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概要·鑑定·栄誉·指定·伝来·刀姿·銘·系譜·流派
概要鑑定栄誉指定伝来刀姿銘系譜流派
  1. 流派
  2. 相州
  3. 相州
  4. 國光

Shintogo Kunimitsu

國光

特重
巻 7, 番 10 · 太刀

Shintogo Kunimitsu

國光

評価作品72点

享保名物帳
国相模時代Einin (1293–1299)時代区分鎌倉流派Soshu伝法相州伝代2nd師匠Kunitsuna藤代最上作刀工大鑑1,800(上位3%)種別刀工コードKUN539
4国宝
10重要文化財
7重要美術品
1御物
8特別重要刀剣42重要刀剣

概要

新藤五国光の紀年作は永仁元年(一二九三)十月三日を最古とし、これには「鎌倉住人新藤五国光作」の長銘がある。説明書によれば、相州鍛冶の草分けは粟田口国綱や備前の国宗・助真ら移住の工であるが、銘文に居住地を明記し年紀を遺す「生えぬきの相模刀工の祖」と称すべきはこの工である。本文は半世紀にわたり同じ一文で説き起こす。すなわち「事実上の相州伝の創始者であり、門下に行光・正宗・則重の三名人を育成」したことは偉とすべきである、と。粟田口国綱の子で備前三郎国宗に学ぶと伝えるが、この所伝にはなお研究の余地があるとされる。年紀は元徳三年(一三三一)に及び、法名光心を添えた正和四年(一三一五)紀の短刀は晩年作と見られ、嘉元・徳治の年紀も晩年に置かれる。

現存はほぼ平造・三ツ棟・内反りの短刀で、生ぶ茎に二字銘を切る。本文の定式は一文に尽きる。「一見粟田口物を想わせるが、地刃にあらわされた著しい地景・金筋がこの工と指摘される」。刃文は直刃を得意として「糸・細・中・広直刃など多様」であり、「短刀の名手として藤四郎吉光と双璧」とされる。輝く小沸の刃中にちらちらと働く金筋は古来「翁の髭」と形容され、同工の大きな見どころとされる。区際を焼き込むのが手癖で、本間はこれを見処としつつ例外もあるとし、稀に区際を焼落し気味とする正真もままあるとされる。帽子は直ぐに小丸、時に掃きかけ、素剣・梵字・護摩箸の彫物が多く、冠落し造も間々見られる。

地鉄に粟田口仕込みが現れる。小板目あるいはよく約んだ板目に地沸が微塵に厚くつき、地景が頻りに入り、かね冴え、沸映りがしばしば立つ。完成相州伝を特徴づける肌立つ鍛えは同工には殆ど見られず、門弟の作に次第に強まるもので、同工では稀な乱刃の作にやや肌立つ程度である。直刃の刃縁には「相州伝上位作特有の光美しい刃沸」がつき、この精良な沸の直刃こそ、行光・正宗・則重が沸の乱れへと展開した源流である。

太刀は「現存するものは短刀が殆んどで、太刀は極めて稀れ」とされ、細身で腰反り高く踏張りのつく姿を、短刀と全く同調の鍛えで仕立てる。筆頭は名物陸奥新藤五で、重ね彫の彫物を施した長七六・一糎の生ぶ在銘の太刀、奥州伊達家重代、後水尾天皇よりの拝領と伝え、『享保名物帳』追加の部に「名物ならざるも能き道具也」と所載される。大磨上無銘の刀については本文が明記する。「大磨上無銘の刀を新藤五と極める時は、国光及びその子三人を指しての鑑定」である、と。一口には享保七年(一七二二)本阿弥光忠の代金子七拾枚の折紙が附帯する。乱刃は稀有で、重美の一口は下半を大きく乱刃とし、本間は「この工の作に乱刃があり、正宗の作に極めて稀れではあるが直刃があることによって、両者の師弟の関係が証明される」と説く。再刃ながら片切刃造の短刀は同作中この一口のみである。

銘は数代に及ぶ。子の国広・国重・国泰は後にいずれも国光と銘したと伝え、自銘で経眼されるのは国広のみで、作風での代別は目下不可能とされ、銘振りで分けられる。初代の二字銘は「左字北冠」の掟を示し、細鏨・太鏨の別があり、掟外の正真も稀にあると認められる。太刀では佩表の棟寄りに銘を切り、九六・一糎の生ぶ在銘の大太刀は作風と太く深い彫物から国広の国光銘と鑑せられる。後に貞宗の作に見る重ね彫は新藤五に始まると判じられ、刀身彫刻は彫物の名人と伝える弟子の大進房祐慶に結び付けられる。

指定を受けた作は七二口を数え、大多数が生ぶ茎二字銘の在銘作である。国宝四口・重要文化財一〇口は美術館・神社・伝世の蔵に収まる重宝であり、戦前の重要美術品七口には静嘉堂や黒川古文化研究所の所蔵品が含まれる。伝来は、陸奥新藤五の後水尾天皇拝領伝承のほか、名物小尻通新藤五が豊太閤の大坂御物から大坂夏の陣の焼身を経て初代越前康継の再刃により徳川将軍家に伝わり、短刀は米沢上杉家・越前松平家・佐竹家・細川家・小笠原家などの大名家に伝来し、近代にはW・A・コンプトン旧蔵の一口も知られる。藤代の格付けは最上作。蒐集家が現実に出会い得るのは特別重要刀剣八口・重要刀剣四二口、両指定五〇口で、その多くは精良な作風の在銘短刀である。市場に現れることは極めて稀であり、現れた一口は、相州伝がその鍛冶場に発した工の在銘作という得難い機会となる。

鑑定

精良な沸の直刃一相を二つの作位(常体たる生ぶ在銘短刀、極めて稀な太刀と大磨上無銘「新藤五」極めの刀)で読み、別に稀有の乱刃の少数、加えて子の国広・国重・国泰が国光銘を継いだ数代の工房という辺縁を置く

鎌倉の新藤五国光は事実上の相州伝の創始者であり、門下に行光・正宗・則重の三名人を育成し、短刀の名手として藤四郎吉光と双璧とされる。本文の定式は一文に尽きる。作風は一見粟田口物を想わせるが、地刃にあらわされた著しい地景・金筋がこの工と指摘される、と。現存はほぼ平造・内反りの短刀で、生ぶ茎に「左字北冠」の二字銘を切る。鍛えは小板目ないしよく約んだ板目に地沸が微塵に厚くつき、地景が頻りに入り、沸映りがしばしば立つ。刃文は得意の直刃で、糸・細・中・広直刃など多様、輝く小沸に「翁の髭」と称される金筋がちらつき、区際を焼き込むのが手癖、帽子は直ぐに小丸。太刀は極めて稀で、銘は数代に及び、子の国広・国重・国泰が後に国光を名乗り、年紀は永仁元年(1293)から元徳三年(1331)に及ぶ。

鑑定の決め手

作品の79% ・ 正宗比 18.0倍

作品の77% ・ 粟田口国吉比 2.2倍

作品の41% ・ 粟田口国吉比 2.4倍

作品の23% ・ 門下の行光・正宗・則重比 3.3倍

作風の変遷

精良な沸の直刃短刀(典型)

同名の常体。説明70件中51件が短刀、47件が生ぶ二字銘。在銘の生ぶ短刀こそ新藤五国光の通り相場である

平造・三ツ棟・内反り尋常の短刀で、多くは生ぶ茎に二字銘を切る。鍛えは小板目あるいはよく約んだ板目、地沸が微塵に厚くつき、地景が頻りに入り、かね冴え、沸映りがしばしば立つ。門弟に見る肌立ちは殆ど見られない。刃文は糸・細直刃を第一に直刃全般を焼き、輝く小沸に細かな金筋・ほつれ・砂流しがかかり、匂口は時に締まる。区際を焼き込むのが特色で、本間はこの工の見処と述べる。素剣・梵字・護摩箸などの彫物が多く、冠落し造が間々ある。帽子は直ぐに小丸、時に掃きかける。

姿 Sugata
地鉄 Jigane
刃文 Hamon
帽子 Bōshi

極めて稀な太刀と無銘「新藤五」の刀

造込みに紐づく作位。太刀は説明70件中10件、大磨上無銘の刀は8件に過ぎず、本文は「現存するものは短刀が殆んどで、太刀は極めて稀れ」と繰り返す

細身で腰反り高く踏張りがつき、中鋒ないし小鋒の太刀。鍛えは短刀と全く同調で、約んだ小板目・板目に地沸厚く、地景頻りに入る。刃文は細直刃に小乱れを僅かに交え、ほつれ、処々二重刃風となる。重ね彫の彫物を施した名物陸奥新藤五が筆頭で、生ぶ在銘の遺例は一々貴重とされる。大磨上無銘で新藤五に極められた刀もここに属し、本文はその極めが国光及び子三人を指す鑑定であると明記し、一口には享保七年本阿弥光忠の代金子七拾枚の折紙が附帯する。

姿 Sugata
刃文 Hamon

稀有の乱刃

確証はやや弱い稀少性そのものが目印。本文は乱刃を「少なく」とし、片切刃は「この作のみで他に類がなく」とする

少数の作は直刃の常体を離れる。重美の一口は下半を大きく乱刃とし、物打を小乱に納め、本文は「同工の乱刃は少なく、出来がよい」と明記する。本間はさらに名高い対称を述べる。この工の作に乱刃があり、正宗の作に極めて稀れに直刃があることによって、両者の師弟の関係が証明される、と。再刃ながら唯一の片切刃造の短刀は互の目を大乱れ風に焼き、飛焼が入る。常の作では同じ萌芽が直刃中の小互の目・浅いのたれの交じりとしてのみ現れる。

刃文 Hamon

数代の国光(子の国広・国重・国泰)

作風ではなく銘に紐づく。初代は「左字北冠」の掟、細鏨・太鏨の別があり、本文は銘振りで代別しつつ掟外の正真も稀にあると認める

銘は数代に及ぶ。子の国広・国重・国泰は後にいずれも国光と銘したと伝え、自銘の現存は国広のみである。本文は作風での区別は目下不可能とし、銘振りで分ける。名物陸奥新藤五をはじめ初代の風を伝えながら銘振りが明らかに相違する作はその子の一人と鑑せられ、九六糎の生ぶ在銘大太刀は作風と太く深い彫物から国広の国光銘と読まれる。この作位も一門の定式、約んだ鍛え、頻りの地景、細・糸直刃を守る。

地鉄 Jigane
刃文 Hamon
研究

銘は数代に及ぶ。最古の年紀は永仁元年(1293)で「鎌倉住人新藤五国光作」の長銘を伴い、年紀は元徳三年(1331)に及ぶと注記される。子の国広・国重・国泰は後にいずれも国光と銘したと伝える。

三子のうち自銘で経眼されるのは国広のみ。本文は国広以外は確実な作に接しないと述べ、数種の国光銘が存在することをもって所伝を首肯する。

法名を光心という。「鎌倉住新藤五国光法名光心」正和四年(1315)紀の短刀は晩年作と思われ、嘉元・徳治の年紀も初代の晩年に置かれる。

初代の二字銘は「左字北冠」の掟、国構えの中を左字に、冠を北に置く書風を示す。本文は代別を専ら銘振りに拠り、掟外の正真も稀にあると認める。

現存はほぼ短刀で、本文は太刀の現存は稀と繰り返す。九六糎の生ぶ在銘大太刀は作風と太く深い彫物から子の国広の国光銘と鑑せられる。

大磨上無銘の刀を新藤五と極める時は、国光及びその子三人を指しての鑑定であると本文は明記する。

片切刃造の短刀は再刃ながら「この作のみで他に類がなく」、対して冠落し造は間々見られ、それ自体が見どころとなる。

栄誉

享保名物帳Kyōhō Meibutsu Chō (Catalog of Celebrated Blades)

所載2口(会津新藤五/追加の部「陸奥新藤五」)

享保4年(1719年)、本阿弥家が八代将軍徳川吉宗に献上した名物刀剣の台帳。平安〜南北朝の刀剣約274口(現存168口+焼失約80口+追記約26口)を刀工別に収載し、号の由来・寸法・代付・伝来を記す。本栄誉は名物帳に作品が所載される刀工に付与され、詳細欄には刊行集計による口数(正確な場合)または所載名物の号を記す。

指定

国宝4
重要文化財10
重要美術品7
御物1
特別重要刀剣8
重要刀剣42

名工ランク

1.01 (指定作品72点)

刀工の上位1%

伝来

伝来記録45件 の鑑定作品における Kunimitsu

伝来ランク

名家所蔵23点、伝来記録45件

刀工の上位2%

素点:3.90 / 10

刀姿

評価作品72点の分布

銘

評価作品72点の銘の種類

販売中

系譜

師匠Kunitsuna
Kunimitsu
弟子(6名)
  1. 1.正宗Masamune1 販売中87指定
  2. 2.則重Norishige8 販売中132指定
  3. 3.行光Yukimitsu4 販売中151指定
  4. 4.國廣Kunihiro15指定
  5. 5.大進房Daishinbo3指定
  6. 6.國廣Kunihiro1 販売中

Soshu派

Soshu派の他の刀工

  1. 1.正宗Masamune1 販売中87指定
  2. 2.貞宗Sadamune87指定
  3. 3.秋廣Akihiro28指定
  4. 4.義弘Go Yoshihiro2 販売中55指定
  5. 5.廣光Hiromitsu1 販売中45指定
  6. 6.則重Norishige8 販売中132指定
  7. 7.行光Yukimitsu4 販売中151指定
  8. 8.高木貞宗Takagi Sadamune1 販売中40指定
  9. 9.爲繼Tametsugu2 販売中76指定
  10. 10.國廣Kunihiro15指定
  11. 11.大進房Daishinbo3指定
  12. 12.総宗Soso1指定