説明

鑑定書内容:財)日本美術刀剣保存協会 重要刀装具[N.B.T.H.K] Juyo Tousougu No.66 十六代後藤光晃(方乗)は、文化十三年に先代光美の五男として生まれ、若銘を光年と名乗った。兄たちの早世により十九歳で家督を相続して光晃と改名し、法号を方乗という。光晃の作品は精巧で優美と着実を兼ね備えた刀法であり、宗家としての品位を保持している。赤銅魚子地に高彫色絵の家彫式の作と絵風式の毛彫や片切彫が見られる。本作は、細微な赤銅魚子の中に長老福寿老と鶴と牛の高彫色絵が実に繊細に表現されている。長老福寿老とは七福神の一柱で幸福(福)、財運(禄)、長寿(寿)の三つの徳を象徴する神様。その姿は、長い頭と白い髭を持つ老人として描かれ、杖に巻物を結びつけ、鶴を伴うことが多い。頭に表現された翼を広げた鶴の姿は実に優雅で、構図としても美しい。縁に描かれた長老福寿老は、牛に体を寄せ休んでいる様子が面白い。鐔の裏には、長老福寿老が持つ杖と巻物がしっかり彫られており、確かな技と共に、幕末らしい整った意匠が心を惹きつける優品である。

刀装具

刀装具

¥5,500,000

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作者について

Goto Mitsuaki光明

2 重要刀剣

後藤光晃(ごとうみつあき)は、後藤家十六代目を務めた刀装金工である。十五代目光美(みつよし)の四男として文化十三年(1816年)に生まれ、幼名を光年、俗名を新二郎のち源之丞と称した。天保六年(1835年)に父の隠居に伴い家督を相続し、四郎兵衛光晃と改名した。後藤家は代々京都に居住していたが、寛文二年(1662年)に十代廉乗(やすのり)が江戸に移住して以降、光晃に至るまで江戸に居住した。光晃は幕末期に活躍し、家彫の伝統を守りながらも、時代に即した作風を展開した。 光晃の作風は、後藤家の伝統的な彫技を基盤としつつ、写実的な表現や多様な意匠を取り入れている点が特徴である。赤銅魚子地(しゃくどうななこじ)に金紋(きんもん)を配した作例が多く、その彫技は「流石に光晃ならではの技量の高さが窺える」と評される。霊獣や動植物、人物などを題材とし、高彫(たかぼり)、色絵(いろえ)、象嵌(ぞうがん)などの技法を駆使して、緻密で立体感のある表現を追求した。特に、大小拵(こしらえ)の総金具を手がけた作例においては、統一感のある意匠と高度な技術が示されている。また、注文に応じて特定の画題や意匠を取り入れることもあり、その柔軟な対応力も光晃の作風を特徴づける要素の一つである。 光晃の作品は、「後藤家の家風を守った重厚で品格の高い姿」と評される一方で、「家彫を駆使しての力作」とも評されており、伝統と革新の融合が評価されている。その作風は、幕末期の刀装金工界において独自の地位を確立し、後藤家の名声を高めることに貢献した。

刀剣商

飯田高遠堂

iidakoendo.com

¥5,500,000

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