題名:波濤図鍔 【説明】 本作は、円形の鍔全体に荒れ狂う海原を描いた「波濤図(はとうず)」の意匠が施されています。 流れるような曲線が重なり合い、地鉄全体に広がる波の文様は、画面の端から端へと絶え間ない動きを感じさせます。波頭の盛り上がりや波間の深さが明快に彫り込まれており、逆巻く波の躍動感が強調されています。 構図は鍔の全面を埋め尽くし、余白を残さないことで、波の意匠がこの装具の主役となっています。円形の造形を活かし、波がその形に沿って包み込むように構成されています。波濤文様は刀装具において古くから好まれた題材ですが、本作は鉄地に連続する波を描き出し、全面に意匠を凝らした力強い仕上がりとなっています。 ※アンティーク品のため、各写真にて状態をよくご確認の上、ご検討ください。 【鍔(つば)とは】 鍔は日本刀の拳を守るための護具です。かつて高位の侍は、鍔をはじめとする美しい刀装具で愛刀を飾りました。特に鍔の表側は、街を歩く際に他の武士の目に触れる機会が多いため、より装飾性の高い意匠が施される傾向にありました。 【刀装具が武士にとって重要だった理由】 日本刀には、鍔、目貫(めぬき)、縁頭(ふちがしら)など、多彩な装飾が施されています。日本刀は武器であると同時に、持ち主の身分や人格、信念を象徴するものでもありました。現代で例えるならば、スマートフォンの装飾に近い感覚と言えるかもしれません。 ぜひ写真を拡大してご覧ください。そこには金、銀、銅、赤銅、四分一などを用いた、日本の伝統的な彫金技術の粋が凝縮されています。特に鍔は、一枚ごとに形状や重厚感が異なります。刀本体と共に時代を生き抜いてきたこれらの装具は、刀剣そのものに匹敵する価値を持つこともあります。一見すると控えめな部品ですが、こうした細部にまでこだわりを持つことこそが、真の愛刀家への第一歩と言えるでしょう。 【運営元について】 サムライミュージアムは東京に位置し、侍の歴史に関する古美術品を展示しています。当オンラインショップでは、日本文化や職人技に興味をお持ちの方へ向けて、アンティークの刀剣・甲冑、および日本の伝統工芸品を取り扱っております。 【お支払い方法】 Stripe(クレジットカード)、PayPal、Apple Pay、Google Payなど、各種安全な決済方法をご利用いただけます。Stripeでの決済にはアカウント作成は不要です。その他の決済方法をご希望の場合はお問い合わせください。日本円(JPY)のほか、米ドル(USD)、豪ドル(AUD)、加ドル(CAD)、ユーロ(EUR)、スイスフラン(CHF)、英ポンド(GBP)での決済が可能です。価格は日本円を基準としており、他通貨は最新のレートで自動計算されます。 【配送について】 通常、日本郵便のEMS(国際スピード郵便)にて発送いたします。ご注文からお届けまで、通常5〜14日ほどかかります。配送日数は目安であり、天候や繁忙期などの事情により前後する場合がございます。 EMSでの発送が可能な地域については、国際配送料を無料とさせていただきます。他の配送業者をご希望の場合はご相談ください。 発送後、追跡番号をメールにてお知らせいたします。有効なメールアドレスを正しくご入力ください。 ※お住まいの国へのEMS配送可否を確認したい場合は、事前にお問い合わせください。 【状態の確認方法について】 本品はアンティーク品(骨董品)です。状態を詳細にご確認いただけるよう、高解像度の写真を掲載しております。別角度からの写真をご希望の場合は、お気軽にお申し付けください。






英秀
江戸
在銘
町彫 · Edo
現在1点販売中
大森英秀は、江戸時代中期から後期にかけて活躍した金工家である。横谷宗珉の門人である大森英昌の甥にあたり、後にその養子となって大森派の二代目を継承した。喜惣次と称し、横谷派の中でも有力な一派を築き、一門の興隆に大きく貢献した名人として知られる。
英秀の作風は、赤銅魚子地を高彫色絵で飾ることを得意とし、獅子、動物、鳥類、花卉、人物図など、幅広い題材を手がけた。特に「大森波」と呼ばれる独特の立体的な波濤図は、英秀の代名詞とも言える意匠であり、その卓越した技量を示すものである。また、塵紙象嵌、あるいは梨子地象嵌とも呼ばれる、蒔絵を想起させる金平象嵌の技法を編み出し、作品に雅やかな趣を加えている点も特筆される。作域は、高彫、据文、色絵、平象嵌など多岐にわたり、金、銀、四分一、緋色銅などの素材を巧みに用いて、華麗で迫力のある作風を確立した。銘は、割短冊銘や金象嵌銘など、多様な形式が見られる。
英秀の作品は、「華麗」「迫力」といった言葉で評されることが多い。高彫の冴え、鏨の妙、構図の妙など、あらゆる要素が組み合わさり、英秀ならではの世界観を形成している。その技巧と技術は、狭い区間の中で獅子や牡丹などの意匠を開花させ、見る者を魅了する。また、大森派の作風に留まらず、奈良派の作風を参考にしたり、狩野派の画稿を基に製作するなど、意欲的な試みも行っている。江戸時代大名所用の儀仗太刀の作者として明確な遺例を残しており、その作は保存状態も良好なものが多く、江戸金工史上、重要な位置を占める。
英秀の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
町彫 · Edo
現在13点販売中
大森派は、江戸に興った町彫の名門である。祖は横谷宗珉の門人大森英昌であり、十八世紀前半、享保の頃に江戸で一家を成した。英昌の甥で通称を喜惣次という英秀(号龍雨斎)は、英昌に師事してその跡を継ぎ、横谷派の中でも有力な一派を築いて活躍し、審査説明において繰り返し「一派に興隆をもたらした名人」と称される。英秀在銘の樊噲図鐔に「明和庚寅六月吉日」の年紀が刻されることは、その円熟期の活動を明示する好資料である。家督はその後、秀永を経て英秀の五男英満へと受け継がれ、門人の秀知が「東都隅田川辺」と製作地を明記するように、一門の本拠は終始江戸の地にあって幕末に至るまで栄えた。 一派の作風の根幹は、赤銅魚子地に高彫を施し、金・銀・四分一・素銅・緋色銅等の象嵌色絵を加える彫法にあり、獅子・動物・鳥類・花卉・人物図を好んで彫った。とりわけ英秀は、大森浪と呼ばれる独特の立体的な波濤図を創案し、金消技法の砂子象嵌、あるいは塵紙象嵌とも梨子地象嵌とも呼ばれる蒔絵を想起させる金平象嵌の技法をあみだして雅な趣を高めており、これこそが大森派の眼目である。画題は牡丹獅子、旭日波濤に猛禽、竹に虎、波濤魚尽、宇治川先陣、鴻門の会の樊噲、七福神鶴亀など和漢にわたり、武家に好まれた故事・武者絵を、力強くも細緻な高彫と鮮やかな色絵で描き切るところに「大森流の重厚な高彫」の本領が示される。代を下った英満は、父祖の彫法を守りながらも時流の変化を受け入れて工夫を凝らしながら一門を繁栄に導き、鉄石目地に鋤出高彫を施した白鷺図大小鐔では狩野洞白愛信の下絵に拠るなど、当時の絵師との交流をも窺わせる。また英満門人の満辰が師銘をもって代作した例も知られ、隆盛した工房制作の実態を今日に伝えている。 大森派の彫技は大名の儀仗にも用いられ、彦根藩主井伊家伝来の金平目地鞘橘紋金具細太刀拵は、英秀一作の金具に井伊家の橘紋を高彫金色絵で配した整緻にして豪華な作であり、江戸時代大名所用の儀仗太刀の作者の明確な遺例として貴重とされる。門流もまた広く、龍鱗齋大森定兵衛と称した秀知は『江都金工銘譜』に「英秀ノ一弟子也」と記される腕達者であり、水戸分家守山藩士の遅塚久則は英秀に彫金を師事し、『夏雄彫金談』に「賞翫すべき彫法なり。色絵丁寧にして極彩風の仕方なり」と評される細密濃麗な象嵌をもって独歩の域に達した。浜野政隨の没後に英秀の門に入った堀江興成は、後に阿波蜂須賀家の抱え工となって一門の子弟を多く養成し、その嫡子興吉に技を伝えた。さらに英秀と秀知に学んだ泉秀寿の存在も知られ、大森の彫法は幕末の町彫金工に広く波及した。立体的な波濤表現と豊麗な高彫色絵を旨とするその様式は、横谷派中屈指の有力な一流として、刀装具史に確固たる地位を占めている。
販売店の出品ページで鑑定書を確認できませんでした。日本刀および刀装具は通常、NBTHK(または NTHK)の鑑定を受けます。鑑定書がない場合、極めは販売店の見解にとどまり、第三者による確認は行われていません。ご購入前に販売店へ鑑定書の有無をお問い合わせのうえ、慎重にご判断ください。
Returns/exchanges limited to defects caused by shipping (except willful misconduct or gross negligence by the company); customers must contact within 72 hours of receiving the product.
題名:波濤図鍔 【説明】 本作は、円形の鍔全体に荒れ狂う海原を描いた「波濤図(はとうず)」の意匠が施されています。 流れるような曲線が重なり合い、地鉄全体に広がる波の文様は、画面の端から端へと絶え間ない動きを感じさせます。波頭の盛り上がりや波間の深さが明快に彫り込まれており、逆巻く波の躍動感が強調されています。 構図は鍔の全面を埋め尽くし、余白を残さないことで、波の意匠がこの装具の主役となっています。円形の造形を活かし、波がその形に沿って包み込むように構成されています。波濤文様は刀装具において古くから好まれた題材ですが、本作は鉄地に連続する波を描き出し、全面に意匠を凝らした力強い仕上がりとなっています。 ※アンティーク品のため、各写真にて状態をよくご確認の上、ご検討ください。 【鍔(つば)とは】 鍔は日本刀の拳を守るための護具です。かつて高位の侍は、鍔をはじめとする美しい刀装具で愛刀を飾りました。特に鍔の表側は、街を歩く際に他の武士の目に触れる機会が多いため、より装飾性の高い意匠が施される傾向にありました。 【刀装具が武士にとって重要だった理由】 日本刀には、鍔、目貫(めぬき)、縁頭(ふちがしら)など、多彩な装飾が施されています。日本刀は武器であると同時に、持ち主の身分や人格、信念を象徴するものでもありました。現代で例えるならば、スマートフォンの装飾に近い感覚と言えるかもしれません。 ぜひ写真を拡大してご覧ください。そこには金、銀、銅、赤銅、四分一などを用いた、日本の伝統的な彫金技術の粋が凝縮されています。特に鍔は、一枚ごとに形状や重厚感が異なります。刀本体と共に時代を生き抜いてきたこれらの装具は、刀剣そのものに匹敵する価値を持つこともあります。一見すると控えめな部品ですが、こうした細部にまでこだわりを持つことこそが、真の愛刀家への第一歩と言えるでしょう。 【運営元について】 サムライミュージアムは東京に位置し、侍の歴史に関する古美術品を展示しています。当オンラインショップでは、日本文化や職人技に興味をお持ちの方へ向けて、アンティークの刀剣・甲冑、および日本の伝統工芸品を取り扱っております。 【お支払い方法】 Stripe(クレジットカード)、PayPal、Apple Pay、Google Payなど、各種安全な決済方法をご利用いただけます。Stripeでの決済にはアカウント作成は不要です。その他の決済方法をご希望の場合はお問い合わせください。日本円(JPY)のほか、米ドル(USD)、豪ドル(AUD)、加ドル(CAD)、ユーロ(EUR)、スイスフラン(CHF)、英ポンド(GBP)での決済が可能です。価格は日本円を基準としており、他通貨は最新のレートで自動計算されます。 【配送について】 通常、日本郵便のEMS(国際スピード郵便)にて発送いたします。ご注文からお届けまで、通常5〜14日ほどかかります。配送日数は目安であり、天候や繁忙期などの事情により前後する場合がございます。 EMSでの発送が可能な地域については、国際配送料を無料とさせていただきます。他の配送業者をご希望の場合はご相談ください。 発送後、追跡番号をメールにてお知らせいたします。有効なメールアドレスを正しくご入力ください。 ※お住まいの国へのEMS配送可否を確認したい場合は、事前にお問い合わせください。 【状態の確認方法について】 本品はアンティーク品(骨董品)です。状態を詳細にご確認いただけるよう、高解像度の写真を掲載しております。別角度からの写真をご希望の場合は、お気軽にお申し付けください。






英秀
江戸
在銘
町彫 · Edo
現在1点販売中
大森英秀は、江戸時代中期から後期にかけて活躍した金工家である。横谷宗珉の門人である大森英昌の甥にあたり、後にその養子となって大森派の二代目を継承した。喜惣次と称し、横谷派の中でも有力な一派を築き、一門の興隆に大きく貢献した名人として知られる。
英秀の作風は、赤銅魚子地を高彫色絵で飾ることを得意とし、獅子、動物、鳥類、花卉、人物図など、幅広い題材を手がけた。特に「大森波」と呼ばれる独特の立体的な波濤図は、英秀の代名詞とも言える意匠であり、その卓越した技量を示すものである。また、塵紙象嵌、あるいは梨子地象嵌とも呼ばれる、蒔絵を想起させる金平象嵌の技法を編み出し、作品に雅やかな趣を加えている点も特筆される。作域は、高彫、据文、色絵、平象嵌など多岐にわたり、金、銀、四分一、緋色銅などの素材を巧みに用いて、華麗で迫力のある作風を確立した。銘は、割短冊銘や金象嵌銘など、多様な形式が見られる。
英秀の作品は、「華麗」「迫力」といった言葉で評されることが多い。高彫の冴え、鏨の妙、構図の妙など、あらゆる要素が組み合わさり、英秀ならではの世界観を形成している。その技巧と技術は、狭い区間の中で獅子や牡丹などの意匠を開花させ、見る者を魅了する。また、大森派の作風に留まらず、奈良派の作風を参考にしたり、狩野派の画稿を基に製作するなど、意欲的な試みも行っている。江戸時代大名所用の儀仗太刀の作者として明確な遺例を残しており、その作は保存状態も良好なものが多く、江戸金工史上、重要な位置を占める。
英秀の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
町彫 · Edo
現在13点販売中
大森派は、江戸に興った町彫の名門である。祖は横谷宗珉の門人大森英昌であり、十八世紀前半、享保の頃に江戸で一家を成した。英昌の甥で通称を喜惣次という英秀(号龍雨斎)は、英昌に師事してその跡を継ぎ、横谷派の中でも有力な一派を築いて活躍し、審査説明において繰り返し「一派に興隆をもたらした名人」と称される。英秀在銘の樊噲図鐔に「明和庚寅六月吉日」の年紀が刻されることは、その円熟期の活動を明示する好資料である。家督はその後、秀永を経て英秀の五男英満へと受け継がれ、門人の秀知が「東都隅田川辺」と製作地を明記するように、一門の本拠は終始江戸の地にあって幕末に至るまで栄えた。 一派の作風の根幹は、赤銅魚子地に高彫を施し、金・銀・四分一・素銅・緋色銅等の象嵌色絵を加える彫法にあり、獅子・動物・鳥類・花卉・人物図を好んで彫った。とりわけ英秀は、大森浪と呼ばれる独特の立体的な波濤図を創案し、金消技法の砂子象嵌、あるいは塵紙象嵌とも梨子地象嵌とも呼ばれる蒔絵を想起させる金平象嵌の技法をあみだして雅な趣を高めており、これこそが大森派の眼目である。画題は牡丹獅子、旭日波濤に猛禽、竹に虎、波濤魚尽、宇治川先陣、鴻門の会の樊噲、七福神鶴亀など和漢にわたり、武家に好まれた故事・武者絵を、力強くも細緻な高彫と鮮やかな色絵で描き切るところに「大森流の重厚な高彫」の本領が示される。代を下った英満は、父祖の彫法を守りながらも時流の変化を受け入れて工夫を凝らしながら一門を繁栄に導き、鉄石目地に鋤出高彫を施した白鷺図大小鐔では狩野洞白愛信の下絵に拠るなど、当時の絵師との交流をも窺わせる。また英満門人の満辰が師銘をもって代作した例も知られ、隆盛した工房制作の実態を今日に伝えている。 大森派の彫技は大名の儀仗にも用いられ、彦根藩主井伊家伝来の金平目地鞘橘紋金具細太刀拵は、英秀一作の金具に井伊家の橘紋を高彫金色絵で配した整緻にして豪華な作であり、江戸時代大名所用の儀仗太刀の作者の明確な遺例として貴重とされる。門流もまた広く、龍鱗齋大森定兵衛と称した秀知は『江都金工銘譜』に「英秀ノ一弟子也」と記される腕達者であり、水戸分家守山藩士の遅塚久則は英秀に彫金を師事し、『夏雄彫金談』に「賞翫すべき彫法なり。色絵丁寧にして極彩風の仕方なり」と評される細密濃麗な象嵌をもって独歩の域に達した。浜野政隨の没後に英秀の門に入った堀江興成は、後に阿波蜂須賀家の抱え工となって一門の子弟を多く養成し、その嫡子興吉に技を伝えた。さらに英秀と秀知に学んだ泉秀寿の存在も知られ、大森の彫法は幕末の町彫金工に広く波及した。立体的な波濤表現と豊麗な高彫色絵を旨とするその様式は、横谷派中屈指の有力な一流として、刀装具史に確固たる地位を占めている。
販売店の出品ページで鑑定書を確認できませんでした。日本刀および刀装具は通常、NBTHK(または NTHK)の鑑定を受けます。鑑定書がない場合、極めは販売店の見解にとどまり、第三者による確認は行われていません。ご購入前に販売店へ鑑定書の有無をお問い合わせのうえ、慎重にご判断ください。
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