後藤光乗は、室町時代から江戸時代にかけて刀装金工の宗家として隆盛を誇った後藤家の四代目である。三代乗真の嫡男として享禄二年に生まれ、俗名を亀市、のち小一郎、諱を光家と称した。足利将軍家に仕えた後、織田信長に仕え、天正九年には信長の命により、嫡男光基(徳乗)と共に世界最大の金貨である無印の大判(拾両)を造っている。光乗は名工の誉れが高く、祐乗に次ぐ腕利と評されるなど、その技量は高く評価された。
光乗の作風は、金無垢、赤銅地を高彫、容彫を主体とし、金、銀、赤銅による色絵、象嵌を効果的に用いる。題材は、十二支、牛馬、獅子虎豹、人物(玄宗楊貴妃、二十四孝)、龍虎など多岐にわたり、写実的で力強く、躍動感に満ちた表現が特徴である。金無垢の作品においては、抑揚を効かせた濃やかで減り張りある肉取りが名工の技量を示すとされる。赤銅地の作品においては、細やかな魚子地を背景に、的確かつ丁寧に彫り上げられた意匠が目を引く。目貫においては、裏の陰陽根も重視され、その状態が良いものが評価される。また、光乗の作品は狩野元信や永徳などの下絵を用いた絵風のものが多いことも特色の一つであり、後藤家では武者彫や竜虎の画題を表したのも彼がはじめてであると言われている。
光乗の作品は、桃山時代の豪壮な気風と家彫の格調を示し、豪華で力強い作風が特徴である。「名工の誉れが高く、祐乗に次ぐ腕利だともいわれている」と評されるように、その技術は高く評価されている。現存する作品には、後代に宗家によって極められたものや、折紙が付随するものも多く、その鑑定の確かさが窺える。特に、金無垢の目貫は出色であり、陰陽根の状態が良いものが珍重される。また、光乗の作と極められた作品は、「紋の肉置が優れ、三角鏨もよく効いて力強く、保存状態も極めて良好である」と評されるように、その保存状態の良さも特筆される。