1853年のペリー来航は徳川の泰平をほどき、二世紀ぶりに実用刀の大量需要を生んだ。四谷正宗と呼ばれた清麿はその前夜に世を去り、宗次や行秀が最後の好況を担った。
鎬造、庵棟、身幅広く、反り尋常、中鋒。鍛は、杢目肌つみ、板目肌交り、地沸微塵に厚くつき、地景入り、鉄明るく冴える。刃紋は、互の目に、丁子刃・尖刃交じり、飛び焼き頻りに掛り、足・葉よく入り、小沸よくつき、金筋砂流し幾重にも頻りに掛り、匂口明るい。帽子は、乱れ込んで小丸、先掃き掛る。茎は、生ぶ、先入山形、鑢目筋違、目釘孔一、ハバキは、金着二重。 会津兼定は、室町後期永正頃、和泉守兼定の孫清右衛門兼定が、会津に移り幕末にかけて会津藩工として栄えた。十一代兼定は、天保8年に十代兼定の子として生れ、十四歳から父について鍛刀を学び、文久三年まで兼元を銘し、文久四年より和泉守を受領し兼定を名乗った。十代は晩年殆ど自身銘を切らず、十一代の代作代銘が多い。明治36年没。この刀は、身幅広く、反り尋常となる均整の取れた姿で、杢目肌がよくつみ、地沸微塵に厚くつき、明るく冴えた美しい地鉄に、互の目に、丁子・尖刃など交え、足・葉よく入り、小沸よくつき、金筋幾重にも頻りに掛るなど刃中よく働き、匂口明るい十一代兼定代作代銘の傑作である。

美濃伝 · Iwashiro · 1854-1860頃
藤代 Jo saku · 刀剣大鑑 上位39%
現在1点販売中
美濃伝 · Iwashiro
現在8点販売中
幕末 最後の需要
1853年のペリー来航は徳川の泰平をほどき、二世紀ぶりに実用刀の大量需要を生んだ。四谷正宗と呼ばれた清麿はその前夜に世を去り、宗次や行秀が最後の好況を担った。
保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイト商品発送後の返品・交換・キャンセルには、基本的に対応しておりません。商品に重大な瑕疵がある場合のみ、当サイトでご購入いただいた商品到着後3日以内であれば返品•交換が可能です。
鎬造、庵棟、身幅広く、反り尋常、中鋒。鍛は、杢目肌つみ、板目肌交り、地沸微塵に厚くつき、地景入り、鉄明るく冴える。刃紋は、互の目に、丁子刃・尖刃交じり、飛び焼き頻りに掛り、足・葉よく入り、小沸よくつき、金筋砂流し幾重にも頻りに掛り、匂口明るい。帽子は、乱れ込んで小丸、先掃き掛る。茎は、生ぶ、先入山形、鑢目筋違、目釘孔一、ハバキは、金着二重。 会津兼定は、室町後期永正頃、和泉守兼定の孫清右衛門兼定が、会津に移り幕末にかけて会津藩工として栄えた。十一代兼定は、天保8年に十代兼定の子として生れ、十四歳から父について鍛刀を学び、文久三年まで兼元を銘し、文久四年より和泉守を受領し兼定を名乗った。十代は晩年殆ど自身銘を切らず、十一代の代作代銘が多い。明治36年没。この刀は、身幅広く、反り尋常となる均整の取れた姿で、杢目肌がよくつみ、地沸微塵に厚くつき、明るく冴えた美しい地鉄に、互の目に、丁子・尖刃など交え、足・葉よく入り、小沸よくつき、金筋幾重にも頻りに掛るなど刃中よく働き、匂口明るい十一代兼定代作代銘の傑作である。

美濃伝 · Iwashiro · 1854-1860頃
藤代 Jo saku · 刀剣大鑑 上位39%
現在1点販売中
美濃伝 · Iwashiro
現在8点販売中
幕末 最後の需要
1853年のペリー来航は徳川の泰平をほどき、二世紀ぶりに実用刀の大量需要を生んだ。四谷正宗と呼ばれた清麿はその前夜に世を去り、宗次や行秀が最後の好況を担った。
保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイト商品発送後の返品・交換・キャンセルには、基本的に対応しておりません。商品に重大な瑕疵がある場合のみ、当サイトでご購入いただいた商品到着後3日以内であれば返品•交換が可能です。