徳川の泰平のもと、大小は法度の定める身分の制服となり、需要は城下町、とりわけ江戸に集まった。工芸は二つに分かれる。目利きのための華やかな鑑賞の作と、截断の結果を金象嵌に刻む実証の刀である。
加州清平は、辻村五郎右衛門と言い、元和六年、初代甚六兼若の四男として生まれ、兄に景平、越後守有平、二代又助兼若がいます。 地元金沢で鍛刀したと思われる現存作は皆無に近く、本格的な鍛刀が始まるのは、江戸へ出てからになります。その時期に付いては、『賀州住藤原清平 於武州江戸造之 承応二年八月日(一六五三)』の刀が残されていることから、慶安(一六四八~五二)末年頃と云われています。 寛文初年頃には、相模国小田原藩主稲葉家の抱え工となり、それ以降は『小田原八幡山住清平』、『相州八幡山住藤原清平』などと銘じています。没年は不明ですが、八十三歳に当たる元禄十五年まで作が見られます。 作風は、加州兼若系に見られる互の目乱れを主体とした刃文ですが、同工の場合、地刃に沸が一段と強く、刃中に尖り風の刃が交じり、刃縁が明るくなるのが特徴です。 本作は、寸法一尺七寸七分弱、元幅3.51cm、重ねもガシッとした豪壮な一振り、貴重な貞享元年(一六八四)年紀入り、同工六十五歳の作になります。 加州物特有のやや黒み勝ちな地鉄、互の目乱れ主体で、小互の目、尖り風の刃を交えた焼き刃は、刃縁荒沸付いて明るく冴え、刃中互の目足良く入り、金筋、砂流し烈しく掛かるなど、覇気のある出来映えで、地刃もすこぶる健全、ズシッと重いです。 更に茎には、『二ッ胴落』の截断切付銘があるように、凄まじい斬れ味も実証済みです。 超激生ぶ品のため、現状、昭和三十八年(一九六三)の古い認定書のみですが、勿論、特別保存までは100%保証です。 同工作で、年紀と截断銘の入ったものは本誌初掲載、加州兼若系コレクション及び八幡山清平の代表作として、絶対に外せない逸品です。 商品番号:Q-495 脇差し 相州八幡山住藤原清平(初代兼若の四男) 貞享元甲子暦八月造之(一六八四) (截断切付銘)二ッ胴落 特別貴重刀剣認定書付き 価格: ¥1,100,000 (税込) 販売期間: 数量: 振 在庫: ○ 在庫 ○ 返品についての詳細はこちら お買いものガイド 月刊コレクション情報 2026年9月号 (8/24発送) 会員の方のみご覧いただけます 月刊コレクション情報最新号の裏表紙に記載されているユーザー名とパスワードを入力して下さい。 見本誌請求(無料)はこちらから 最新情報をいち早くお届けいたします! 無題ドキュメント 刀剣・槍 販売品一覧 太刀 刀 脇差 短刀 薙刀・槍 刀装具 販売品一覧 鐔 小柄 目貫 縁頭 拵え 火縄銃 特別重要・重要刀剣一覧 特別保存刀剣一覧 保存刀剣一覧 売却済み商品 <ごあいさつ> コレクション情報のホームページをご覧いただきありがとうございます!営業本部長の小牧です。お目当ての刀のお探しや、加工・製作のご相談など、なんでもお気軽にご連絡下さい! (株)コレクション情報 〒500-8258岐阜県岐阜市西川手7丁目89TEL.058-274-1960FAX.058-273-7369 カレンダー ■今日 ■定休日 ■展示会 営業時間 9:00~18:00 FAX/メールは24時間受け付けております。 会社へお越しの際はご一報ください。 リンク 伊豆 伊東 浮山温泉 高級旅館
在銘 · Kanewaka · 延宝 · 長さ 53.6cm · 反り 1.5cm





相州伝 · 相模 · 1673-1681頃
刀剣大鑑 上位60%
現在1点販売中
清平は辻村五郎右衛門といい、初代甚六兼若の四男である。元禄二年紀の作刀に「行年七十歳」と銘したものが遺存し、これによれば出生は元和六年と理解される。『古今鍛冶備考』に「加州金沢住辻村高平四男、五郎右衛門と号、万治己亥の年東武へ移住云々」[[c:1]]とあり、その後稲葉家の抱え工となり、小田原へ転居したと伝えている。しかし承応二年紀の作刀には既に「於武州江戸造之」と銘しているので、その出府は承応二年か或はそれ以前のことと思われる。稲葉家に抱えられた時期については、「相州八幡山住清平作」[[c:2]]ときったものが寛文二年紀の作刀から始まること、万治二年紀の作に「於江戸辻村清平」とのみきっていることなどから、おそらく万治二年以降寛文二年までの間と推量される。
作風は、彼本来の加州物を基盤に、その上に同工独自の作域を樹立したところに特色を見せている。板目が総体に流れて柾がかった鍛えに、互の目に小のたれ・小互の目などを交えた刃を焼き、小沸がよくつき、砂流しがかかるなど加州物の風が窺えるが、同派一般のものに比して、地刃に地景・金筋・沸筋等が目立ち、沸が一段と強くつき、刃中には尖りごころの刃が交じり、匂口が明るいなどの態にこの工独特のものがある。父兼若、兄景平に似て、のたれの刃文に箱がかるところがあり、兼若一門の特色をも示す。
不動国行写しの作には、焼幅をやや狭く取って湯走りと二重刃とが焼頭にかかる様が見られ、彼が古作の国行を意識したであろうことが窺い知られる。「不動国行」は『享保名物帳』に焼失の部として記載される名物で、清平に経眼する写しは稀である。長寸で堂々たる姿を呈する作もあり、地刃の出来よく出色のものは清平の代表作といえよう。資料的にも貴重であり、清平の研究に不可欠な工である。
清平の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
相州伝 · 相模
時期区分: 末相州· 1356–1868
現在20点販売中
末相州は、南北朝の広光・秋広の代を承け、室町期に入って相模で営まれた相州伝の継続である。現存遺品に即せば、室町中期を遡るものはなく、室町後期から戦国期にかけてが本区分の中心をなす。その軸となる工が綱広で、銘鑑には初代を建武とする伝もあるが、確かな在銘は天文年紀のものが最も古く、通説はこれを初代として、二代を天正、三代を慶長、四代を寛永、五代を万治頃と伝える。綱広は広正の子孫で、初め名跡を継いだが、後北条家の氏綱に召されて小田原に居を移し、綱の一字を賜って改銘したと伝え、その名跡は新々刀期にまで連なった。鎌倉にはこの綱広らが住し、これと別に小田原には康春・康国・総宗・景総らが在住して、これらを小田原相州と称する。広次もまた相州鎌倉に住して明応・天文の頃に活躍し、室町後期を代表する相州鍛冶の一人に数えられる。後北条氏の庇護のもと、正宗・貞宗を生んだ南北朝の盛時を遠く望みつつ、皆焼の系譜を保持して相州伝を伝えたのが、この区分の刀工たちであった。 作風の核は、広光・秋広が完成させた皆焼を継ぐ点にある。鍛えは板目に杢や流れ肌を交えてやや肌立ち、地沸がつき、地景が入る。刃文はのたれ・互の目に丁子・矢筈風の刃・尖り刃などを交え、飛焼・棟焼を盛んに交えて皆焼となり、沸がよくつき、金筋・砂流しがかかる。綱広は玉状ないし三日月状の飛焼を見せる皆焼を得意とし、広次に至っては焼高く、沸の強い迫力ある皆焼を焼いて、一見すると南北朝の長谷部派を思わせるほどに到る。古典相州の頂点と分かつのは、この皆焼の扱いに見える。正宗・貞宗の代では、のたれ基調の地刃に沸が深く澄んで明るく冴え、地にこぼれた沸が湯走りをなして自在に働いたのに対し、末相州の皆焼は飛焼・棟焼を全面に散らす構成そのものを看どころとして前に押し出す傾きを帯び、地鉄もやや肌立って、鎌倉期の鉄の冴えからは一段隔たる。小田原相州はこの大筋において綱広らと大差ないが、小振りの刀姿があること、濃厚緻密な彫刻を多く備えることに特色があり、殊に総宗の倶利迦羅や八幡大菩薩・梵字の彫は巧緻と評される。 鑑定にあっては、まずやや肌立つ板目に地沸・地景が働き、飛焼・棟焼を交えた皆焼に金筋・砂流しがかかる地刃を相州の継続と読み、次に古典との隔たりを沸の深さと鉄の冴えの差、そして皆焼を誇示的に焼き出す傾きに求めて末相州と分かつ。区分内では、綱広を皆焼と玉状の飛焼に、広次を長谷部風を思わせる強い沸の皆焼に、総宗ら小田原相州を小振りの姿と緻密な彫刻に見分ける。主要工は綱広・広次・総宗で、康春・康国・景総がこれに連なる。伝来の面では、綱広に後北条家の重臣桜井大学の所持銘を有する一口があり、本区分が後北条氏の小田原を地盤として営まれた事実を裏づけている。 詳しく見る →
江戸時代
徳川の泰平のもと、大小は法度の定める身分の制服となり、需要は城下町、とりわけ江戸に集まった。工芸は二つに分かれる。目利きのための華やかな鑑賞の作と、截断の結果を金象嵌に刻む実証の刀である。
本作はNBTHKの旧鑑定書(貴重・特別貴重)を有しますが、これらは現在発行されておらず、信頼性に欠けるとされています。極めを確認するには、公的な鑑定機関(NBTHK・NTHKなど)への再提出による現代の鑑定をご検討いただけます。
刀剣、刀装具、骨董等1点ものにつきましては、キャンセル待ちのお客様がおられる場合がございますので、ご返品のご連絡は商品到着後3日以内、ご返送は8日以内にお願いいたします。ご返金は商品ご返送到着後即日に致します。
¥1,100,000
加州清平は、辻村五郎右衛門と言い、元和六年、初代甚六兼若の四男として生まれ、兄に景平、越後守有平、二代又助兼若がいます。 地元金沢で鍛刀したと思われる現存作は皆無に近く、本格的な鍛刀が始まるのは、江戸へ出てからになります。その時期に付いては、『賀州住藤原清平 於武州江戸造之 承応二年八月日(一六五三)』の刀が残されていることから、慶安(一六四八~五二)末年頃と云われています。 寛文初年頃には、相模国小田原藩主稲葉家の抱え工となり、それ以降は『小田原八幡山住清平』、『相州八幡山住藤原清平』などと銘じています。没年は不明ですが、八十三歳に当たる元禄十五年まで作が見られます。 作風は、加州兼若系に見られる互の目乱れを主体とした刃文ですが、同工の場合、地刃に沸が一段と強く、刃中に尖り風の刃が交じり、刃縁が明るくなるのが特徴です。 本作は、寸法一尺七寸七分弱、元幅3.51cm、重ねもガシッとした豪壮な一振り、貴重な貞享元年(一六八四)年紀入り、同工六十五歳の作になります。 加州物特有のやや黒み勝ちな地鉄、互の目乱れ主体で、小互の目、尖り風の刃を交えた焼き刃は、刃縁荒沸付いて明るく冴え、刃中互の目足良く入り、金筋、砂流し烈しく掛かるなど、覇気のある出来映えで、地刃もすこぶる健全、ズシッと重いです。 更に茎には、『二ッ胴落』の截断切付銘があるように、凄まじい斬れ味も実証済みです。 超激生ぶ品のため、現状、昭和三十八年(一九六三)の古い認定書のみですが、勿論、特別保存までは100%保証です。 同工作で、年紀と截断銘の入ったものは本誌初掲載、加州兼若系コレクション及び八幡山清平の代表作として、絶対に外せない逸品です。 商品番号:Q-495 脇差し 相州八幡山住藤原清平(初代兼若の四男) 貞享元甲子暦八月造之(一六八四) (截断切付銘)二ッ胴落 特別貴重刀剣認定書付き 価格: ¥1,100,000 (税込) 販売期間: 数量: 振 在庫: ○ 在庫 ○ 返品についての詳細はこちら お買いものガイド 月刊コレクション情報 2026年9月号 (8/24発送) 会員の方のみご覧いただけます 月刊コレクション情報最新号の裏表紙に記載されているユーザー名とパスワードを入力して下さい。 見本誌請求(無料)はこちらから 最新情報をいち早くお届けいたします! 無題ドキュメント 刀剣・槍 販売品一覧 太刀 刀 脇差 短刀 薙刀・槍 刀装具 販売品一覧 鐔 小柄 目貫 縁頭 拵え 火縄銃 特別重要・重要刀剣一覧 特別保存刀剣一覧 保存刀剣一覧 売却済み商品 <ごあいさつ> コレクション情報のホームページをご覧いただきありがとうございます!営業本部長の小牧です。お目当ての刀のお探しや、加工・製作のご相談など、なんでもお気軽にご連絡下さい! (株)コレクション情報 〒500-8258岐阜県岐阜市西川手7丁目89TEL.058-274-1960FAX.058-273-7369 カレンダー ■今日 ■定休日 ■展示会 営業時間 9:00~18:00 FAX/メールは24時間受け付けております。 会社へお越しの際はご一報ください。 リンク 伊豆 伊東 浮山温泉 高級旅館
在銘 · Kanewaka · 延宝 · 長さ 53.6cm · 反り 1.5cm





相州伝 · 相模 · 1673-1681頃
刀剣大鑑 上位60%
現在1点販売中
清平は辻村五郎右衛門といい、初代甚六兼若の四男である。元禄二年紀の作刀に「行年七十歳」と銘したものが遺存し、これによれば出生は元和六年と理解される。『古今鍛冶備考』に「加州金沢住辻村高平四男、五郎右衛門と号、万治己亥の年東武へ移住云々」[[c:1]]とあり、その後稲葉家の抱え工となり、小田原へ転居したと伝えている。しかし承応二年紀の作刀には既に「於武州江戸造之」と銘しているので、その出府は承応二年か或はそれ以前のことと思われる。稲葉家に抱えられた時期については、「相州八幡山住清平作」[[c:2]]ときったものが寛文二年紀の作刀から始まること、万治二年紀の作に「於江戸辻村清平」とのみきっていることなどから、おそらく万治二年以降寛文二年までの間と推量される。
作風は、彼本来の加州物を基盤に、その上に同工独自の作域を樹立したところに特色を見せている。板目が総体に流れて柾がかった鍛えに、互の目に小のたれ・小互の目などを交えた刃を焼き、小沸がよくつき、砂流しがかかるなど加州物の風が窺えるが、同派一般のものに比して、地刃に地景・金筋・沸筋等が目立ち、沸が一段と強くつき、刃中には尖りごころの刃が交じり、匂口が明るいなどの態にこの工独特のものがある。父兼若、兄景平に似て、のたれの刃文に箱がかるところがあり、兼若一門の特色をも示す。
不動国行写しの作には、焼幅をやや狭く取って湯走りと二重刃とが焼頭にかかる様が見られ、彼が古作の国行を意識したであろうことが窺い知られる。「不動国行」は『享保名物帳』に焼失の部として記載される名物で、清平に経眼する写しは稀である。長寸で堂々たる姿を呈する作もあり、地刃の出来よく出色のものは清平の代表作といえよう。資料的にも貴重であり、清平の研究に不可欠な工である。
清平の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
相州伝 · 相模
時期区分: 末相州· 1356–1868
現在20点販売中
末相州は、南北朝の広光・秋広の代を承け、室町期に入って相模で営まれた相州伝の継続である。現存遺品に即せば、室町中期を遡るものはなく、室町後期から戦国期にかけてが本区分の中心をなす。その軸となる工が綱広で、銘鑑には初代を建武とする伝もあるが、確かな在銘は天文年紀のものが最も古く、通説はこれを初代として、二代を天正、三代を慶長、四代を寛永、五代を万治頃と伝える。綱広は広正の子孫で、初め名跡を継いだが、後北条家の氏綱に召されて小田原に居を移し、綱の一字を賜って改銘したと伝え、その名跡は新々刀期にまで連なった。鎌倉にはこの綱広らが住し、これと別に小田原には康春・康国・総宗・景総らが在住して、これらを小田原相州と称する。広次もまた相州鎌倉に住して明応・天文の頃に活躍し、室町後期を代表する相州鍛冶の一人に数えられる。後北条氏の庇護のもと、正宗・貞宗を生んだ南北朝の盛時を遠く望みつつ、皆焼の系譜を保持して相州伝を伝えたのが、この区分の刀工たちであった。 作風の核は、広光・秋広が完成させた皆焼を継ぐ点にある。鍛えは板目に杢や流れ肌を交えてやや肌立ち、地沸がつき、地景が入る。刃文はのたれ・互の目に丁子・矢筈風の刃・尖り刃などを交え、飛焼・棟焼を盛んに交えて皆焼となり、沸がよくつき、金筋・砂流しがかかる。綱広は玉状ないし三日月状の飛焼を見せる皆焼を得意とし、広次に至っては焼高く、沸の強い迫力ある皆焼を焼いて、一見すると南北朝の長谷部派を思わせるほどに到る。古典相州の頂点と分かつのは、この皆焼の扱いに見える。正宗・貞宗の代では、のたれ基調の地刃に沸が深く澄んで明るく冴え、地にこぼれた沸が湯走りをなして自在に働いたのに対し、末相州の皆焼は飛焼・棟焼を全面に散らす構成そのものを看どころとして前に押し出す傾きを帯び、地鉄もやや肌立って、鎌倉期の鉄の冴えからは一段隔たる。小田原相州はこの大筋において綱広らと大差ないが、小振りの刀姿があること、濃厚緻密な彫刻を多く備えることに特色があり、殊に総宗の倶利迦羅や八幡大菩薩・梵字の彫は巧緻と評される。 鑑定にあっては、まずやや肌立つ板目に地沸・地景が働き、飛焼・棟焼を交えた皆焼に金筋・砂流しがかかる地刃を相州の継続と読み、次に古典との隔たりを沸の深さと鉄の冴えの差、そして皆焼を誇示的に焼き出す傾きに求めて末相州と分かつ。区分内では、綱広を皆焼と玉状の飛焼に、広次を長谷部風を思わせる強い沸の皆焼に、総宗ら小田原相州を小振りの姿と緻密な彫刻に見分ける。主要工は綱広・広次・総宗で、康春・康国・景総がこれに連なる。伝来の面では、綱広に後北条家の重臣桜井大学の所持銘を有する一口があり、本区分が後北条氏の小田原を地盤として営まれた事実を裏づけている。 詳しく見る →
江戸時代
徳川の泰平のもと、大小は法度の定める身分の制服となり、需要は城下町、とりわけ江戸に集まった。工芸は二つに分かれる。目利きのための華やかな鑑賞の作と、截断の結果を金象嵌に刻む実証の刀である。
本作はNBTHKの旧鑑定書(貴重・特別貴重)を有しますが、これらは現在発行されておらず、信頼性に欠けるとされています。極めを確認するには、公的な鑑定機関(NBTHK・NTHKなど)への再提出による現代の鑑定をご検討いただけます。
刀剣、刀装具、骨董等1点ものにつきましては、キャンセル待ちのお客様がおられる場合がございますので、ご返品のご連絡は商品到着後3日以内、ご返送は8日以内にお願いいたします。ご返金は商品ご返送到着後即日に致します。
¥1,100,000