説明

後藤九代程乗 三所物(後藤十五代方乗折紙附) 刀装具の歴史において、後藤家は最高峰の地位を占める名門です。初代祐乗が足利義政に仕えて以来、江戸時代末期に至るまで十六代にわたり宗家(四郎兵衛家)の血統が受け継がれました。後藤家は常に時の権力者と密接な関わりを持ち、足利家の没落後は織田信長に、次いで豊臣秀吉へと仕え、その地位を確固たるものにしました。秀吉亡き後、徳川家への政権交代という激動の時代にあっても、六代長乗の巧みな交渉により、幕府御用彫金師としての地位を維持することに成功したのです。 後藤程乗について 程乗は慶長八年(1603年)に生まれました。通称を光昌、のちに光伊と称します。七代顕乗の長男として誕生しましたが、当時、顕乗は京都と加賀を往来して制作に励んでおり、また従兄弟の覚乗も加賀前田家に仕えていました。程乗もまた覚乗の招きにより加賀へ下り、前田利常公に召し抱えられ、金沢に屋敷を拝領しました。今日「加賀後藤」と称される様式の源流は、前田家の庇護下にあった顕乗、覚乗、そしてこの程乗らの活躍にあります。また、程乗は宗家として四代将軍徳川家綱にも直接奉公しました。 本来、程乗は九代を継ぐ予定ではありませんでした。八代を継いだのは従兄弟の即乗(別出品の即乗作品もご参照ください)であり、その嫡男が次代となるはずでした。しかし、即乗が三十二歳の若さで急逝した際、遺された息子は僅か四歳であったため、程乗が九代宗家を継承し、幼い跡取りを後見することとなったのです。

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三所物

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作者について

Goto Teijo後藤程乗

1 特別重要刀剣40 重要刀剣

後藤光昌(ごとうみつまさ)は、後藤家九代目を務めた刀装金工である。七代顕乗(けんじょう)の次男として慶長八年(1603年)に京都で生まれ、幼名を源一郎、諱を光尹と称した。寛永元年(1624年)、父正継が剃髪して顕乗と号した際に、理兵衛家を相続し、名を理兵衛光昌と改めた。その後、宗家八代目光重(みつしげ、即乗)が若くして没したため、後継者の亀市(かめいち、後の廉乗)が幼少であったことから、一時的に宗家を預かり、後に九代目を相続した。廉乗が成長すると宗家を譲り、その後見役を務めた。また、加賀前田家に覚乗の子である演乗と隔年交代で勤務し、加賀百万石文化の発展に大きく貢献した。 光昌の作風は、後藤家の伝統を受け継ぎつつも、独自の意匠と技法を加味した格調高いものである。赤銅魚子地(しゃくどうななこじ)の高彫(たかぼり)、色絵(いろえ)を多用し、金、銀、赤銅などの素材を巧みに用いて、写実的かつ装飾的な表現を追求した。題材は、源平合戦の武将の勇戦を描いた合戦図、牽牛織女(けんぎゅうしょくじょ)のような故事、鶴退治(つるたいじ)や羅生門(らしょうもん)のような物語、獅子虎豹(ししこひょう)や龍のような吉祥文様など、多岐にわたる。特に獅子や龍の意匠は得意とし、その姿態は躍動感に溢れ、筋肉の動きや毛並みまで細密に表現されている。また、金象嵌(きんぞうがん)や金無垢地(きんむくじ)を用いることで、作品に豪華さを加えている点も特徴である。作風は「格調高く堂々たる出来栄え」と評され、「悠揚迫らず格調の高い」銘振りが王者の風格を感じさせると評される。 光昌は、後藤家における鐔(つば)製作の初期の作者としても知られ、自身銘のある鐔は極めて珍しいとされる。その作品は、後藤家の伝統的な技法を踏襲しながらも、名工としての技量の高さを示し、狭い鐔の面に堂々とした景色を表現している。また、光昌銘の三所物(みところもの)は貴重であり、その出来栄えは勇壮で躍動感に溢れ、壮年期の撥剌とした空気を発散していると評される。後藤家では龍と獅子の作品が多いが、二疋を組み合わせた龍の作品はあまり見受けられない中、光昌の作には数少ない二疋龍図の目貫も存在する。総じて、光昌は後藤家の中でも特に優れた技量を持つ金工家として高く評価されており、その作品は「品位が高く、程乗の傑作といい得る」と評されている。

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