1333年に鎌倉は落ちたが、一派の最大の時代はその後に来た。師の水準で鍛える貞宗、皆焼を大成した広光と秋広。相州風は軍勢とともに広がり、一時は国じゅうの様式となった。
古刀・相模 南北朝中期 最上作 平造り、三ッ棟低い。 表裏共に棒樋をハバキ下で丸留める。 鍛え、板目に杢目、流れ肌を交え、所々大模様に肌立ち、地沸厚く付き、地景入る。 刃文、小互の目乱れに小乱れ、互の目、湾れを交え、刃縁良く沸付いて匂い深く、所々やや潤み、刃中金筋、砂流し頻りに掛かり、地に飛び焼き、湯走り掛かる。 帽子、小乱れて沸付き、先掃き掛け焼き詰める。 茎生ぶ、先栗尻、鑢不明。 銅に金着せハバキ。 時代研磨。 白鞘入り。 秋廣は、新藤五国光、正宗、貞宗に次いで登場した相州鍛冶の本流で、それまでの相州鍛冶には見られなかった斬新な『皆焼』の刃文を創始したことは、大きな功績の一つであり、廣光と共に南北朝期の相州鍛冶を牽引した名工です。 一説によると、廣光の子、或いは弟で、貞宗の弟子とも伝えられています。 制作年紀からすれば、廣光の後輩鍛冶であることは間違いありません。 廣光には一尺余りの小脇差しが多いのに対して、秋廣には八、九寸のそれ程大振りではないものが多いのは、年代差による、刀姿の推移と考えられます。 年紀の上限は、延文二年(一三五七)、下限は明徳三年(一三九二)です。 本作は、生ぶ無銘ながら、『相州秋廣』と極められた大変貴重な作、因みに鑑定書は、令和七年二月のものです。 寸法一尺八分強、身幅しっかりとして重ねやや薄めの造り込みは、南北朝期の短刀、小脇差しの典型スタイルです。 板目に杢目、流れ肌を交え、所々大模様に肌立つ地鉄、小互の目乱れに小乱れ、互の目、湾れを交えた刃は、刃縁良く沸付いて匂い深く、所々やや潤み、刃中金筋、砂流し頻りに掛かり、地に飛び焼き、湯走りが掛かっています。 廣光に比して、焼き刃が総体的に小模様で、丁子がそれ程目立たないのが秋廣の特徴、鑑定は極めて妥当かと思います。 物打ち付近の刃は、特に健全で迫力があって凄いものがあります。 無銘で『相州秋廣』と極められることは中々ありません。これは貴重です。
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相州伝 · 相模
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相模国鎌倉の地に興り、沸を主たる表現とした相州伝を確立した一門である。事実上の創始者は新藤五国光で、粟田口国綱の子と伝え、その地鉄には師仕込みの小板目によく約んだ精良さが残る。永仁元年(一二九三)紀の在銘短刀を最古とし、居住地を銘に明記して年紀を遺す生えぬきの相模刀工の祖と称すべき工である。国光は粟田口の精良な地鉄を承けつつ、地景と金筋を著しく強調する一面を加え、その門下に行光、正宗、則重の三名人を育てた。国光の精到な沸の直刃は、後にこの三者が沸の乱れへと展開する源流となり、ここに相州伝の地盤が据えられた。行光は正宗よりやや先輩とみられ、正宗が頂点に立ち、その門から養子の貞宗が正系二代を継ぐ。則重は越中にあって相弟子として一門を支え、南北朝期には広光と秋広が皆焼を完成させ、越中へは郷義弘が相州伝を西漸させて、一門は諸国へと広がった。 作風の核は、鎌倉後期に始まる沸の表現にある。鍛えは板目に杢を交え、地沸が微塵に厚くつき、太い地景が頻りに入って明るく冴え、刃文はのたれに互の目を交えた沸出来で、匂深く沸厚く、金筋と砂流しが躍動し、帽子は単なる小丸に終わらず盛んに掃きかける。これが一門を貫く共通の語法である。その内部には明瞭な展開がある。国光の抑制された沸の直刃から出発し、行光は師に直結する穏やかな乱れを保ちつつ帽子に火焰風の掃きかけを見せ、正宗に至って炭素量の異なる数種の鋼を駆使した沸の妙が極まり、地にこぼれた沸が湯走りをなし、破墨山水を見る趣の自在な出来口に達する。則重はこの沸の変化をさらに露わにし、太い地景が松皮の如く肌立つ松皮肌を看どころとした。貞宗は正宗より穏やかなのたれ調に持味を移し、梵字、素剣、護摩箸、二筋樋など相州随一の彫物を加えて、これを信国へ伝えた。さらに広光と秋広は、貞宗にわずかに兆していた湯走りを推し進め、飛焼、湯走り、棟焼が地と棟にさかんにかかる本格的な皆焼を完成させた。広光は頭の丸い団子丁子を交え、秋広は地が一段と肌立って荒らびごころを帯び、ここに鎌倉の精良な直刃から南北朝の華麗な皆焼へという内的な展開が完結する。郷義弘は帽子を一枚風に深く焼く点に独自を示し、高木貞宗と新藤五国広は師風を近江と相模に静かに継いだ。 鑑定にあっては、まず明るく冴える鉄、厚い地沸、繁き地景、そして掃きかける帽子で一門を相州と読み、次に世代ごとの看どころで工を分かつ。国光は翁の髭と称する金筋を交えた精良な直刃短刀、行光は穏やかな乱れに掃きかける帽子、正宗はのたれ基調の烈しい沸崩れと垢抜けた地刃、則重は沈みごころの匂口と松皮肌、貞宗は穏やかな互の目と豊かな彫物、広光は団子丁子の皆焼、秋広は肌立つ地の皆焼、郷は一枚風の深い帽子と一段と冴える地刃という具合に、看どころが工と時代を指し示す。国光、行光、正宗、則重、貞宗、郷、広光、秋広はいずれも藤代の最上作に列し、なかでも正宗はその名を負う指定の重みが比類なく、相州伝の頂点に位置する。一門の作には名物陸奥新藤五、太郎作正宗、御堀出貞宗、大久保江、大倶利迦羅広光などが連なり、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康をはじめ天下を握った者の手を経て、皇室や諸大名家に伝わった。正宗や郷のごとく在銘の確実作を遺さぬ工が多く、その大半は大磨上無銘の極めとして知られるため、一門の作が市に現れることはこの分野で最も稀な出来事のひとつである。本一門の沸出来は山城来や美濃志津をはじめ諸国の鍛冶に承け継がれ、正宗十哲の名のもとに相州伝は日本刀の作風そのものを規定する規範となった。 詳しく見る →
南北朝時代の相州
1333年に鎌倉は落ちたが、一派の最大の時代はその後に来た。師の水準で鍛える貞宗、皆焼を大成した広光と秋広。相州風は軍勢とともに広がり、一時は国じゅうの様式となった。
保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
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