波図鐔 無銘(後藤) -Mumei (Goto)- 縦62.9ミリ 横59.4ミリ 切羽台厚4.5ミリ 重さ135.5グラム 江戸前期~中期 The early to middle Edo period 附属 保存刀装具鑑定書、桐箱 後藤派は室町時代以来、将軍家や有力武家の需めに応じて格式ある刀装金具を制作し、良質な赤銅が生み出す深い黒色と、金銀を用いた格調高い色絵によって日本金工の中心的な地位を築きました。本品は無銘ながら日本美術刀剣保存協会によって後藤と極められ、保存刀装具鑑定書が交付された一枚であり、黒々とした赤銅地の色艶、隅入木瓜形の古典的な姿、全面へ隙なく施された波文の端正さには、同派が重んじた品位と厳格な造形感覚が明瞭に表れています。 波は寄せては返しながら尽きることがないため、永続、再生、不屈の象徴として古くから武具に好まれた画題です。本作では一つの大波だけを強調するのではなく、大小のうねりを重ねながら無数の波頭を鐔面いっぱいに巡らせ、表裏のみならず耳へも文様を連続させることで、小振りな鐔の内側に果てしない海の広がりを凝縮しています。細い毛彫を幾筋も揃えて水の流れを表し、その間から巻き上がる波頭には柔らかな肉取りを加えているため、正面では緻密な線の美しさが際立ち、斜めから眺めれば彫りの高低と耳へ回り込む文様が陰影となって現れます。 波間には金と銀の小粒を数多く散らし、飛沫が光を受けてきらめく瞬間を表しています。金銀の配置は均一な反復ではなく、波の流れや余白に応じて密度を変えており、深い黒色の赤銅を夜の海のように見せながら、見る角度によって金の温かな光と銀の涼やかな光が交互に浮かび上がります。派手な高彫や大きな据文を用いず、赤銅、毛彫、薄肉彫、金銀色絵という限られた要素だけで豊かな景色を作り上げたところに、後藤金工らしい節度と洗練があります。 小柄櫃孔は四分一で丁寧に埋められ、その表裏にはそれぞれ波上を飛ぶ鳥を彫り、眼へごく小さな金象嵌を施しています。四分一の落ち着いた灰色は黒い赤銅地と柔らかく対照し、金の眼が一点だけ鋭く光ることで鳥の姿に生命感を与えており、単なる櫃孔の補修に終わらせず、表裏で向きの異なる鳥を楽しめる独立した見どころへ仕立てた趣向が巧みです。広い波景の中へ鳥影が加わることで画面に遠近が生まれ、鐔を返した際にも物語が途切れず、海上を渡る鳥を追うように表裏を鑑賞できます。 制作年代については、無銘で個工を特定できない以上、銘年だけから断定することはできませんが、後世的な写実表現や技巧の誇示よりも、隅入木瓜形の整った輪郭、深い黒味を呈する赤銅、規律ある波線、抑制の利いた金銀色絵を重んじた作風には古様が認められます。江戸後期まで下げるよりも、江戸前期から中期頃の後藤系作品と見る方が現品の格調によく適い、昭和六十三年に交付された保存刀装具鑑定書も長く伝来してきた安心感を添えています。 縦62.9ミリ、厚さ4.5ミリという引き締まった寸法に対して重さは135.5グラムに達し、手に取れば赤銅地が惜しみなく使われた重厚な量感を実感できます。この豊かな地金量そのものが価値を支えるうえ、表裏と耳へ及ぶ精緻な波文、数多く打ち込まれた金銀の露、四分一の埋金へ施した鳥の彫刻と金象嵌、後藤極めという要素が揃い、遠目には格調高く、手元では細部をいくらでも探って楽しめる密度の高い作品です。現状の保存刀装具鑑定書付きでも十分に価値ある名品ですが、地金の質、彫金の緻密さ、意匠の完成度、保存状態を総合すれば、特別保存刀装具の審査にも十分期待を寄せられる内容を備えており、後藤金工の赤銅美と波文の魅力を代表する一枚として、長く愛蔵するにふさわしい品です。












家彫 · 山城
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後藤派は、室町時代中期に初代祐乗が将軍足利義政に仕えて創始した彫金の宗家であり、「日本彫物の元祖」と仰がれ、「古今独歩の鏨師」と賞賛される祐乗を祖として十五代にわたり嫡流の技を継承した。祐乗の作品は東山御物として数多く取り上げられ、後世に名を残した名工は挙って後藤家の祐乗に範をとっている。四代光乗・五代徳乗は織田信長、次いで豊臣秀吉に仕え、大判・分銅・彫物の三役を担い、桃山時代の豪華美を格調高く表示した。幕末には一乗が「後藤家の掉尾を飾る名工」として家風を大成し、門下の荒木東明・中川一勝らが一派の技を継承した。 後藤派の作域は三所物・縁頭・鐔・揃金具と多岐にわたり、赤銅魚子地を基調とした高彫金色絵を家風の根幹とする。金紋裏哺金仕立の小柄笄、金無垢地容彫の目貫など、素材と技法の選択に一貫した格式が認められる。三代乗真は「大振りで力強く、量感の豊かな彫技」[[c:1]]を特徴とし、紋の肉取りが豊かで鏨使いが手強く、赤銅の色相も漆黒で麗わしい。桃山期の作には鋤出高彫に金・銀・素銅の象嵌色絵を駆使した豪華絢爛の大名道具が見られ、近世には四分一磨地や朧銀地に甲鋤毛彫・平象嵌を組み合わせた多彩な表現も展開された。龍・獅子・鶏・犀・鯰といった動物意匠から、松竹梅・桐紋・粟穂・四季草花に至るまで画題は広範であり、各代が武家好みの吉祥意匠を格調高く仕上げている。 後藤派に帰せられる作品には「気品があって格調が高く」[[c:2]]「力漲る」と評される一貫した品格が通底する。歴代の折紙制度によって初代祐乗以来の作が厳格に鑑定・伝承され、「家彫の誇りは確実に後代に伝わっている」[[c:3]]と繰り返し認められる。後藤流に熟達した門弟の作が「後藤家御家彫と見紛うまでの出来」[[c:4]]と称されることからも、その規範性の高さが窺える。日本金工史において、後藤派は赤銅魚子地高彫金色絵という技法体系を確立し、室町から明治に至る四百余年の間、彫金の最高規範として君臨した一門である。 詳しく見る →
銘が正しい、または無銘でも年代・流派を指摘でき、美術工芸的価値が認められる、保存に値する真正の刀装具と鑑定されたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
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