龍図鐔 成龍軒栄寿(印) -Seiryuken Eiju- 縦77.0ミリ 横73.0ミリ 切羽台厚6.1ミリ 重量163グラム 江戸中期~後期 The middle to latter period of Edo era 附属 保存刀装具鑑定書、桐箱 成龍軒栄寿は摂津国大坂住の金工で、埋忠氏を称し、初銘を成栄と名乗ったと伝えられています。一説には鉄玄堂尚茂の門人ともいい、天明・寛政頃を中心に活躍した江戸中期から後期の金工です。栄寿については後世の研究もあり、鉄元堂尚房と同人とする説も発表されていますが、その人物関係については諸説を伴うため、本品では伝来する作者情報に従っています。 本作は厚さ6.1ミリ、重量163グラムを量る重厚な鉄地の堅丸形鐔で、表の右半を大きく使って龍を鋤出彫し、その要所に金布目象嵌を施しています。龍頭を上部へ大きく配し、長い胴を右耳に沿ってうねらせながら下方へ導く構図で、左側に広い余白を設けた大胆な画面構成が目を惹きます。頭部から頸、鱗、爪に至るまで鉄地を彫り込んで立体感を与え、金を全面に置かず、龍の輪郭や各部へ効果的に残すことで黒味を帯びた地鉄との強い対比を生み出しています。裏は大部分を無地として、耳際に表から連続する龍体の一部のみを表しており、表裏で繁簡を明確に使い分けています。 金布目象嵌には経年による剥落が見られるものの、鉄地そのものの状態と古色は良好で、厚手の地鉄と力強い龍の彫りが本作最大の魅力です。 龍という人気の高い画題に加え、163グラムという量感、鋤出彫と金布目象嵌による華やかさを備えた、栄寿の作風をよく味わえる一枚です。










町彫 · 武蔵
現在3点販売中
町彫 · 山城
現在25点販売中
鉄元堂は京都に拠点を置いた町彫金工の一派であり、江戸時代中期に岡本源兵衛敏行によって創始された。初代は鉄屋伝兵衛国治に師事し、工名を尚茂と称した。後年入道剃髪して正楽の号を用いた。安永九年(一七八〇)に没。一宮長常・大月光興と共に「京都金工の三傑」に数えられる高名な金工である。正楽には初・二代があり、宝暦から寛政にかけて活躍したとされ、二代は尚房の名で作品を遺している。この京都金工の圏域には、二条に住した細野惣左衛門政守——元禄三年や享保三年の年紀作が遺る——や、後藤就乗門下の山崎一賀(仁左衛門、同名数代あり)も含まれ、それぞれ独自の作風を展開した。 鉄元堂の作風を最も特徴づけるのは、鉄の圧倒的な掌握力である。説示に繰り返し「主として鉄を用い、鉄を巧みにこなす作者として定評が高い」[[c:2]]「鉄を自由にこなす」[[c:3]]「鉄を扱わせれば追随を許さない」[[c:4]]と記されるように、鉄地の扱いにおいて比類なき名声を得た。正楽は鉄磨地あるいは石目地を基調とし、鋤出から高彫に連繋する彫法によって作品に深みと量感を与える。要所には金・銀・赤銅・四分一・素銅・真鍮といった色金の象嵌色絵を丹念に施し、「難儀といわれる鉄への色金象嵌」[[c:5]]を綿密な出来映えに仕上げる技は「鉄元堂にして成し得る」[[c:6]]と称される独壇場であった。題材は写生に基づく人物図を最も得意とし、夕立人物図は「最も得意とした画題」[[c:7]]として同図の作品が数多く知られる。韃靼人と洋犬の異国情緒ある図、南蛮人図、帰樵図、還城楽図、風神大仏図など、力強い鏨力と豊かな動勢をもって描出されている。一方、細野政守は四分一や赤銅の地金に毛彫・片切彫と各種色金の平象嵌を駆使し、京の町の賑やかさや農作業の風景を画面一杯に展開する独自の細密画世界を築いた。山崎一賀は後藤家の作風を踏襲しつつも彫・色絵に濃やかさを加え、赤銅魚子地に高彫色絵の格調高い作品を制作した。 鉄元堂は京都町彫金工のなかでも鉄物の上手として独自の地位を占める。初代正楽の鐔は「地鉄もしっとりとした潤いを見せ」[[c:8]]「流石に鉄元堂にして成しえる出来映え」[[c:9]]と評され、鉄地の質感から象嵌に至るまで一貫して卓抜した技量を示す。夕立図では大小の鐔と縁頭に種々の場景を配して物語的な展開を見せ、韃靼人図では天明二年の年紀を有する作品が初・二代の研究において「資料的にも価値が高い」[[c:10]]と注記される。草摺曳図目貫に見られる金と赤銅の芋継地という古風な造込みは、後藤祐乗を意識した古雅な作風をも正楽が自在にこなしたことを示す。鐔が初代、小柄が二代という大小揃の存在は、「鉄物の上手、象嵌技術にも秀れると定評通りの作風」[[c:11]]が世代を超えて継承されたことの証左である。細野政守の農作業図鐔は「画面からは諸々の作業音とともに人々の会話が聞きとれそうである」[[c:12]]と讃えられる代表作であり、山崎一賀の淀城水車図揃金具は金の色絵を多用した「豪華絢爛な作風」を示す。こうした多彩な個性を擁する京都金工の一群として、鉄元堂の系譜は刀装具史において独自の位置を占めている。 詳しく見る →
銘が正しい、または無銘でも年代・流派を指摘でき、美術工芸的価値が認められる、保存に値する真正の刀装具と鑑定されたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトお求めになられた商品とは異なる商品をお届けしてしまった場合や、表記内容と現物とに大きな隔たりなどがあった場合を除き、基本的に返品はお受けいたしません。返品をご要望の場合は、商品到着後3日以内に御連絡の上ご返送下さい。
¥385,000
龍図鐔 成龍軒栄寿(印) -Seiryuken Eiju- 縦77.0ミリ 横73.0ミリ 切羽台厚6.1ミリ 重量163グラム 江戸中期~後期 The middle to latter period of Edo era 附属 保存刀装具鑑定書、桐箱 成龍軒栄寿は摂津国大坂住の金工で、埋忠氏を称し、初銘を成栄と名乗ったと伝えられています。一説には鉄玄堂尚茂の門人ともいい、天明・寛政頃を中心に活躍した江戸中期から後期の金工です。栄寿については後世の研究もあり、鉄元堂尚房と同人とする説も発表されていますが、その人物関係については諸説を伴うため、本品では伝来する作者情報に従っています。 本作は厚さ6.1ミリ、重量163グラムを量る重厚な鉄地の堅丸形鐔で、表の右半を大きく使って龍を鋤出彫し、その要所に金布目象嵌を施しています。龍頭を上部へ大きく配し、長い胴を右耳に沿ってうねらせながら下方へ導く構図で、左側に広い余白を設けた大胆な画面構成が目を惹きます。頭部から頸、鱗、爪に至るまで鉄地を彫り込んで立体感を与え、金を全面に置かず、龍の輪郭や各部へ効果的に残すことで黒味を帯びた地鉄との強い対比を生み出しています。裏は大部分を無地として、耳際に表から連続する龍体の一部のみを表しており、表裏で繁簡を明確に使い分けています。 金布目象嵌には経年による剥落が見られるものの、鉄地そのものの状態と古色は良好で、厚手の地鉄と力強い龍の彫りが本作最大の魅力です。 龍という人気の高い画題に加え、163グラムという量感、鋤出彫と金布目象嵌による華やかさを備えた、栄寿の作風をよく味わえる一枚です。










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鉄元堂は京都に拠点を置いた町彫金工の一派であり、江戸時代中期に岡本源兵衛敏行によって創始された。初代は鉄屋伝兵衛国治に師事し、工名を尚茂と称した。後年入道剃髪して正楽の号を用いた。安永九年(一七八〇)に没。一宮長常・大月光興と共に「京都金工の三傑」に数えられる高名な金工である。正楽には初・二代があり、宝暦から寛政にかけて活躍したとされ、二代は尚房の名で作品を遺している。この京都金工の圏域には、二条に住した細野惣左衛門政守——元禄三年や享保三年の年紀作が遺る——や、後藤就乗門下の山崎一賀(仁左衛門、同名数代あり)も含まれ、それぞれ独自の作風を展開した。 鉄元堂の作風を最も特徴づけるのは、鉄の圧倒的な掌握力である。説示に繰り返し「主として鉄を用い、鉄を巧みにこなす作者として定評が高い」[[c:2]]「鉄を自由にこなす」[[c:3]]「鉄を扱わせれば追随を許さない」[[c:4]]と記されるように、鉄地の扱いにおいて比類なき名声を得た。正楽は鉄磨地あるいは石目地を基調とし、鋤出から高彫に連繋する彫法によって作品に深みと量感を与える。要所には金・銀・赤銅・四分一・素銅・真鍮といった色金の象嵌色絵を丹念に施し、「難儀といわれる鉄への色金象嵌」[[c:5]]を綿密な出来映えに仕上げる技は「鉄元堂にして成し得る」[[c:6]]と称される独壇場であった。題材は写生に基づく人物図を最も得意とし、夕立人物図は「最も得意とした画題」[[c:7]]として同図の作品が数多く知られる。韃靼人と洋犬の異国情緒ある図、南蛮人図、帰樵図、還城楽図、風神大仏図など、力強い鏨力と豊かな動勢をもって描出されている。一方、細野政守は四分一や赤銅の地金に毛彫・片切彫と各種色金の平象嵌を駆使し、京の町の賑やかさや農作業の風景を画面一杯に展開する独自の細密画世界を築いた。山崎一賀は後藤家の作風を踏襲しつつも彫・色絵に濃やかさを加え、赤銅魚子地に高彫色絵の格調高い作品を制作した。 鉄元堂は京都町彫金工のなかでも鉄物の上手として独自の地位を占める。初代正楽の鐔は「地鉄もしっとりとした潤いを見せ」[[c:8]]「流石に鉄元堂にして成しえる出来映え」[[c:9]]と評され、鉄地の質感から象嵌に至るまで一貫して卓抜した技量を示す。夕立図では大小の鐔と縁頭に種々の場景を配して物語的な展開を見せ、韃靼人図では天明二年の年紀を有する作品が初・二代の研究において「資料的にも価値が高い」[[c:10]]と注記される。草摺曳図目貫に見られる金と赤銅の芋継地という古風な造込みは、後藤祐乗を意識した古雅な作風をも正楽が自在にこなしたことを示す。鐔が初代、小柄が二代という大小揃の存在は、「鉄物の上手、象嵌技術にも秀れると定評通りの作風」[[c:11]]が世代を超えて継承されたことの証左である。細野政守の農作業図鐔は「画面からは諸々の作業音とともに人々の会話が聞きとれそうである」[[c:12]]と讃えられる代表作であり、山崎一賀の淀城水車図揃金具は金の色絵を多用した「豪華絢爛な作風」を示す。こうした多彩な個性を擁する京都金工の一群として、鉄元堂の系譜は刀装具史において独自の位置を占めている。 詳しく見る →
銘が正しい、または無銘でも年代・流派を指摘でき、美術工芸的価値が認められる、保存に値する真正の刀装具と鑑定されたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
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