説明

Genko era(A.D.1321-1324, late Kamakura period) Moto-haba (width at Ha-machi) approx. 1.7cm Kuro roiro nuri saya, aikuchi tanto koshirae 松皮肌と呼ばれる独特の地鉄に沸の強い刃文を焼くことで遍く知られる則重は、越中国婦負郡呉服に居住した刀工。江戸時代には沸の強い焼刃構成から相州正宗の門人と捉えられていたが、正宗を超える沸の変化と合わせ鍛えによる地鉄の工夫において、さらに延慶、正和の年紀作があることからも、現在では正宗とは同時代あるいはわずかに遡る新藤五國光同門の工であると考えられている。遺されている在銘作は、天童藩織田家伝来の太刀と藤島神社蔵の太刀があるも、他は短刀で、多くが小振りの内反り構造とされている(注1)。 則重の標本的な造り込みからなるこの短刀(注2)は、棟を真に仕立て、寸法を控えた内反り(筍反り)の姿とし、重ね薄めに物打辺りが削がれて一段と鋭く、舟底形ながら振袖に仕立てられた茎も古調で床しく、師伝と時代を鮮明にしている作。硬軟質の異なる鋼を組み合わせた地鉄は、良く鍛えられて均質に詰んだ小板目肌に地景を伴う板目と杢目が交じり、厚く付いた地沸によって肌目が強く浮かび上がり常にない上質な松皮肌となる。刃文は焼の深いゆったりとした湾れで、帽子は穏やかな火炎状に揺れて掃き掛け、ごくわずかに返り、棟を区際まで浅く焼く。沸匂の深々とした焼刃は明るく輝き、刃境には淡い湯走りが働いてほつれ掛かり、長い金筋が地刃の境を超えて黒く光り、刃先近くまで広がる沸匂の中にもこれを切るように金線が走る。

短刀 生ぶ茎無銘 則重

短刀 生ぶ茎無銘 則重

短刀

¥6,500,000

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仕様

長さ

18 cm

元幅

1.7 cm

作者について

Soshu Norishige則重

1 国宝7 重要文化財10 重要美術品30 特別重要刀剣84 重要刀剣

則重は鎌倉時代末期の越中の工で、新藤五国光の門人、行光・正宗とは兄弟弟子として相州伝を完成へ導いた。『古今銘尽』など江戸期の刀剣書は正宗十哲の一人に挙げるが、現存する正和・元応などの年紀や太刀・短刀の姿形からすれば、室町期の刀剣書のいう新藤五国光門下説が妥当で、正宗とは相弟子、あるいはやや先行とみるべきである。 常の作風はその名を負う松皮肌である。板目が大模様に肌立ち、杢を交え、太い地景が頻りに入って松皮の如き肌をなし、地沸厚く、かねは黒みを帯びる。諸書は相州上工中もっとも正宗に近いとしつつ、「正宗以上に沸の変化を露に表現」したものが多いとし、刃中・地鉄ともに「千変万化の沸の働き」をあらわすという。刃文はのたれに互の目を交えた沸出来で、匂口は沈みごころ、金筋・砂流しが烈しく働き、二重刃・湯走りを交える。帽子は単なる小丸ではなく、掃きかけて乱れ込み、時に尖り・焼詰め風となる。 いま一つ、精到で珍重される作風がある。在銘の太刀や前期の在銘短刀では地肌が常ほど肌立たず、整った小板目に締まって地刃ともに穏やかとなり、かねは一段と明るく冴え、地景・金筋は静かである。ある在銘太刀は「常の則重の作に比べて地刃共に穏やか」と評され、小のたれ主調の底に則重特有の渦巻肌と地景を沈めてよく冴える。正和三年紀の在銘短刀は肌立たず明るく、「新藤五国光や行光につながる出来」として前期作とされる。これは松皮肌の崩れではなく、別個の、そして高く評価される一面である。 鑑別の核は二様に共通する。太い地景、沈みごころの匂口、烈しい金筋・砂流し、そして掃きかける帽子である。沈む匂口は明るい備前と分かち、沸の変化の激しさと肌立ちは正宗と分かつ。藤代は最上作に列し、特別重要刀剣の指定数は全工中でも上位に位置する。在銘作は短刀が主で、「太刀は僅かに二口をかぞえるのみである」。名物は豊臣秀吉より徳川綱吉を経て柳沢家へ、ほかに島津・前田・細川・井伊などの諸家を歴とし、国宝・重要文化財として動かぬものも多い。松皮肌は門人為継により越中へ受け継がれた。

刀剣商

銀座長州屋

ginza.choshuya.co.jp

¥6,500,000

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