小柄:後藤廉乗(光侶) 後藤家十代当主(1628 - 1708) 日本美術刀剣保存協会 特別保存刀装具 寸法:長さ 96.5 mm x 幅 9 mm x 厚さ 4.5 mm 後藤四郎兵衛家十代当主、廉乗による在銘の貴重な小柄です。 廉乗は寛永4年(1627年)、九代即乗の四男として生まれました。本作には「後藤光侶(花押)」と銘があり、これは正保3年(1646年)に家督を継承する以前に用いられた名乗りです。 廉乗の代において、後藤宗家は京都から江戸へと正式に拠点を移しました。宝永5年(1708年)、82歳で没するまで、その卓越した技量をもって一時代を築いた名工であり、若山恒次氏の評価においても「上工」に列せられています。 後藤宗家の名品の多くは無銘、あるいは後代の当主による極め銘(折紙)が付されたものですが、本作は廉乗自らによる真銘が刻まれており、資料的・美術的価値は極めて高いと言えます。 意匠は、深みのある黒の赤銅石目地を舞台に、金の色絵で虫の図を配し、繊細な片切彫を交えて仕上げられています。漆黒の地鉄と金の色絵が成すコントラストが実に見事な一品です。 落込込桐箱付 日本美術刀剣保存協会(NBTHK)特別保存刀装具鑑定書附






後藤廉乗
Mid Edo (1627-1708)
在銘
特別保存 (NBTHK)
家彫 · 山城 · 1627-1708頃
現在6点販売中
後藤廉乗(ごとうれんじょう)は、後藤家十代目として知られる金工家である。寛永五年(1628年)に八代即乗(そくじょう)の四男として京都に生まれ、幼名を亀市、俗名を源四郎と称した。正保二年(1645年)、十八歳で宗家の名乗りである四郎兵衛を襲名し、名を光侶(みつとも)と改めた。承応元年(1652年)に二十五歳で宗家十代目を相続した。後藤宗家は代々京都に居住してきたが、幕命によって廉乗が寛文二年(1662年)にはじめて江戸へ移住し、以後十七代典乗光則に至るまで江戸に居住している。天和三年(1683年)五十六歳の時、剃髪して廉乗と号し、元禄十年(1697年)に養子の光寿(通乗)へ宗家十一代目を譲って京都に隠居した。
廉乗の作風は、先代程乗(ていじょう)の彫法をよく継承して上手であると評される。家伝の獅子、龍の彫はもとより、人物も得意とし、地金も新たに四分一を用いたり、毛彫の作品も作るなど新味を出している。作域は広く、刀装具の意匠としては、武者絵、故事人物、動物、植物、器物など森羅万象あらゆるものを図柄として取り入れている。特に七夕図は最も高い評価がなされている。作風の特色として、高彫、色絵、魚子地などが挙げられ、金、銀、赤銅などの素材を巧みに用いる。また、大小柄においては「画面いっぱいの波地に巨巌を配し、激しく波立ち渦巻く海を大胆な構図を以て表している」[[c:1]]と評されるように、構図にも工夫が見られる。銘については、光侶銘が多く廉乗銘は少ないとされる。
廉乗の作品は、後藤家の格式を伝える格調高い仕上がりを見せる。その作は「濃やかで、金銀の色絵も的確に施しており、後藤家の高い品格をあらわしている」[[c:2]]と評されるように、技術の高さと品格を兼ね備えている。後藤家作品の鐔は少ないが、大小揃いの鐔となると更に少なくなる。後藤家は代々折紙を発行しており、廉乗の作品にも後代の当主による折紙が付属することがある。これらの折紙は、作品の真偽を保証するだけでなく、当時の鑑定や評価を知る上で貴重な資料となる。
後藤廉乗の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
家彫 · 山城
時期区分: 後藤宗家· 1573–1900
現在326点販売中
保存刀装具のうち、出来・保存状態が一層優れ、銘文や作風に資料的価値の高いものと認められたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイト3 day inspection period on all sales. Items can be returned for any reason for a full refund, less return shipping cost. Returned items must be in the same condition as when purchased.
$3,800
小柄:後藤廉乗(光侶) 後藤家十代当主(1628 - 1708) 日本美術刀剣保存協会 特別保存刀装具 寸法:長さ 96.5 mm x 幅 9 mm x 厚さ 4.5 mm 後藤四郎兵衛家十代当主、廉乗による在銘の貴重な小柄です。 廉乗は寛永4年(1627年)、九代即乗の四男として生まれました。本作には「後藤光侶(花押)」と銘があり、これは正保3年(1646年)に家督を継承する以前に用いられた名乗りです。 廉乗の代において、後藤宗家は京都から江戸へと正式に拠点を移しました。宝永5年(1708年)、82歳で没するまで、その卓越した技量をもって一時代を築いた名工であり、若山恒次氏の評価においても「上工」に列せられています。 後藤宗家の名品の多くは無銘、あるいは後代の当主による極め銘(折紙)が付されたものですが、本作は廉乗自らによる真銘が刻まれており、資料的・美術的価値は極めて高いと言えます。 意匠は、深みのある黒の赤銅石目地を舞台に、金の色絵で虫の図を配し、繊細な片切彫を交えて仕上げられています。漆黒の地鉄と金の色絵が成すコントラストが実に見事な一品です。 落込込桐箱付 日本美術刀剣保存協会(NBTHK)特別保存刀装具鑑定書附






後藤廉乗
Mid Edo (1627-1708)
在銘
特別保存 (NBTHK)
家彫 · 山城 · 1627-1708頃
現在6点販売中
後藤廉乗(ごとうれんじょう)は、後藤家十代目として知られる金工家である。寛永五年(1628年)に八代即乗(そくじょう)の四男として京都に生まれ、幼名を亀市、俗名を源四郎と称した。正保二年(1645年)、十八歳で宗家の名乗りである四郎兵衛を襲名し、名を光侶(みつとも)と改めた。承応元年(1652年)に二十五歳で宗家十代目を相続した。後藤宗家は代々京都に居住してきたが、幕命によって廉乗が寛文二年(1662年)にはじめて江戸へ移住し、以後十七代典乗光則に至るまで江戸に居住している。天和三年(1683年)五十六歳の時、剃髪して廉乗と号し、元禄十年(1697年)に養子の光寿(通乗)へ宗家十一代目を譲って京都に隠居した。
廉乗の作風は、先代程乗(ていじょう)の彫法をよく継承して上手であると評される。家伝の獅子、龍の彫はもとより、人物も得意とし、地金も新たに四分一を用いたり、毛彫の作品も作るなど新味を出している。作域は広く、刀装具の意匠としては、武者絵、故事人物、動物、植物、器物など森羅万象あらゆるものを図柄として取り入れている。特に七夕図は最も高い評価がなされている。作風の特色として、高彫、色絵、魚子地などが挙げられ、金、銀、赤銅などの素材を巧みに用いる。また、大小柄においては「画面いっぱいの波地に巨巌を配し、激しく波立ち渦巻く海を大胆な構図を以て表している」[[c:1]]と評されるように、構図にも工夫が見られる。銘については、光侶銘が多く廉乗銘は少ないとされる。
廉乗の作品は、後藤家の格式を伝える格調高い仕上がりを見せる。その作は「濃やかで、金銀の色絵も的確に施しており、後藤家の高い品格をあらわしている」[[c:2]]と評されるように、技術の高さと品格を兼ね備えている。後藤家作品の鐔は少ないが、大小揃いの鐔となると更に少なくなる。後藤家は代々折紙を発行しており、廉乗の作品にも後代の当主による折紙が付属することがある。これらの折紙は、作品の真偽を保証するだけでなく、当時の鑑定や評価を知る上で貴重な資料となる。
後藤廉乗の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
家彫 · 山城
時期区分: 後藤宗家· 1573–1900
現在326点販売中
保存刀装具のうち、出来・保存状態が一層優れ、銘文や作風に資料的価値の高いものと認められたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイト3 day inspection period on all sales. Items can be returned for any reason for a full refund, less return shipping cost. Returned items must be in the same condition as when purchased.
$3,800