほかに皇室・毛利家の伝来を有して京都国立博物館に納まる在銘の一口がある。十七口のうち十一口が在銘、五口が無銘の極めで、鍋島家の刀は金象嵌の極め銘を帯びる。伝来は名家を経る。金象嵌銘の刀は肥前小城鍋島家に伝わり、『土屋押形』に「原城一番乗りのとき祖先の佩刀」と記される島原の乱の藩祖元茂の佩刀であり、村上内藤家の刀は「太閤拝領青江吉次」と伝えて天正十八年小田原陣の拝領にかかる。折返銘の刀は尾張徳川家より徳川黎明会に現存し、嘉暦の重美短刀は佐野美術館の所蔵である。重要文化財と社寺・博物館の所蔵品は文化財として永く守られ、蒐集家が現実に出会い得るのは特重・重要の十二口に限られるが、市に現れることは稀であり、現れた折には青江の静かな直刃の佳品として指標となる。

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コレクション情報

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