説明

永享十二年(1440)に生れた後藤祐乗は、日本の彫金界の始祖と呼ばれ、東山文化の工芸の分野を代表する不世出の名工です。また、宗乗は、後藤本家の系図によれば、長享元年(1487)生れで元亀二年(1571)に没したとしています。当時としてはかなり長く生きたことがわかります。金工後藤家の二代目として長く足利将軍家に仕え、父である祐乗の作風を発展させました。この二所は、樋定規に桐紋の、後藤家らしい上品な作品で、笄はオリジナルで、小柄は同じ図の笄を仕立て直したものです。 永正六年(1509)の奥書のある、「大内問答」に「公方様、御腰物は・・・御めぬきは丸の内につぶ桐やき付、御かうがい赤銅、みみやき付、又ひの左右に御目貫の如くなる桐をやき付候、桐八つ有、御かうがいのさきを二三寸置て、金にてそぎつぎにつがれ候」としています。永正六年は祐乗の没する3年前で、公方様とは、足利義澄のことで、大内問答で語られた笄は、当然ながら祐乗の作品に間違いありません。この笄は、まさにこの記事とぴったり符号するもので、厚手の金の焼付、桐紋がシャープで際立っていること、魚子地は祐乗の特徴である、うねっていることから、NBTHKの鑑定書に書かれた「宗乗」というよりは、祐乗の作品と思われるものです。小柄の魚子は笄に比べると少し大きいのですが、桐紋と樋定規には締りがあり、これも祐乗の作品を仕立て直したものと思われます。保存状態も抜群で、500年の長きに渡って大切にされてき名品です。

樋定規桐紋図二所物
Tokuho

樋定規桐紋図二所物

小柄

¥1,850,000

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流派

Goto

時代

Muromachi (1440-1512)

作者について

Goto Yujo後藤祐乗

4 特別重要刀剣37 重要刀剣

後藤祐乗は、後藤家の初代であり、日本彫物の元祖と仰がれ、古今独歩の鏨師と賞賛されている。将軍足利義政に仕え、東山文化の一翼を担い、彼の作品も東山御物として数多く取り上げられている。従って、後世に名を残した名工は、挙って後藤家の祐乗に範をとっている。生歿年に関しては永享十二年に生まれ、永正九年に七十三歳で歿した説が有力である。後藤家における確固たる地位は、後代の極めにも表れており、七代顕乗、九代光昌、十二代寿乗光理、十三代延乗光孝らが祐乗の作と鑑定した例が確認できる。 祐乗の作風は、刀装具の素材や意匠に多様性が見られる。金無垢地を用いた目貫では、伝統的な画題である獅子や龍を得意とし、豊かな肉置きを表現した精緻な鏨運びが特徴である。特に龍の意匠は後藤家御家彫の伝統的な画題であり、その様式はこの祐乗が考案したといわれている。赤銅地を用いた作品では、魚子地を施し、金紋を高彫で表す。この場合、小柄や笄などの三所物として構成されることが多い。また、赤銅一色の作品も見られ、枯淡の境地に迫った作例も存在する。作風における鑑定上の要点としては、龍の額の八文字の形状、耳や蛇腹、陰陽根の形式などが挙げられる。特に目貫の裏に見られる陰陽根添え根付、いわゆる二つ根は室町時代中期以前の作品に稀に見受けるものであって、後藤家でこの特徴を有するのは祐乗だけで、祐乗の目貫でも稀に見られる特徴である。 祐乗の作品は、その卓越した技術と 芸術的な価値から、後藤家の中でも別格の存在として位置づけられている。説示においては、「雄渾」、「覇気が漲る」、「格調高い」、「出来が優れている」といった評価が繰り返し見られ、その作柄の高さが窺える。また、「時代感溢れる摩耗の状態」や「古格」といった要素も、作品の価値を高める要因として認識されている。祐乗の作品は、後藤家の伝統を確立し、後世に多大な影響を与えただけでなく、日本の刀装具史においても重要な位置を占めている。

刀剣商

ギャラリー陽々

galleryyouyou.jp

¥1,850,000

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