江戸は刀の目利きの時代である。本阿弥の鑑定、1719年の享保名物帳、盛んな刀剣書が、戦で抜かれることのなくなった刀を学問の対象へと変えていった。
Stock number:TA-040325Paper(Certificate):[N.B.T.H.K] Tokubetsu Hozon TokenCountry・Era:Iwashiro・Meiji era about 1868~Blade length(Cutting edge): 28.8cmCurve(SORI): 0.0cmWidth at the hamachi(Moto-Haba): 2.81cmThickness at the Moto-Kasane: 0.63cmWide at the Kissaki(Saki-Haba): 2.50cmThickness at the Saki-Kasane: 0.55cmHabaki: One part, Silver foil HabakiSword tang(Nakago): Unaltered, Sujikai file patternRivet Holes(Mekugiana):1Shape(Taihai): Hirazukuri, IorimuneJigane(Hada): Ko-itameTemper patterns(Hamon): SuguhaTemper patterns in the point(Bohshi): Sugu then komaru round tipRegistration Card: Niigata【Additional Information】会津兼定一門は、室町後期 弘治頃に三代兼定の子である古川清右衛門が、会津藩主の芦名氏の要請で会津に移住したことで興ります。連綿と代を重ねた同一門にあって本作は、十一代兼定の作となります。会津十一代兼定は、天保八年に十代兼定の子として生まれ、本名を古川清左衛門、初銘を兼元とします。文久二年に会津藩主 松平容保公が京都守護職に任命された事で、翌三年に京都に上って修行し、同年十二月に和泉守を受領、兼定と銘を改めました。二年後の慶応元年に帰郷しており、この時期に作られた同工の刀が会津藩士、新選組隊士に使用されたと伝わっています。また「鬼の副長」の異名を持つ新選組副長・土方歳三が同工の刀を愛刀としていた事で、「十一代和泉守兼定」の名を広く知らしめる形となりました。明治二年~同七年までは越後国加茂で鍛刀したと記録し、「加茂打ち」と称されます。明治三十六年に六十七歳で没しています。刀銘は、「奥州会津住兼元」、「和泉守兼定」、「和泉守藤原朝臣兼定」、「岩代国会津住兼定」等と銘を切ります。本刀は平造姿の短刀で、刃長は九寸五分。身幅重ね共に尋常で、無反り、すらりとした美しい刀姿の一口です。地鉄は小板目肌、地沸よく付き、処々荒い沸が付いて、北国物を思わせる黒味を帯びた鉄色を呈し、精強な鍛となります。刃文は直刃で、処々浅い湾れを交え、匂口やや締まり心に明るく冴えます。刃中には金線が入り、一部荒い沸がこぼれるなどして覇気に溢れた出来を示します。帽子はそのまま直ぐで先小丸に返ります。茎は生ぶ、丁寧に筋違鑢がかかり、刀工銘と製作地を刻します。本作は極めて貴重な会津十一代和泉守兼定の一作。同工が越後国加茂にて製作した「加茂打ち」の優品であります。白鞘、銀無垢一重はばき、特別保存刀剣鑑定書。





美濃伝 · Iwashiro · 1854-1860頃
藤代 Jo saku · 刀剣大鑑 上位39%
現在1点販売中
美濃伝 · Iwashiro
現在5点販売中
江戸は刀の目利きの時代である。本阿弥の鑑定、1719年の享保名物帳、盛んな刀剣書が、戦で抜かれることのなくなった刀を学問の対象へと変えていった。
保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトNo cooling-off period or returns; refund only if the purchased sword is proven fake, capped at purchase price (excludes commission sales, accessories, auction items).
Stock number:TA-040325Paper(Certificate):[N.B.T.H.K] Tokubetsu Hozon TokenCountry・Era:Iwashiro・Meiji era about 1868~Blade length(Cutting edge): 28.8cmCurve(SORI): 0.0cmWidth at the hamachi(Moto-Haba): 2.81cmThickness at the Moto-Kasane: 0.63cmWide at the Kissaki(Saki-Haba): 2.50cmThickness at the Saki-Kasane: 0.55cmHabaki: One part, Silver foil HabakiSword tang(Nakago): Unaltered, Sujikai file patternRivet Holes(Mekugiana):1Shape(Taihai): Hirazukuri, IorimuneJigane(Hada): Ko-itameTemper patterns(Hamon): SuguhaTemper patterns in the point(Bohshi): Sugu then komaru round tipRegistration Card: Niigata【Additional Information】会津兼定一門は、室町後期 弘治頃に三代兼定の子である古川清右衛門が、会津藩主の芦名氏の要請で会津に移住したことで興ります。連綿と代を重ねた同一門にあって本作は、十一代兼定の作となります。会津十一代兼定は、天保八年に十代兼定の子として生まれ、本名を古川清左衛門、初銘を兼元とします。文久二年に会津藩主 松平容保公が京都守護職に任命された事で、翌三年に京都に上って修行し、同年十二月に和泉守を受領、兼定と銘を改めました。二年後の慶応元年に帰郷しており、この時期に作られた同工の刀が会津藩士、新選組隊士に使用されたと伝わっています。また「鬼の副長」の異名を持つ新選組副長・土方歳三が同工の刀を愛刀としていた事で、「十一代和泉守兼定」の名を広く知らしめる形となりました。明治二年~同七年までは越後国加茂で鍛刀したと記録し、「加茂打ち」と称されます。明治三十六年に六十七歳で没しています。刀銘は、「奥州会津住兼元」、「和泉守兼定」、「和泉守藤原朝臣兼定」、「岩代国会津住兼定」等と銘を切ります。本刀は平造姿の短刀で、刃長は九寸五分。身幅重ね共に尋常で、無反り、すらりとした美しい刀姿の一口です。地鉄は小板目肌、地沸よく付き、処々荒い沸が付いて、北国物を思わせる黒味を帯びた鉄色を呈し、精強な鍛となります。刃文は直刃で、処々浅い湾れを交え、匂口やや締まり心に明るく冴えます。刃中には金線が入り、一部荒い沸がこぼれるなどして覇気に溢れた出来を示します。帽子はそのまま直ぐで先小丸に返ります。茎は生ぶ、丁寧に筋違鑢がかかり、刀工銘と製作地を刻します。本作は極めて貴重な会津十一代和泉守兼定の一作。同工が越後国加茂にて製作した「加茂打ち」の優品であります。白鞘、銀無垢一重はばき、特別保存刀剣鑑定書。





美濃伝 · Iwashiro · 1854-1860頃
藤代 Jo saku · 刀剣大鑑 上位39%
現在1点販売中
美濃伝 · Iwashiro
現在5点販売中
江戸は刀の目利きの時代である。本阿弥の鑑定、1719年の享保名物帳、盛んな刀剣書が、戦で抜かれることのなくなった刀を学問の対象へと変えていった。
保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトNo cooling-off period or returns; refund only if the purchased sword is proven fake, capped at purchase price (excludes commission sales, accessories, auction items).