説明

縁頭 銘:濱野弘随(安随) 寿老人図 国際刀装具会(2016年)所載 日本美術刀剣保存協会 特別保存刀装具 銘:濱野弘随 図:寿老人図 地:四分一地 金・赤銅象嵌 時代:江戸時代(19世紀) 寸法: 縁:高さ 15.0 mm、天面 25.0 mm × 39.0 mm 頭:高さ 7.5 mm、天面 17.0 mm × 35.0 mm 本作は濱野安随(弘随)による傑作であり、第12回国際刀装具会図録にも掲載された由緒ある逸品です。以下に図録の解説を引用いたします。 【解説】 濱野安随(1763-1836)は濱野直随の門人で、後に直随の娘と結婚し婿養子となりました。また、濱野矩随にも師事しています。本作に見られる「弘随」の銘は、彼が晩年に用いたものです。安随は義父の旅に同行して大坂や明石で制作に励み、最終的には故郷である阿波国徳島に戻りました。その後は徳島藩主・蜂須賀家の抱え工として活躍しています。 画題は七福神の一柱であり、長寿の象徴である「寿老人」です。長い髭を蓄えた小柄な姿で、傍らには鹿を連れ、手には巻物と団扇を持つ姿が一般的です。本作にはさらに鶴や古松も配されており、これら全てが長寿、繁栄、そして無病息災を象徴する吉祥の図案となっています。 素材には四分一地を用い、随所に赤銅象嵌や金布目象嵌が施されています。特筆すべきは、各モチーフの彩色が地肉に一切はみ出すことなく、極めて精緻に仕上げられている点です。細部まで行き届いた彫口、布目象嵌の技術、そして寿老人の表情に宿る気品ある個性は、本作の大きな見どころと言えるでしょう。 保存状態も極めて良好です。代々大切に伝えられてきたため、約200年前の制作当時と変わらぬ輝きを今に留めています。 (※掲載図録は付属いたしません)

Fuchi Kashira by Hamano Yasuyuki
Tokuho

Fuchi Kashira by Hamano Yasuyuki

縁頭

$2,900

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流派について

Hamano School浜野派

浜野派は江戸時代中期に奈良利寿の門人であった浜野政隨を祖とする装剣金工の一派である。政隨は通称を太郎兵衛といい、奈良四天王の一人として高名を馳せ、江戸金工名譜に「世に雷鳴す」と評される逸材であった。乙柳軒・味墨・閑径・驪風堂・遊壺亭・穐峰斎・半圭子・一瞬庵など多くの別号を有し、多数の門人を育成して町彫の主要な門流を形成し一家をなした。四代正信は乙柳軒味墨の号を継承し、政隨の伝統を継承している。また越後村上出身の桂野赤文は、青年時代に出府して浜野家に学び、のちに遊洛斎の号を用いたことから京都での修業も推測され、庄内藩酒井家の抱え工として活躍した。 浜野派の技術は大胆な高肉彫・鋤出彫・肉合彫・片切彫等あらゆる技法に長じており、その技量は極めて高く評価される。政隨の作には金銀の芋継地に容彫で韋駄天疾駆鬼を表したものや、金無垢地に銀と赤銅の置金を施した容彫で仁王像を表したものがあり、肉取りが巧みで量感に富み、題材の力強さを見事に表現している。その彫口には後藤上代の作を範としたとみられる落ち着きある品格が備わっている。四代正信の作には虫尽総金具の大小拵があり、銀四分一の石目地に高彫と据文色絵を施した各種の虫の図が揃っており、華麗かつ入念な仕上がりを示している。 桂野赤文の作風は土屋安親を手本として研鑽を積んだことが知られ、鐔を多く制作し、鉄と赤銅の地金に高肉彫形式で色絵を施すことを得意とした。片切彫・肉合彫・象嵌等の技法も用い、銘文には郷里越後の書家亀田鵬斎流の草書体を用いている。波千鳥図鐔では安親を手本とした題材を鉄地に鋤出による高肉彫で堂々と表し、千鳥の眼と足にのみ金銀の象嵌を施して画面全体に締まりと動きを与えている。柔軟な鏨使いながらも力強さを感じさせるその彫口は赤文独特のものであり、桂野家史に「生気躍動」「巧緻」と評されるその作風を顕示している。

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