
















寿良
江戸
在銘
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町彫 · 武蔵
東龍斎派の粋な江戸前の技術を伝える紫原(藤原)寿良は、文政十二年(一八二九)に生まれ、通称を久太郎という。説明は彼を「東龍斎清寿門下の逸材」[[c:1]]とし、「師に次ぐ名工と賞されている」[[c:6]]と記す。聲乗・孔叟・耕叟・龍眼斎等の号を用い、幕末から明治初期に亘って作品を残した。二十四考に題材をとった脇指拵の鉄鐔には戊辰の年紀があり、説明はこれを明治元年にあたるとする。
説明が屈指の作とするのは雨下猛虎図小柄である。虎の姿は奈良派の土屋安親が得意とし、その後岩本昆寛、泰山元孚、村上如竹等も試みたが、本作は鉄の磨地に四分一を用いて高肉に彫った虎に色絵を施し、据文象嵌としたもので、量感に富み、眼光鋭く、太く大きな前足によって精悍な虎の姿を表す。説明はこれを「寿良の技量がいかんなく示された屈指の作」[[c:7]]とする。
地金は得意の四分一磨地を主とし、赤銅、鉄、朧銀、金無垢、銀無垢にも及ぶ。遊行柳図小柄について説明は、確かな鏨使いと「柔軟性に富む円やかな彫り口」[[c:8]]を挙げ、「裏の猫掻鑢はこの派によくみるところである」[[c:9]]と記す。赤人・西行詠歌図三所物では、余白の四分一地に「特殊な技法で濃淡をつける」[[c:10]]ことによって、小柄には寂寥感、笄には駿河湾の広さと富士の高さを強調する。追儺図鐔では朧銀地に槌目を利かせて独特の地金を演出する。
画題は人物、とりわけ唐の仙人・聖人が多い。三仙人図鐔の松竹の鋤出彫には「清寿流の手法が窺え」[[c:4]]、林和靖・巨霊人図小柄・縁頭は赤銅磨地に高彫、色絵、平象嵌、けし鍍金を駆使する。大国主鐔は「徳者本也 財者末也」[[c:11]]の訓書を添え、説明は「作品は沈着とした雰囲気に満ちている」[[c:12]]と評する。
説明は彼を「東龍斎門下中、随一の腕利き」[[c:5]]と称し、漁夫に大原女図目貫について「清寿門下随一の金工」[[c:13]]と得心させられる出来とする。金無垢の総金具を備えた合口短刀拵や、銀無垢で四季を表した拵もある。なお縁頭と鐔を寿良が作った一口の脇指拵の小柄は蛟竜斎府川一則の作で、寿良の手ではない。
その指定作は重要刀装具・重要刀装の十四点で、特別重要の作はなく、現所蔵者や大名家の伝来は記録されていない。一枚の鐔は龍獅堂の箱に納められ、伊藤勝見の箱書がある。
寿良の位置づけを、日本刀全体および伝法・時代・時期ごとに示します。各区分(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
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町彫 · Edo
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東龍斎派は、幕末の江戸に興った金工の一門である。開祖は田中清寿(東龍斎)であり、武蔵国の鐔工田中房次郎の子として生まれた。はじめ後藤宗次郎政則に学んだものの、装剣金工の広い領域はおおむね独学によって究め、ついに洒脱で個性ゆたかな独自の作風を完成させた。その手法は東龍斎風と称され、一派の基をなすにいたる。清寿は幕末金工の三名工の一に数えられ、京の後藤一乗と名声を競い、一乗と同じく法眼の位を授けられた。その工房には多くの門人が集い、なかでも養子の清重が二代を継ぎ、また柴原十郎(俊美)は、後年に至るまで「清寿門下随一の金工」[[c:1]]と評された。柳川派の名工河野春明もまた江戸において清寿と時を同じくし、幕末金工の一潮流をなして、この一門の周辺に少なからぬ影響を及ぼしている。 作風は、あらゆる彫法を自在に駆使する技倆と、江戸ならではの粋にして機知に富む趣向とに支えられる。清寿から清重・俊美にいたるまで、赤銅・四分一・鉄・銀などの地金の上に、色絵を伴う高彫をはじめ、鋤出彫、据紋象嵌、平象嵌、布目象嵌などを巧みに用いた。とりわけ清寿は、金に加えて素銅・四分一・真鍮・色金を交える鮮麗な色調を確立し、「色金の魔術師」とも称された。清重はこの語彙を受け継ぎつつ、肉置のすぐれた立体的な彫成を得意とし、その肉彫は丸彫に迫るとされる。俊美は磨いた四分一地を主とし、据紋象嵌・置金・消鍍金などを一作のうちに綜合して、深みのある色調を表した。なお小柄裏の猫掻鑢は、この一門の後期作を結ぶ特色として知られる。画題もまた広く、人物・花鳥・竹取物語や徒然草に取材した文学的主題、さらには擬人化された蛙などの諧謔をまじえ、江戸風の洒落た味わいをよく伝えている。 日本美術刀剣保存協会の鑑識は、この一門の作を、金象嵌を多用しても格調高く、荘重にして衒いのない品位と完成度を備えたものと評している。清寿円熟の作は技と趣向とがよく協和し、清重の優品は開祖に比肩する域に達するとされ、俊美の作には余白を生かした構図と落ち着いた気韻が認められる。東龍斎派は、後藤・柳川の彫法を摂取しつつ、これを独自の作意へと昇華させ、江戸金工の自立した美意識をもっとも明確に体現した一門といえる。開祖清寿に始まり、清重の継承を経て俊美の明治期の活動へと流派の個性が連綿と保たれたことは、その芸術的気概の確かさを物語っている。 詳しく見る →
銘が正しい、または無銘でも年代・流派を指摘でき、美術工芸的価値が認められる、保存に値する真正の刀装具と鑑定されたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
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