二つの朝廷が争った六十年、刀身は長大化し、長船がその需要に応えた。兼光と長義の工房は実際に戦う国人層の武士に仕え、軍勢とともに相州風が届いて相伝備前が生まれた。
刃渡り(長さ) 65.4センチ 反り 1.7センチ 元鎬厚 6.4ミリ 元重ね5.3ミリ 先鎬厚 4.0ミリ 先重ね3.5ミリ 元幅 28.4ミリ 先幅 18.0ミリ 刀身重量641g 目釘穴 2個 刃文 小沸出来 小乱れに小互の目、小丁子、尖り刃交り 局所煙込み全体に乱映りたち 葉、足入り砂流し、金線、金筋、稲妻、打ち除け働き、刃良く冴える 帽子 乱れ込み火焔心僅かに小丸に返る 鍛え 板目詰み小板目肌、地鉄良く錬られる 寸法、グラムは約でご理解ください。刃渡り・反りなど登録書を映しております。 銘文 無銘 鑑定 備前長船義景(特別保存 NO.151590 H18.9.1日 登録証 埼玉県74805 鑑定書及び登録証 照会済、共に在籍し内容も合致 R8.9.24日確認) 義景の評価額 750万円 説明 ↓ここに画像が表示されます。(通信環境により数十秒ほどかかる場合もございます。) 1/3 ↓ここに画像が表示されます。(通信環境により数十秒ほどかかる場合もございます。) 2/3 ↓ここに画像が表示されます。(通信環境により数十秒ほどかかる場合もございます。) 3/3 造り込み 鎬造り、庵棟、大磨り上げ無銘、身幅やや広く重ね頃合い、帽子やや伸び、反りややつく 刃文は小沸出来 小乱れに小互の目、小丁子、尖り刃交り 局所煙込み全体に乱映りたち、葉、足入り砂流し、金線、金筋、稲妻、打ち除け働き、刃良く冴える 帽子は乱れ込み火焔心僅かに小丸に返り 鍛え 板目詰み小板目肌、地鉄良く錬られる 特別刀剣 備前長船義景極めの御刀 義景(よしかげ)について 日本刀名鑑(本間薫山校閲 石井昌國編著)では義景は備前の刀工で、古備前、元暦に一人、福岡一文字流、近房の子、近忠の子で正応頃に一人、近景門の初代建武に一人、二代、貞治に兼光門一人、応永に一人、天文に一人記されている。 初代と二代については「こせついた乱は初代、のたれ調は二代」相伝備前、兼光門というが作風は違い、むしろ長義の祖族であろうとも書かれている。 本刀はその初代の作風に近く、匂口の見え方、姿等、刀剣学上の鑑定でも南北朝時代とみることができる。 刃良く冴え、所々煙込み、良く働いた約690年前の古刀特有の匂口をどうぞお愉しみください。玄人が唸る出来でございます。 日本刀は日本の有形文化財でございます。 私たちが後世に残すべき大切な文化財です。 後世にかけて大切にしてくださる方のみご所有ください。 次の主が見つかるまでの間、一時的に弊社にてお預かりし、お世話をさせていただいております。 刀剣のお買取り、下取販売、仲介 も承っております。 商品の状態 *刃切れ・刃絡み・刃こぼれ・撓え・膨れ・匂い切れ・駆け出しございません。 *時代による、汚れ、細かな擦れ傷,劣化等はご了承ください。写真を参考にしてください。 刀の欠点や見所 刀剣を初めて購入する方 日本刀の原価・価値
無銘 · Osafune · 建武 · 長さ 65.4cm · 反り 1.7cm




Bizen Osafune, Soden-Bizen (a collateral Osafune line) · 備前 · 1334-1363頃
藤代 Jo saku · 刀剣大鑑 上位5%
現在5点販売中
義景の在銘作のうち年紀の入るものに延文二年(一三五七)と応安七年(一三七四)の二口があり、この僅かな在銘の作に本工の記録のすべてがかかっている。義景は南北朝期の備前長船の刀工で、説明書が「相伝備前」と称する一群、すなわち兼光一派・長義一派と並んで相州伝の作風を備前で行った長船の手のうちに数えられる。その系統は古来論じられてきた。古い剣書はこれを景光二男とし、あるいは兼光門、あるいは長義門とするが、近年はその作風の類似と逆鏨にきる特色ある銘振りから、「近景や盛景らと同族の長船傍系の刀工ではないか」[[c:1]]とする見解が有力視されている。銘鑑は二代を伝え、初代を鎌倉末期頃、二代を貞治頃とするが、在銘確実なものが極めて少なく、初・二代を判然と分かつことは難しい。
説明書の描く手は、長船正系の重花丁子ではなく、直刃を基調とした小模様の多様な乱れである。地の上に直刃を焼き、これに小互の目・小丁子・角がかった刃・尖りごころの刃を交え、刃を小さく、乱れの間を詰めて、小模様ながら密に働く刃取りとする。中に足・逆足・葉さかんに入り、匂勝ちに小沸がやや叢につき、金筋・砂流しが刃中を走り、湯走り状の飛焼を僅かに交える。匂口は沈みごころとなり、まさにそこに極めがある。相伝備前の中で、説明書は「匂口が沈むものに義景の見どころがあり」[[c:2]]とする。帽子は乱れ込んで尖りごころに掃きかけ、ある特別重要刀剣の刀では先が尖りごころに返るところを、本工の顕著な特色として挙げる。
その静かな刃のもとにある地鉄は終始変わらぬところである。板目に杢を交えてやや肌立ち、地沸が微塵に厚くつき、地景がよく入り、処々地斑調の肌合を交え、地に乱れ映りが立つ。身幅広い作では地沸を微塵に厚く敷き、太い地景が頻りに入る。この沸の強い鍛えに金筋・砂流しの頻りにかかる出来こそ、戦前の鑑識家が本工を躊躇なく相州伝の刀工に数えた拠り所であり、近年の極めが「相伝備前の作域を顕現」[[c:7]]するというところである。
本工の典型は、南北朝盛期の体配を示す身幅広い刀である。身幅広く元先の幅差目立たず、重ねは殊に厚いものが多く、大鋒に結び、多くは大磨上無銘に残る。これに対して稀な在銘作はより穏やかに振れ、ある重要刀剣の太刀は直刃調を基本とし、出来こそ地味であるが、在銘の確かなものが少ないだけに資料として殊に貴重とされる。いま一つの面は薙刀直しで、薙刀から刀・脇指に直したものである。説明書は本工を「古来薙刀の上手」と伝え、その極めには薙刀直しが多く、身幅広め、反り浅く、鎬地を削いで重ね薄く、茎に薙刀樋と添樋の痕跡を残すものがある。延文・応安の二つの年紀は、この多様な作を南北朝中・後期に確実に位置づける。
義景をその隣人から分かつのは、本工の作について極めが言うところである。相伝備前の中で、その刃は「兼光でもなく、長義でもなく」[[c:4]]と読まれる。長船正系の丁子より小模様であり、華やかな長義の手より匂口が沈み、しかも兼光一派の作に比して一段と砂流し・金筋を交えた地に焼かれる。逆鏨にきる銘もまた極めと一つに読まれ、説明書は「逆鏨にきる特色ある銘振り」[[c:5]]を、本工の手と長船傍系という血脈とを定める標の一つとする。要するに義景は、相伝備前の一群のうちで沸の強い静かな一工であり、その見どころは華やかさではなく抑制にある。
収集の観点では、義景は世に出ることの稀な名である。藤代の極めは上々作。国宝はなく、その記録は二口の重要文化財(応安七年紀の在銘脇指は奈良・談山神社に伝わり、ほかに在銘の太刀がある)、三口の特別重要刀剣と六十口ほどの重要刀剣、および戦前の重要美術品を通じる。来歴の知られるものは市場ではなく旧家の手を経る。伊達家に伝わった太刀、有栖川宮家に伝わった一口、茎に大久保四郎左衛門尉の金象嵌の所持銘を留めた刀などである。説明書はその最上の薙刀直しを「同工中の屈指」と称える。在銘確実なものが極めて少なく、現存の多くが大磨上無銘である以上、私蔵の義景が世に現れるのは時に過ぎず、その上手に及ぶものは稀であり、現れればそれは相州伝が長船後期にいかに受け継がれたかを語る静かな証である。
義景の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
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在銘年紀作が示す、確実に活動していた年代
備前伝
時期区分: 相伝備前· 1330–1394
現在9点販売中
相伝備前 相伝備前とは、南北朝時代の備前国長船派にあって、相州伝の作風を加味した一群の刀工およびその作風期を指す呼称である。景光に続く長船派の嫡流たる兼光をはじめ、兼光と並んで傑れた技術を示すとされる長義、その門と伝える兼長、兼光門下の一人にして一説に兼光の弟とも伝える倫光、さらに兼光や長義とは別系統で青江気質を窺わせる元重、長船傍系と目される義景など、多くの備前鍛冶がこの時期に活躍した。兼光の現存する年紀作は鎌倉時代末期の元亨元年から南北朝期の貞治に及ぶ約四十五年に亘り、その南北朝時代初期の康永頃までの作は姿が尋常で父景光風を踏襲した感があるが、貞和・観応頃から姿が大柄となり、それまでになかったのたれ主調の刃文が出現する。長義は「備前刀の中で最も備前ばなれした刀工は長義也」と古来称され、相州伝を強く加味した作風で知られる。長船における正系の技量を継承しつつ、隣国相模の作風を取り込んだ点に、この作風期の独自性が存する。 作風は、まず体配において南北朝期の時代色を色濃く反映する。身幅が広く元先の幅差が目立たず、重ね頃合、大鋒に結ぶ堂々たる姿で、延文・貞治頃を最盛期とする雄渾なる体配を示す。鍛えは板目に杢を交え、総じてよく錬れて地沸つき、地景入り、乱れ映りが立つのを常とする。この乱れ映りは、相州伝の色彩を帯びながらも備前気質を表出する標識であり、相伝備前と鑑する重要な拠所となる。刃文は兼光・倫光においてはおおどかなのたれを主調に互の目・小互の目・角ばる刃・尖りごころの刃などを交え、匂勝ちに小沸つき、単調とならず変化を見せる。一方、長義・兼長においては、のたれ基調に丁子風の刃や腰開きの刃を交えて大模様に華やかに乱れ、よく沸づき、金筋・砂流し頻りにかかり、湯走り・飛焼を見せるなど、地刃の沸が一段と強い出来口を示す。元重は鍛えに流れ柾や地斑を交え、刃文に角ばる互の目が目立ち、逆がかり、逆足・葉を交えて帽子が尖るなど、青江気質を窺わせる点に同工一派の見どころがある。 評価としては、相州伝の影響が単に備前の伝統を駆逐したのではなく、長船の作域を著しく拡大せしめた点に、この作風期の歴史的意義が認められる。精錬の良さは際立ち、肌模様に緩みや荒れが看取されず、長船派棟梁としての鍛錬の妙味が遺憾なく発揮されている。匂口は明るく冴え、保存状態の健全な作が多く、備前の華やかさと強さを存分に堪能できる。兼光が先駆けたおおどかな乱れ、長義の放胆にして個性的な大乱れは、いずれも南北朝期長船を代表する達成として賞される。在銘の年紀作に乏しく無銘の極め物が多いものの、年紀を有する生ぶ茎の遺存例は資料的価値が頗る高く、後世には『集古十種』所載の名品や本阿弥折紙を伴う伝来品も知られる。相伝備前は、備前と相州という二大伝法が融合した到達点として、日本刀の歴史に重きをなすものである。 詳しく見る →
南北朝時代の備前
二つの朝廷が争った六十年、刀身は長大化し、長船がその需要に応えた。兼光と長義の工房は実際に戦う国人層の武士に仕え、軍勢とともに相州風が届いて相伝備前が生まれた。
保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイト¥2,200,000