二世紀半の泰平のあいだ、刀は武器である以上に武士の身分の標章であった。江戸の実証と大坂の華やぎのように都市ごとの作風が育ち、時代の末には需要も細っていく。
渋い短刀のご紹介です。 相州住綱廣は室町後期から江戸末期まで連綿と続いた相州鍛冶です。 初代は山村姓で、初銘を正廣と切りましたが、その後小田原城主の北條氏綱に召出され、「綱」の一字を賜り綱廣と改銘したと言われています。 著名な三代綱広は津軽藩の招きにより弘前へ赴き、僅か三年で三百振を鍛刀しました。 また十四代綱廣は正宗二十代孫綱広との銘を刻んでおります。 本作の綱広は新々刀期の綱広に認定されており、12代辺りとなります。 さて、お刀を見て行きます。 姿は室町期の綱広を彷彿とさせる、鵜の首造りに薙刀腰樋、峯部も長く焼き降ろしてあります。 この姿で沸出来の刃紋、板目肌がはっきり出ていれば古刀に入りますが、本作は淡い匂出来、のたれ調に刃紋頭に働きのある小互の目が交じり、地鉄も良く詰んで澄み渡っております。 切先は地蔵帽子が倒れ気味に小丸に返り、良く張った松葉から峯側首部分を腰樋手前まで焼き下げています。 何とも小さな体に魅力盛り沢山の短刀です。 拵えも品が良く、赤銅の縁(牡丹松葉図)頭(貝散し図)に石目加工で黒発色良く、鍔は四分一地に象嵌はみ出し鍔、切羽も金着でこの短刀の為に作られた品物です。 目貫も菊花を彫り出し細糸で掛け巻にして出来の良さを主張しています。 小柄は京都にある禅画の国宝、瓢箪鯰図(のらりくらり掴みどころのない様子の意) 小刀には倶利伽羅の彫り物が入っております。 鞘は丸コジリの黒絽色で傷もなく、栗型を細絞り形としてこだわりの注文をしています。 前オーナーは中々の美的感覚の持ち主で、この短刀を愛でていたのでしょう。 この機会に素敵な短刀をコレクションに加えてみては如何でしょうか。 ご連絡お待ちしております。



相州伝 · 相模 · 1789-1801頃
刀剣大鑑 上位60%
相州伝 · 相模
時期区分: 末相州· 1356–1868
現在37点販売中
末相州は、南北朝の広光・秋広の代を承け、室町期に入って相模で営まれた相州伝の継続である。現存遺品に即せば、室町中期を遡るものはなく、室町後期から戦国期にかけてが本区分の中心をなす。その軸となる工が綱広で、銘鑑には初代を建武とする伝もあるが、確かな在銘は天文年紀のものが最も古く、通説はこれを初代として、二代を天正、三代を慶長、四代を寛永、五代を万治頃と伝える。綱広は広正の子孫で、初め名跡を継いだが、後北条家の氏綱に召されて小田原に居を移し、綱の一字を賜って改銘したと伝え、その名跡は新々刀期にまで連なった。鎌倉にはこの綱広らが住し、これと別に小田原には康春・康国・総宗・景総らが在住して、これらを小田原相州と称する。広次もまた相州鎌倉に住して明応・天文の頃に活躍し、室町後期を代表する相州鍛冶の一人に数えられる。後北条氏の庇護のもと、正宗・貞宗を生んだ南北朝の盛時を遠く望みつつ、皆焼の系譜を保持して相州伝を伝えたのが、この区分の刀工たちであった。 作風の核は、広光・秋広が完成させた皆焼を継ぐ点にある。鍛えは板目に杢や流れ肌を交えてやや肌立ち、地沸がつき、地景が入る。刃文はのたれ・互の目に丁子・矢筈風の刃・尖り刃などを交え、飛焼・棟焼を盛んに交えて皆焼となり、沸がよくつき、金筋・砂流しがかかる。綱広は玉状ないし三日月状の飛焼を見せる皆焼を得意とし、広次に至っては焼高く、沸の強い迫力ある皆焼を焼いて、一見すると南北朝の長谷部派を思わせるほどに到る。古典相州の頂点と分かつのは、この皆焼の扱いに見える。正宗・貞宗の代では、のたれ基調の地刃に沸が深く澄んで明るく冴え、地にこぼれた沸が湯走りをなして自在に働いたのに対し、末相州の皆焼は飛焼・棟焼を全面に散らす構成そのものを看どころとして前に押し出す傾きを帯び、地鉄もやや肌立って、鎌倉期の鉄の冴えからは一段隔たる。小田原相州はこの大筋において綱広らと大差ないが、小振りの刀姿があること、濃厚緻密な彫刻を多く備えることに特色があり、殊に総宗の倶利迦羅や八幡大菩薩・梵字の彫は巧緻と評される。 鑑定にあっては、まずやや肌立つ板目に地沸・地景が働き、飛焼・棟焼を交えた皆焼に金筋・砂流しがかかる地刃を相州の継続と読み、次に古典との隔たりを沸の深さと鉄の冴えの差、そして皆焼を誇示的に焼き出す傾きに求めて末相州と分かつ。区分内では、綱広を皆焼と玉状の飛焼に、広次を長谷部風を思わせる強い沸の皆焼に、総宗ら小田原相州を小振りの姿と緻密な彫刻に見分ける。主要工は綱広・広次・総宗で、康春・康国・景総がこれに連なる。伝来の面では、綱広に後北条家の重臣桜井大学の所持銘を有する一口があり、本区分が後北条氏の小田原を地盤として営まれた事実を裏づけている。 詳しく見る →
江戸時代
二世紀半の泰平のあいだ、刀は武器である以上に武士の身分の標章であった。江戸の実証と大坂の華やぎのように都市ごとの作風が育ち、時代の末には需要も細っていく。
銘が正しい、または無銘でも年代・国・系統を確実に指摘できる、保存に値する真正の作と鑑定されたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
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