政信 -Masanobu- 縁 縦38.2ミリ 横12.85ミリ 頭 縦34.25ミリ 横42.5ミリ 重さ42.5グラム 江戸後期 The latter period of Edo era 附属 特別保存刀装具鑑定書、桐箱 政信は江戸を代表する町彫金工の一派である浜野派の四代を継いだ金工で、安永二年(1773)生まれ。浜野鋪随の門人となり、のち養子となって浜野本家四代を継承した人物で、乙柳軒の号でも知られています。初代政随に始まる浜野派の伝統を受け継ぎながら、江戸後期らしい精緻で写実味に富んだ彫技を展開しました。 その力量を示す代表的な遺品の一つが、メトロポリタン美術館に収蔵される「虫尽金具大小拵」です。秋草と虫を題材とした一揃いの金具を政信が手掛けたもので、同館でも乙柳軒政信を浜野派四代と明記しています。 また、政信による「煮干図三所物」は朧銀を巧みに用いて煮干の質感を写実的に表現した作品として紹介されており、単なる装飾性にとどまらず、素材の色調と彫技によって対象そのものの質感を描き出す政信の力量を窺わせます。 本作は、その政信が獅子を題材として仕立てた華麗な縁頭です。黒々とした赤銅地を背景として、頭には獅子を画面いっぱいに据え、厚く盛り上がった立体的な造形によって圧倒的な存在感を生み出しています。獅子の身体から鬣、尾毛へと連なる曲線は実に躍動的で、幾重にも渦を巻く毛筋を一本一本彫り分けながら、顔貌、四肢、爪に至るまで緻密に作り込まれています。頭の獅子は金を用いた据紋とみられ、その身体に散らされた大小の黒い斑は赤銅象嵌と思われます。黄金色の獅子と深い黒色を呈する赤銅地との鮮烈な対照に、赤銅の斑がさらに変化を加え、豪華さの中にも引き締まった趣を備えています。 縁には伏す獅子を横長の空間いっぱいに配し、頭とは趣を変えて、四分一と思われる落ち着いた色調の獅子を高肉に表しています。身体に散らされた金の斑、爪や細部に施された金色が黒い赤銅地の上に浮かび上がり、頭の黄金色を主体とした獅子と見事な対照をなしています。とりわけ注目したいのは、頭と縁を単純に同じ仕上げで揃えるのではなく、同じ獅子という題材を異なる色金の対比によって一具としてまとめ上げている点でしょう。頭では華やかさと威厳を、縁では渋みを帯びた力強さを見せながら、豊かな鬣と尾毛の表現によって両者を結び付けています。 獅子は古来、威厳と勇猛を象徴する意匠として武家の調度にも好まれた題材ですが、本作ではその力強さに浜野派ならではの華麗な色金使いと精緻な彫技が加わり、小さな刀装具の中に彫刻作品さながらの迫力を生み出しています。 浜野本家四代という確かな系譜、海外の著名美術館にも作品が収蔵される政信の作家性、そして据紋・象嵌・高肉彫と色金を駆使した豪華な出来を併せ持つ、鑑賞性と資料性の双方に優れた縁頭です。


















浜野
江戸
特別保存 (NBTHK)
町彫 · 武蔵
現在2点販売中
政信の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
町彫 · Edo
現在32点販売中
浜野派は江戸時代中期に奈良利寿の門人であった浜野政隨を祖とする装剣金工の一派である。政隨は通称を太郎兵衛といい、奈良四天王の一人として高名を馳せ、江戸金工名譜に「世に雷鳴す」と評される逸材であった。乙柳軒・味墨・閑径・驪風堂・遊壺亭・穐峰斎・半圭子・一瞬庵など多くの別号を有し、多数の門人を育成して町彫の主要な門流を形成し一家をなした。四代正信は乙柳軒味墨の号を継承し、政隨の伝統を継承している。また越後村上出身の桂野赤文は、青年時代に出府して浜野家に学び、のちに遊洛斎の号を用いたことから京都での修業も推測され、庄内藩酒井家の抱え工として活躍した。 浜野派の技術は大胆な高肉彫・鋤出彫・肉合彫・片切彫等あらゆる技法に長じており、その技量は極めて高く評価される。政隨の作には金銀の芋継地に容彫で韋駄天疾駆鬼を表したものや、金無垢地に銀と赤銅の置金を施した容彫で仁王像を表したものがあり、肉取りが巧みで量感に富み、題材の力強さを見事に表現している。その彫口には後藤上代の作を範としたとみられる落ち着きある品格が備わっている。四代正信の作には虫尽総金具の大小拵があり、銀四分一の石目地に高彫と据文色絵を施した各種の虫の図が揃っており、華麗かつ入念な仕上がりを示している。 桂野赤文の作風は土屋安親を手本として研鑽を積んだことが知られ、鐔を多く制作し、鉄と赤銅の地金に高肉彫形式で色絵を施すことを得意とした。片切彫・肉合彫・象嵌等の技法も用い、銘文には郷里越後の書家亀田鵬斎流の草書体を用いている。波千鳥図鐔では安親を手本とした題材を鉄地に鋤出による高肉彫で堂々と表し、千鳥の眼と足にのみ金銀の象嵌を施して画面全体に締まりと動きを与えている。柔軟な鏨使いながらも力強さを感じさせるその彫口は赤文独特のものであり、桂野家史に「生気躍動」「巧緻」と評されるその作風を顕示している。 詳しく見る →
保存刀装具のうち、出来・保存状態が一層優れ、銘文や作風に資料的価値の高いものと認められたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトお求めになられた商品とは異なる商品をお届けしてしまった場合や、表記内容と現物とに大きな隔たりなどがあった場合を除き、基本的に返品はお受けいたしません。返品をご要望の場合は、商品到着後3日以内に御連絡の上ご返送下さい。
¥2,200,000
政信 -Masanobu- 縁 縦38.2ミリ 横12.85ミリ 頭 縦34.25ミリ 横42.5ミリ 重さ42.5グラム 江戸後期 The latter period of Edo era 附属 特別保存刀装具鑑定書、桐箱 政信は江戸を代表する町彫金工の一派である浜野派の四代を継いだ金工で、安永二年(1773)生まれ。浜野鋪随の門人となり、のち養子となって浜野本家四代を継承した人物で、乙柳軒の号でも知られています。初代政随に始まる浜野派の伝統を受け継ぎながら、江戸後期らしい精緻で写実味に富んだ彫技を展開しました。 その力量を示す代表的な遺品の一つが、メトロポリタン美術館に収蔵される「虫尽金具大小拵」です。秋草と虫を題材とした一揃いの金具を政信が手掛けたもので、同館でも乙柳軒政信を浜野派四代と明記しています。 また、政信による「煮干図三所物」は朧銀を巧みに用いて煮干の質感を写実的に表現した作品として紹介されており、単なる装飾性にとどまらず、素材の色調と彫技によって対象そのものの質感を描き出す政信の力量を窺わせます。 本作は、その政信が獅子を題材として仕立てた華麗な縁頭です。黒々とした赤銅地を背景として、頭には獅子を画面いっぱいに据え、厚く盛り上がった立体的な造形によって圧倒的な存在感を生み出しています。獅子の身体から鬣、尾毛へと連なる曲線は実に躍動的で、幾重にも渦を巻く毛筋を一本一本彫り分けながら、顔貌、四肢、爪に至るまで緻密に作り込まれています。頭の獅子は金を用いた据紋とみられ、その身体に散らされた大小の黒い斑は赤銅象嵌と思われます。黄金色の獅子と深い黒色を呈する赤銅地との鮮烈な対照に、赤銅の斑がさらに変化を加え、豪華さの中にも引き締まった趣を備えています。 縁には伏す獅子を横長の空間いっぱいに配し、頭とは趣を変えて、四分一と思われる落ち着いた色調の獅子を高肉に表しています。身体に散らされた金の斑、爪や細部に施された金色が黒い赤銅地の上に浮かび上がり、頭の黄金色を主体とした獅子と見事な対照をなしています。とりわけ注目したいのは、頭と縁を単純に同じ仕上げで揃えるのではなく、同じ獅子という題材を異なる色金の対比によって一具としてまとめ上げている点でしょう。頭では華やかさと威厳を、縁では渋みを帯びた力強さを見せながら、豊かな鬣と尾毛の表現によって両者を結び付けています。 獅子は古来、威厳と勇猛を象徴する意匠として武家の調度にも好まれた題材ですが、本作ではその力強さに浜野派ならではの華麗な色金使いと精緻な彫技が加わり、小さな刀装具の中に彫刻作品さながらの迫力を生み出しています。 浜野本家四代という確かな系譜、海外の著名美術館にも作品が収蔵される政信の作家性、そして据紋・象嵌・高肉彫と色金を駆使した豪華な出来を併せ持つ、鑑賞性と資料性の双方に優れた縁頭です。


















浜野
江戸
特別保存 (NBTHK)
町彫 · 武蔵
現在2点販売中
政信の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
町彫 · Edo
現在32点販売中
浜野派は江戸時代中期に奈良利寿の門人であった浜野政隨を祖とする装剣金工の一派である。政隨は通称を太郎兵衛といい、奈良四天王の一人として高名を馳せ、江戸金工名譜に「世に雷鳴す」と評される逸材であった。乙柳軒・味墨・閑径・驪風堂・遊壺亭・穐峰斎・半圭子・一瞬庵など多くの別号を有し、多数の門人を育成して町彫の主要な門流を形成し一家をなした。四代正信は乙柳軒味墨の号を継承し、政隨の伝統を継承している。また越後村上出身の桂野赤文は、青年時代に出府して浜野家に学び、のちに遊洛斎の号を用いたことから京都での修業も推測され、庄内藩酒井家の抱え工として活躍した。 浜野派の技術は大胆な高肉彫・鋤出彫・肉合彫・片切彫等あらゆる技法に長じており、その技量は極めて高く評価される。政隨の作には金銀の芋継地に容彫で韋駄天疾駆鬼を表したものや、金無垢地に銀と赤銅の置金を施した容彫で仁王像を表したものがあり、肉取りが巧みで量感に富み、題材の力強さを見事に表現している。その彫口には後藤上代の作を範としたとみられる落ち着きある品格が備わっている。四代正信の作には虫尽総金具の大小拵があり、銀四分一の石目地に高彫と据文色絵を施した各種の虫の図が揃っており、華麗かつ入念な仕上がりを示している。 桂野赤文の作風は土屋安親を手本として研鑽を積んだことが知られ、鐔を多く制作し、鉄と赤銅の地金に高肉彫形式で色絵を施すことを得意とした。片切彫・肉合彫・象嵌等の技法も用い、銘文には郷里越後の書家亀田鵬斎流の草書体を用いている。波千鳥図鐔では安親を手本とした題材を鉄地に鋤出による高肉彫で堂々と表し、千鳥の眼と足にのみ金銀の象嵌を施して画面全体に締まりと動きを与えている。柔軟な鏨使いながらも力強さを感じさせるその彫口は赤文独特のものであり、桂野家史に「生気躍動」「巧緻」と評されるその作風を顕示している。 詳しく見る →
保存刀装具のうち、出来・保存状態が一層優れ、銘文や作風に資料的価値の高いものと認められたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
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