後藤光孝、延乗は後藤宗家十三代目である。十二代寿乗光理の嫡男として享保七年(一七二二)に生まれ、幼名を亀市、のち光成、俗名を源之丞という。寛保二年(一七四二)先代光理が歿したので、名を四郎兵衛光孝と改め宗家十三代目を相続した。説明書はその在任期間が十代廉乗に次いで歴代二番目の長きにわたり、永く活躍したと記す。
自作について説明書は、小柄・笄・目貫を組み合わせた三所物を多く見るが「鐔の製作は少い」と記す。作風は後藤家の伝統を墨守し技術を継承したものが多く、倶利迦羅、舞鶴、馬、虎、宝尽図などを見る。地は多く赤銅魚子地で、高彫あるいは金紋を据え、裏は哺金、目貫は容彫で金無垢地のものが多い。自身銘「後藤光孝(花押)」の指定作は十点あり、ほかに十六代方乗光晃が延乗作と極めた総金無垢の這龍図揃金具が一点ある。
二十歳代の自身銘の作は明確に指摘される。赤銅一色の双牛図三所物は二疋の牛が実に生き生きと躍動し、自身銘は初期に属し、説明書は「光孝二十歳代の撥剌とした傑作である」とする。舞鶴図三所物は高彫金銀色絵で彫口・色絵とも的確、保存状態も申し分なく、裏板金に初期の自身銘を切り、「光孝二十歳代の謹直かつ優れた作品である」とされる。鶏図三所物は鶏の親子を目貫に二羽づつ、笄に五羽、小柄に七羽と様々な姿態に表し、高彫色絵の彫法は堅実で入念とされる。
後年の三所物も同じ御家彫の手を一段と緻密に示す。十二支図は各具に三匹ずつを配して動きの中にも収まりがあり、説明書は一般に後藤家の作は鏨数が少ないといわれるが、「本作は鏨数が多く緻密な彫技を見せた入念作である」とする。獅子図三所物は肉取り豊かな獅子を様々な角度から表し、「獅子の息吹が伝わってくるような光孝の傑作である」とされる。獏図三所物は躍動的で悠然たるゆとりを感じさせ、「このゆとりある品格が後藤家の本領であり」と記される。源氏物語夕顔図三所物は牛車に夕顔の絡む様を漆黒の赤銅に入念に彫り込み、虎図揃金具は金紋の虎を厳かに配して「端的な表現ながら後藤家御家彫の伝統と格式を存分に明示した作品である」とされる。
鐔は少ないが優れる。獅子図鐔は赤銅魚子地に金文の獅子五疋を据え、金覆輪で格調高く、説明書は三所物を専らとした後藤家も十代廉乗あたりから鐔や揃金具を作ったと記す。鳳凰図大小鐔は金の据文に金覆輪を施し、裏の金の削継も見事で、「黒蠟色塗の式正の大小拵にぴったりと納まる名鐔である」とされる。
光孝は宗家の鑑定役でもあり、その名を負う記録の多くは、本工が極めた上代の作である。宗乗・栄乗・顕乗・即乗・徳乗・光乗の作と鑑した極め銘が見られ、表十九疋・裏十一疋の三十疋獅子の即乗の鐔、顕乗の熊谷敦盛図三所物、光孝自ら三所物に仕立てた光乗の群犀図二十三疋などがある。宝暦年間の代弐百貫の折紙を伴うものもある。これらは極めによって指定されたもので、光孝の作ではなく鑑定の証である。自身銘の作十点はいずれも重要刀装具で私蔵にあり、所蔵機関の記録はない。保存のよい在銘の延乗の三所物が市に出るのは時折である。