南北朝の戦乱は、山城の精緻を支えた公家社会を疲弊させた。来派最後の巨匠たちをもって古典の系譜は閉じ、長谷部と信国が新しい相州風を都に持ち込んでいる。
Ordering Number: AS25484Katana in Shirasaya with Koshirae (NBTHK Tokubetsu Hozon Token)Inscription: Mumei(Unsigned)(attributed as Enju 延寿)We divide works in to Saijo Saku, Jyojyo Saku, Jyo Saku,and Regular Saku.This piece is ranked as Jyojyo Saku for Mumei(Enju).Habaki: gold covered double habakiBlade Length: 67.3cm (26.5in)Curvature: 0.6cm (0.2in)Width at Base(Motohaba): 3.0cm (1.2in)Width at tip(Sakihaba): 3.2cm (1.3in)Thickness: 2.0cm (0.8in)Blade Weight: 550gEra: Nanbokucho period, mid-14th centuryShape: wide, thick Suriage Mumei blade with groove carvings.Jigane: Clear Jigane with itame hada mixed with Masa Moku.Hamon: The hamon is more nioi-based, a tight suguha with ko-ashi. The boshi forms a komaru and turns back.Features:The Enju school was a group of swordsmiths from Higo who flourished from the late Kamakura period to the Nanbokuchō period, with Enju Tarō Kunimura regarded as the founder. Notable smiths of the school include Kunimura and Kunitoki.In this work, the jigane is clear and well-forged with visible grain, and the hamon is bright and vivid, creating a very attractive blade.However, as shown in the photographs, there is one notable point: a large chip in the edge located approximately 1–2 cm above the hamachi. As it is in a position that cannot be hidden by the habaki, please take note.NBTHK TokubetsuHozon CertificateAoi-Art estimation Paperwhole OshigataPlease note: the price does not include the shipping fees.Auction Starting Price:1,350,000JPYThis item was sold at the auction.Related Items:






山城伝 · 肥後
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肥後国菊池郡隈府の地に興った延寿派は、京の来の作風を九州へ移した一門である。その祖を太郎国村とし、通説に大和千手院派の弘村の子で来国行の娘聟となり、その外孫として来の工房に学んだと伝える。延寿の名はその来の一字に通うとされ、一門の出自を山城の血脈に結ぶ。国村のまわりには国時・国泰・国資・国吉・国信・国友・国綱らの上手がほぼ時を同じくして輩出し、鎌倉時代末葉から南北朝期にかけて菊池郡の地に大いに繁栄した。延寿の工は南朝に忠なる菊池氏に属し、年紀ある作には正平・延元など南朝の年号を刻むものがあって、一門の活動とその歴史を地に結びつけている。 延寿の作は概ね来派に類似し、各工に際立った個性が少ないため、一門は個々の手よりも一団として読まれる。その共通の語法は地鉄に最もよく現れる。鍛えは小板目がよくつんで詰み、杢を交え刃寄りに流れて柾ごころを帯び、地沸が微塵に厚くつき、地景が細かに入る。その上に立つのが一門第一の見どころたる白け映りで、明るく冴える来の地鉄とは異なる、冷たく霞んだ映りである。刃文は中直刃あるいは細直刃を本体とし、小互の目・小足を交え、しばしば二重刃を見せ、匂口は幾分沈みごころとなって穏やかに焼く。帽子は来が小丸に締めて返るのに対し、先の丸味がやや大きい大丸となって返り浅く、先に掃きかけるものが多い。これらの柾ごころ・白け映り・沈みごころの匂口・穏やかな刃中の働き・丸味の大きい大丸帽子が、来に似てやや異なる延寿の見どころであり、真の来から一門を分かつ要となる。本間は延寿を「来に似てやや異なる」[[c:2]]とし、その直刃の刃中の働きを来一派の直刃よりも淋しいと記す。その淋しく冷えた趣こそ一派の眼目である。 延寿の鑑定の勘所は、なべてこの来との別にある。輪反りや京風が一見来を想わせても、地の流れ・白け映り・沈む匂口より延寿と看取し、来に比して地刃やや弱しとされる。一門に個性が少ないがゆえに、主要工はその一様の中から程度の差によって絞られる。祖国村は細身で元先の幅差が顕著、反り高く小鋒に結ぶ独特の姿態をもって無銘の延寿を己に引き寄せる。国時は遺例が比較的多く作柄の平均点も高い代表工で、一門の抑えた直刃を誰よりも賑やかに働かせる。国泰は地刃の沸が一門の中で最も強くつき、佳作は明るく冴える。国資は刃中の働きが最も豊かで、寸延びの作に火焰風の帽子という一門に類のない働きを示す。国吉は地刃の冴えにおいて延寿の弱点を脱した垢抜けた手を遺し、国信は遺例こそ少ないが刃に沿う二重刃を殊に鮮明に見せる。これらの諸工はいずれも国の字を冠し、その「国」構の右半を耳形に切る銘振りを共有して他派にまぎれず、藤代に上々作以上の格を得る。伝来も地方工としては厚く、来歴の確かな作が黒田家・徳川家・伊達家・上杉家・細川家などの旧家を経、林原美術館・出光美術館・徳川美術館・佐野美術館をはじめとする機関に蔵される。在銘生ぶの太刀や身幅広い在銘の短刀は遺るものが少なく、多くは大磨上無銘の極めとして伝わるため、肥後の山城風を手に取りうる機会はおのずから限られている。 詳しく見る →
南北朝時代の山城
南北朝の戦乱は、山城の精緻を支えた公家社会を疲弊させた。来派最後の巨匠たちをもって古典の系譜は閉じ、長谷部と信国が新しい相州風を都に持ち込んでいる。
保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
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