管理番号:AF26143 笄・小柄:(第67回重要刀装具) 銘:後藤顕乗(花押) 笄:魚板図 寸法:21.0cm × 1.25cm 小柄:龍杖・払子図 寸法:9.59cm × 1.35cm 時代:江戸時代初期 特徴: 後藤顕乗(1586-1663)は後藤宗家七代目の工です。後に後藤覚乗と共に加賀前田家に仕えました。 本作は、赤銅魚子地に高彫を施し、色鮮やかな金色絵で仕上げられています。笄には「魚板」、小柄には「龍杖」と「払子」が描かれており、いずれも禅宗で用いられる法具を題材としています。 魚板(ぎょばん)とは寺院に吊るされる魚の形をした板で、口に咥えた珠は煩悩を表し、これを叩くことで煩悩を吐き出させると伝えられています。その龍のような顔立ちは、鯉が龍へと成る「登龍門」の伝説に由来するものと考えられます。 また、龍杖と払子の図案は、後に白隠慧鶴が弟子に与えた印可状などにも見られますが、白隠以前の時代にすでに刀装具の意匠として取り入れられていた点は非常に興味深いと言えます。 赤銅の黒と金の対比が美しく、気品と風格を兼ね備えた名品です。 第67回重要刀装具指定品 葵美術評価鑑定書 桐箱入 オークション開始価格:2,650,000円 入札する 関連商品: 三所物(小柄・笄・目貫):(第67回重要刀装具) 二所物(小柄・目貫):(特別保存刀装具) 笄:無銘(古後藤)(第22回重要刀装具) 三所物:無銘(加賀後藤)(特別保存刀装具) 三所物(小柄・笄・目貫):無銘(廉乗) 木津川図(第44回重要刀装具)折紙付 三所物(小柄・笄・目貫):後藤
後藤家七代目顕乗は、五代目徳乗の三男で、天正十四年の生まれである。幼名を寅市、俗名は源一郎、諱は光経といった。成長してからは 別家、理兵衛家を起こし、理兵衛正継と改名した。元和三年、兄栄乗が病没したが、この時、栄乗の嫡男源四郎は早世し、次男の源七(光重)は 既に十八歳の青年になっていた。しかし、如何なる理由によるのか、顕乗が宗家七代目を継承して源七郎を後見し、宗家の業務を遂行している。 また加賀前田家からも招聘を受け、従兄弟にあたる覚乗と隔年で加賀に赴き、後年の加賀後藤興隆の端緒を開いたことでも知られる。 本作は、禅宗系の寺院に由来する景物を表現した後藤顕乗自身銘の二所である。笄にみる「魚板」は打ち鳴らして行事や法要、あるいは修行僧 の食事の合図等にも使われるもの。口にくわえている玉は心中に宿す「貪瞋・癡」(むさぼり・いかり・おろかさ)の三毒。この音を聞いた修行 僧達がその三毒を浄化する意志を促すとも伝えられる。そうして悟りの域に達した修行者に印可状として、小柄に描かれる「龍杖払子」の図柄を 渡すのである。江戸時代中期、白隠慧鶴の印可状が著名。 肌理の細かい赤銅魚子地に丁寧な高彫と色絵が映える。端整であり、とりわけ金の色絵が鮮やかであり、加賀後藤の息吹を伝える洒落た二所 であり、かつ品格が高い。
Certificate reading — 銘 後藤顕乗(花押)


後藤顕乗
Early Edo (1586-1663)
在銘
重要 #67 (NBTHK)
家彫 · 山城 · 1586-1663頃
現在2点販売中
後藤顕乗は、後藤家五代徳乗の三男として天正十四年(1586年)に生まれ、幼名を寅市、俗名を源一郎、諱を光経と称した。成長してからは別家を興し、理兵衛正継と改名している。元和三年(1617年)、兄である六代栄乗が病没した際、栄乗の嫡男源四郎が早世していたため、次男の源七郎(光重)を後見し、宗家七代目を継承した。寛永四、五年頃に光重(即乗)に家督を譲り八代目を継がせた後は、従兄弟にあたる覚乗と隔年交代で加賀前田家に仕え、百五十石を給され、加賀後藤家の礎を築いた。古来、後藤家の上手をとって「祐光顕」といい、後藤家中興の祖と称された。
顕乗の作風は、後藤家の伝統を受け継ぎ、赤銅魚子地、金紋を基調とする。的確な鏨使いが力強く、かつ品格があるとして賞賛される。特に龍を得意とし、倶利伽羅龍図の作例が多く見られる。金無垢を用いた作品も現存し、桃山時代の豪華美を格調高く表現している。高彫、色絵、金象嵌などの技法を駆使し、主題の持つ躍動感を巧みに引き出す。作風は上六代までの後藤家とは一線を画す風雅さを醸し出すと評される。また、親の作品を嗣子が極めた作も存在し、自身銘と同等の信憑性があるとされる。
顕乗の作品は、その力量から高く評価されており、特に自身銘の現存数は比較的少ないため貴重である。三所物としてのまとまりの良い作品が多く、小柄、笄、目貫の意匠が統一されている点が特徴である。赤銅魚子地の緻密さ、高彫の力強さ、色絵の鮮やかさが評価の対象となる。また、図柄の選択も多岐にわたり、龍、虎豹、福神、蓑亀、唐人、禅宗系の景物など、幅広い題材を扱っている。後藤家の伝統的な技術を継承しつつも、独自の作風を確立した後藤顕乗は、後藤家における重要な刀装具師として位置づけられている。
後藤顕乗の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
家彫 · 山城
時期区分: 後藤宗家· 1573–1900
現在317点販売中
特別保存刀剣の中から、特に出来が優れ、国認定の重要美術品に準ずると判断された名品です。年に一度の重要刀剣審査で選ばれます。
極めて選別的で、日本に登録された約250万口の刀剣のうち、重要刀剣に達したものは12,307口(約203口に1口)にすぎません。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイト返品をご希望の場合、お客様が受領されてから3日以内にお知らせください。この期間を過ぎますとキャンセルはお受けできかねますので何卒ご了承ください。なお当社へのご返送は、5営業日以内の発送をお願いしております。なおキャンセルは販売した当時の状態がそのまま保持されている事が条件となりますのでお取り扱いには十分ご注意下さい。
管理番号:AF26143 笄・小柄:(第67回重要刀装具) 銘:後藤顕乗(花押) 笄:魚板図 寸法:21.0cm × 1.25cm 小柄:龍杖・払子図 寸法:9.59cm × 1.35cm 時代:江戸時代初期 特徴: 後藤顕乗(1586-1663)は後藤宗家七代目の工です。後に後藤覚乗と共に加賀前田家に仕えました。 本作は、赤銅魚子地に高彫を施し、色鮮やかな金色絵で仕上げられています。笄には「魚板」、小柄には「龍杖」と「払子」が描かれており、いずれも禅宗で用いられる法具を題材としています。 魚板(ぎょばん)とは寺院に吊るされる魚の形をした板で、口に咥えた珠は煩悩を表し、これを叩くことで煩悩を吐き出させると伝えられています。その龍のような顔立ちは、鯉が龍へと成る「登龍門」の伝説に由来するものと考えられます。 また、龍杖と払子の図案は、後に白隠慧鶴が弟子に与えた印可状などにも見られますが、白隠以前の時代にすでに刀装具の意匠として取り入れられていた点は非常に興味深いと言えます。 赤銅の黒と金の対比が美しく、気品と風格を兼ね備えた名品です。 第67回重要刀装具指定品 葵美術評価鑑定書 桐箱入 オークション開始価格:2,650,000円 入札する 関連商品: 三所物(小柄・笄・目貫):(第67回重要刀装具) 二所物(小柄・目貫):(特別保存刀装具) 笄:無銘(古後藤)(第22回重要刀装具) 三所物:無銘(加賀後藤)(特別保存刀装具) 三所物(小柄・笄・目貫):無銘(廉乗) 木津川図(第44回重要刀装具)折紙付 三所物(小柄・笄・目貫):後藤
後藤家七代目顕乗は、五代目徳乗の三男で、天正十四年の生まれである。幼名を寅市、俗名は源一郎、諱は光経といった。成長してからは 別家、理兵衛家を起こし、理兵衛正継と改名した。元和三年、兄栄乗が病没したが、この時、栄乗の嫡男源四郎は早世し、次男の源七(光重)は 既に十八歳の青年になっていた。しかし、如何なる理由によるのか、顕乗が宗家七代目を継承して源七郎を後見し、宗家の業務を遂行している。 また加賀前田家からも招聘を受け、従兄弟にあたる覚乗と隔年で加賀に赴き、後年の加賀後藤興隆の端緒を開いたことでも知られる。 本作は、禅宗系の寺院に由来する景物を表現した後藤顕乗自身銘の二所である。笄にみる「魚板」は打ち鳴らして行事や法要、あるいは修行僧 の食事の合図等にも使われるもの。口にくわえている玉は心中に宿す「貪瞋・癡」(むさぼり・いかり・おろかさ)の三毒。この音を聞いた修行 僧達がその三毒を浄化する意志を促すとも伝えられる。そうして悟りの域に達した修行者に印可状として、小柄に描かれる「龍杖払子」の図柄を 渡すのである。江戸時代中期、白隠慧鶴の印可状が著名。 肌理の細かい赤銅魚子地に丁寧な高彫と色絵が映える。端整であり、とりわけ金の色絵が鮮やかであり、加賀後藤の息吹を伝える洒落た二所 であり、かつ品格が高い。
Certificate reading — 銘 後藤顕乗(花押)


後藤顕乗
Early Edo (1586-1663)
在銘
重要 #67 (NBTHK)
家彫 · 山城 · 1586-1663頃
現在2点販売中
後藤顕乗は、後藤家五代徳乗の三男として天正十四年(1586年)に生まれ、幼名を寅市、俗名を源一郎、諱を光経と称した。成長してからは別家を興し、理兵衛正継と改名している。元和三年(1617年)、兄である六代栄乗が病没した際、栄乗の嫡男源四郎が早世していたため、次男の源七郎(光重)を後見し、宗家七代目を継承した。寛永四、五年頃に光重(即乗)に家督を譲り八代目を継がせた後は、従兄弟にあたる覚乗と隔年交代で加賀前田家に仕え、百五十石を給され、加賀後藤家の礎を築いた。古来、後藤家の上手をとって「祐光顕」といい、後藤家中興の祖と称された。
顕乗の作風は、後藤家の伝統を受け継ぎ、赤銅魚子地、金紋を基調とする。的確な鏨使いが力強く、かつ品格があるとして賞賛される。特に龍を得意とし、倶利伽羅龍図の作例が多く見られる。金無垢を用いた作品も現存し、桃山時代の豪華美を格調高く表現している。高彫、色絵、金象嵌などの技法を駆使し、主題の持つ躍動感を巧みに引き出す。作風は上六代までの後藤家とは一線を画す風雅さを醸し出すと評される。また、親の作品を嗣子が極めた作も存在し、自身銘と同等の信憑性があるとされる。
顕乗の作品は、その力量から高く評価されており、特に自身銘の現存数は比較的少ないため貴重である。三所物としてのまとまりの良い作品が多く、小柄、笄、目貫の意匠が統一されている点が特徴である。赤銅魚子地の緻密さ、高彫の力強さ、色絵の鮮やかさが評価の対象となる。また、図柄の選択も多岐にわたり、龍、虎豹、福神、蓑亀、唐人、禅宗系の景物など、幅広い題材を扱っている。後藤家の伝統的な技術を継承しつつも、独自の作風を確立した後藤顕乗は、後藤家における重要な刀装具師として位置づけられている。
後藤顕乗の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
家彫 · 山城
時期区分: 後藤宗家· 1573–1900
現在317点販売中
特別保存刀剣の中から、特に出来が優れ、国認定の重要美術品に準ずると判断された名品です。年に一度の重要刀剣審査で選ばれます。
極めて選別的で、日本に登録された約250万口の刀剣のうち、重要刀剣に達したものは12,307口(約203口に1口)にすぎません。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイト返品をご希望の場合、お客様が受領されてから3日以内にお知らせください。この期間を過ぎますとキャンセルはお受けできかねますので何卒ご了承ください。なお当社へのご返送は、5営業日以内の発送をお願いしております。なおキャンセルは販売した当時の状態がそのまま保持されている事が条件となりますのでお取り扱いには十分ご注意下さい。