二十世紀は二度この工芸を殺しかけた。戦時の歪みと、占領下の禁令である。1948年の日刀保設立と1953年の作刀再開が刀を美術として再建し、人間国宝と無鑑査がその頂に立つ。
Stock number:KA-060226Paper(Certificate):[N.B.T.H.K] Tokubetsu Hozon TokenCountry・Era:Soshu(Kanagawa)・Showa era 1988Blade length(Cutting edge): 76.9cmCurve(SORI): 1.8cmWidth at the hamachi(Moto-Haba): 3.38cmThickness at the Moto-Kasane: 0.86cmWide at the Kissaki(Saki-Haba): 2.85cmThickness at the Saki-Kasane: 0.65cmHabaki: One parts, Gold foil HabakiSword tang(Nakago):Unaltered,Katte-Sagari file patternRivet Holes(Mekugiana): 1Shape(Taihai): Shinogizukuri,Iorimune,Chu-kissakiEngraving: Both sides: BohiJigane(Hada): ItameTemper patterns(Hamon): Notare and gunome, TogaribaTemper patterns in the point(Bohshi): Notare then togari komaru round tipRegistration Card: Tokyo【Additional Information】大久保和平(かずひら)刀匠は、昭和十八年(1943)神奈川県藤沢市生まれ。人間国宝である宮入昭平の門人で、本名を大久保十和彫(とわづ)と言います。昭和四十二年(1967)に作刀承認を得て独立、十和彫の「和」と師である昭平の「平」を受けて、刀匠銘を「和平」と改銘します。新作名刀展に出品し、優秀賞2回、奨励賞2回、努力賞7回と連続受賞を果たし、平成三年(1991)には薫山賞を受賞。平成十二年(2000)に無鑑査保持者として認定を受けましたが、惜しくも3年後の平成十五年(2003)2月24日に没しています。作風は師伝の相州伝のほか、備前伝など他の流派にも研究の幅を広げて作刀されていました。本作体配は、刃長が二尺五寸四分弱と長寸、身幅広く、重ね確りとし、腰反りやや浅めに利いて、切っ先鋭く延びた豪壮な体配を呈します。地鉄は板目に流れ柾交じり、地景頻りに入り、地沸厚く付くなど精強な地肌となります。焼刃は湾れ主調に互の目、尖り刃交じり、処々高低付き、刃中には足よく入って、一部に地の働きが影響して金線が掛かります。帽子はそのまま湾れて先尖り心で小丸に返ります。本品は、神奈川県出身の大久保和平刀匠による堂々たる一刀。地沸よく付き、地景が強く入る力強い鍛肌に、匂口明るく冴えた湾れ基調の刃が焼かれるなど、相州上工を写した同工の入念作です。白鞘、金着一重はばき、特別保存刀剣鑑定書。
Certificate reading — 銘 相州住和平作(大久保十和形) 昭和六十三年正月吉日




















相州伝 · 相模
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相模国鎌倉の地に興り、沸を主たる表現とした相州伝を確立した一門である。事実上の創始者は新藤五国光で、粟田口国綱の子と伝え、その地鉄には師仕込みの小板目によく約んだ精良さが残る。永仁元年(一二九三)紀の在銘短刀を最古とし、居住地を銘に明記して年紀を遺す生えぬきの相模刀工の祖と称すべき工である。国光は粟田口の精良な地鉄を承けつつ、地景と金筋を著しく強調する一面を加え、その門下に行光、正宗、則重の三名人を育てた。国光の精到な沸の直刃は、後にこの三者が沸の乱れへと展開する源流となり、ここに相州伝の地盤が据えられた。行光は正宗よりやや先輩とみられ、正宗が頂点に立ち、その門から養子の貞宗が正系二代を継ぐ。則重は越中にあって相弟子として一門を支え、南北朝期には広光と秋広が皆焼を完成させ、越中へは郷義弘が相州伝を西漸させて、一門は諸国へと広がった。 作風の核は、鎌倉後期に始まる沸の表現にある。鍛えは板目に杢を交え、地沸が微塵に厚くつき、太い地景が頻りに入って明るく冴え、刃文はのたれに互の目を交えた沸出来で、匂深く沸厚く、金筋と砂流しが躍動し、帽子は単なる小丸に終わらず盛んに掃きかける。これが一門を貫く共通の語法である。その内部には明瞭な展開がある。国光の抑制された沸の直刃から出発し、行光は師に直結する穏やかな乱れを保ちつつ帽子に火焰風の掃きかけを見せ、正宗に至って炭素量の異なる数種の鋼を駆使した沸の妙が極まり、地にこぼれた沸が湯走りをなし、破墨山水を見る趣の自在な出来口に達する。則重はこの沸の変化をさらに露わにし、太い地景が松皮の如く肌立つ松皮肌を看どころとした。貞宗は正宗より穏やかなのたれ調に持味を移し、梵字、素剣、護摩箸、二筋樋など相州随一の彫物を加えて、これを信国へ伝えた。さらに広光と秋広は、貞宗にわずかに兆していた湯走りを推し進め、飛焼、湯走り、棟焼が地と棟にさかんにかかる本格的な皆焼を完成させた。広光は頭の丸い団子丁子を交え、秋広は地が一段と肌立って荒らびごころを帯び、ここに鎌倉の精良な直刃から南北朝の華麗な皆焼へという内的な展開が完結する。郷義弘は帽子を一枚風に深く焼く点に独自を示し、高木貞宗と新藤五国広は師風を近江と相模に静かに継いだ。 鑑定にあっては、まず明るく冴える鉄、厚い地沸、繁き地景、そして掃きかける帽子で一門を相州と読み、次に世代ごとの看どころで工を分かつ。国光は翁の髭と称する金筋を交えた精良な直刃短刀、行光は穏やかな乱れに掃きかける帽子、正宗はのたれ基調の烈しい沸崩れと垢抜けた地刃、則重は沈みごころの匂口と松皮肌、貞宗は穏やかな互の目と豊かな彫物、広光は団子丁子の皆焼、秋広は肌立つ地の皆焼、郷は一枚風の深い帽子と一段と冴える地刃という具合に、看どころが工と時代を指し示す。国光、行光、正宗、則重、貞宗、郷、広光、秋広はいずれも藤代の最上作に列し、なかでも正宗はその名を負う指定の重みが比類なく、相州伝の頂点に位置する。一門の作には名物陸奥新藤五、太郎作正宗、御堀出貞宗、大久保江、大倶利迦羅広光などが連なり、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康をはじめ天下を握った者の手を経て、皇室や諸大名家に伝わった。正宗や郷のごとく在銘の確実作を遺さぬ工が多く、その大半は大磨上無銘の極めとして知られるため、一門の作が市に現れることはこの分野で最も稀な出来事のひとつである。本一門の沸出来は山城来や美濃志津をはじめ諸国の鍛冶に承け継がれ、正宗十哲の名のもとに相州伝は日本刀の作風そのものを規定する規範となった。 詳しく見る →
昭和から現代へ 断絶と再生
二十世紀は二度この工芸を殺しかけた。戦時の歪みと、占領下の禁令である。1948年の日刀保設立と1953年の作刀再開が刀を美術として再建し、人間国宝と無鑑査がその頂に立つ。
保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトNo cooling-off period or returns; refund only if the purchased sword is proven fake, capped at purchase price (excludes commission sales, accessories, auction items).
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