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説明

粟田口国吉の特別重要刀剣、鎌倉中後期作、大磨り上げながら、二尺六寸二分強の豪壮な姿、重要文化財級と認められた同工典型作及び最高傑作です。 粟田口派は、鎌倉初期、山城国に於いて三条、五条派に次いで興り、京物の名声をより一層高めた刀工群で、その流派名は、京の都と七道(東海道、東山道、北陸道、山陽道、山陰道、南海道、西海道)を結ぶ街道の入り口に設置された関所、いわゆる『京の七口』の一つとされる粟田口(現京都市東区粟田口)付近で鍛刀したことに由来しています。 世上、『粟田口=名刀の代名詞』であり、名だたる名工を多数輩出していますが、中々現存作を見ません。初祖は国家とされますが、現存作は皆無、その子に国友、久国、国安、国清、有国、国綱の六人兄弟がおり、鎌倉初期から前期頃に掛けて活躍、同派から、国友、久国、国安が『後鳥羽院番鍛冶』選出されていることも、一派の名声を更に一段と高めています。また末弟の国綱は、後に北条時頼の招きにより鎌倉へ移り、備前福岡一文字助真、備前三郎国宗と共に相州鍛冶の草分けとなりました。 六人兄弟の次の世代では、国友の子に則国、則国の子に国吉、国吉の子或いは門人に藤四郎吉光などがいます。 本作は、大磨り上げ無銘ながら、『伝粟田口国吉』と極められた優品、第四十回重要刀剣(平成六年)(一九九四)で、第十五回特別重要刀剣(平成十年)(一九九八)に指定された同工極めの白眉と名高い名品です。 寸法二尺六寸二分強、切っ先猪首風に詰まり、身幅広く、重ね厚く、樋が入っていながら、刀が現代刀のように重く、天正磨り上げの茎仕立ても完璧です。 国吉は、前述したように、則国の子、粟田口六兄弟の長兄国友の孫に当たり、藤四郎吉光の父とも師とも伝わる名工です。 現存作の大半は二字銘ですが、重要文化財指定の『名物鳴狐(なきぎつね)』などは、平造り打刀で、『左兵衛尉藤原国吉』と切られており、左兵衛尉に任じられていたことが分かっています。 年紀作に見る活躍期は、建治(一二七五~七八)、弘安(一二七八~八八)頃で、太刀は少なく、短刀を得意とし、剣も数口あります。 作風は、地は、小板目が良く練られ、細かな地沸が良く付いて美しく、刃は、直刃調に小乱れ、小互の目を交えて良く沸付いた出来を基本とします。中でも特徴的なのは、刃に沿って二重刃が点続して掛かるところで、特に上半に著しく、帽子にも同様に見られます。この様子を古伝書『解粉記(けふんき)』では、『手癖にたぶん二重刃ありて、炮物(ほうじもの=火であぶったもの)のように地に銀浮くことも多し。』と記しています。 板目肌が良く練られた地鉄は、杢目、流れ肌を交えて上品に肌立ち、地斑状の映り立ち、直湾れ調で、小乱れ、小丁子、小互の目交じりの刃は、刃縁ほつれ、打ちのけ、細かな飛び焼き掛かり、刃中葉、小足良く入り、金筋、砂流し頻りに掛かり、刃に沿って太い二重刃が断続的に掛かっています。帽子は、裏は刃縁に沿って沸の喰下がりが見られます。 図譜には、『この刀は、大磨り上げ無銘ながら、身幅広く、重ね厚い雄渾な鎌倉中期の典型的な体配を示し、地刃には同工の特色が示されていることから、国吉の極めは妥当であり、しかもすこぶる健体であることが好ましい。』とあり、探山先生鞘書きには、『生ぶ穴の残らぬ大磨り上げ無銘作で、元来大太刀様式也。幅広で、なお輪反り高く、猪首切っ先の堂々たる体配を見せ、地沸を微塵に敷く温潤精妙なる肌合い、刃縁に煌めく沸が豊かに付き、断続的に湯走り心の二重刃掛かるなど、剛毅さと粟田口特有の雅さが共存する優品也。二重刃は彼の個性的見所也。』とあります。 兎にも角にも、これだけの迫力と重量感あふれる国吉は見たことがありません。例えば、古備前系統であれば、国宝『名物大包平』など、生ぶ在銘で三尺近い豪壮な太刀も僅かに見られますが、粟田口系統に於いては、おそらくこれ以上のものはないでしょう。言い換えれば、これが特別重要刀剣のレベルです。 日刀保が示している特別重要刀剣の審査基準には、『特別重要刀剣は、重要刀剣の中で、更に一段と出来が傑出し、保存状態が優れ、国認定の重要美術品の上位に相当すると判断されるもの、若しくは、国指定の重要文化財に相当する価値があると考えられるもの。』とありますが、本刀はその水準を大きく上回っていると鑑せられます。 これが重要文化財に匹敵すると認められた不朽の名作、同工のみならず、同派を代表する一振りになるでしょう。物凄い粟田口左兵衛尉国吉の登場です。 こちらの商品の価格はお電話またはメールにてお問い合わせ下さい 商品番号:V-2156 刀 無銘(伝粟田口国吉) 第十五回特別重要刀剣指定品(平成十年)(一九九八) 探山先生鞘書き有り

図譜解説

粟田口国吉は則国の子と伝え、左兵衛尉に任じている。彼の子とも弟子とも伝える工に藤四郎吉光があり、また弟に国光がいる。 現存する国吉の有銘の遺例は太刀は二口のみで、短刀は比較的多く、剣も数口あり、他に「鳴狐」と異名のある大平造の脇指が存在 している。彼の活躍期は実存するものに弘安三年、古伝書の刀絵図に建治四年・弘安六年弘安十年などの紀年銘が見られることよ り明らかである。その作風は、地は小板目に小杢目を交えてよく錬れ、細かな地沸が豊富について精良であり、刃文は直刃に小乱れ や小互の目が交じり小沸がよくつき、とりわけ二重刃の目立ってかかるのが大きな特色である。この辺のことを『解紛記』には「手 くせにたぶん二重焼刃ありて炮物のように地に銀浮くことも多し」と述べて古来見どころとされている。 この刀は大磨上無銘ながら、身幅広く重ね厚の雄渾な鎌倉中期然とした体配を示し、地刃には上記の特色を窺うことができ、 粟田 口派の国吉と鑑するのが妥当であり、第八回の特別重要刀剣指定の同工極めの作に姿態・出来ともに頼る近似している。

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MarketEncyclopedia
刀剣›山城伝›粟田口›國吉›刀 無銘(伝粟田口国吉)
刀特別重要
國吉

刀 無銘(伝粟田口国吉)

無銘 · Awataguchi · 鎌倉 · 長さ 79.5cm · 反り 2.2cm

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法量・詳細
刀工
國吉
種別
刀
流派
Awataguchi
活動期
1275–1278年頃(Kenji)
国
山城
銘
無銘(在銘率 49%)
法量
長さ 79.5cm反り 2.2cm元幅 3.25cm先幅 2.34cm重ね 0.85cm
説明

粟田口国吉の特別重要刀剣、鎌倉中後期作、大磨り上げながら、二尺六寸二分強の豪壮な姿、重要文化財級と認められた同工典型作及び最高傑作です。 粟田口派は、鎌倉初期、山城国に於いて三条、五条派に次いで興り、京物の名声をより一層高めた刀工群で、その流派名は、京の都と七道(東海道、東山道、北陸道、山陽道、山陰道、南海道、西海道)を結ぶ街道の入り口に設置された関所、いわゆる『京の七口』の一つとされる粟田口(現京都市東区粟田口)付近で鍛刀したことに由来しています。 世上、『粟田口=名刀の代名詞』であり、名だたる名工を多数輩出していますが、中々現存作を見ません。初祖は国家とされますが、現存作は皆無、その子に国友、久国、国安、国清、有国、国綱の六人兄弟がおり、鎌倉初期から前期頃に掛けて活躍、同派から、国友、久国、国安が『後鳥羽院番鍛冶』選出されていることも、一派の名声を更に一段と高めています。また末弟の国綱は、後に北条時頼の招きにより鎌倉へ移り、備前福岡一文字助真、備前三郎国宗と共に相州鍛冶の草分けとなりました。 六人兄弟の次の世代では、国友の子に則国、則国の子に国吉、国吉の子或いは門人に藤四郎吉光などがいます。 本作は、大磨り上げ無銘ながら、『伝粟田口国吉』と極められた優品、第四十回重要刀剣(平成六年)(一九九四)で、第十五回特別重要刀剣(平成十年)(一九九八)に指定された同工極めの白眉と名高い名品です。 寸法二尺六寸二分強、切っ先猪首風に詰まり、身幅広く、重ね厚く、樋が入っていながら、刀が現代刀のように重く、天正磨り上げの茎仕立ても完璧です。 国吉は、前述したように、則国の子、粟田口六兄弟の長兄国友の孫に当たり、藤四郎吉光の父とも師とも伝わる名工です。 現存作の大半は二字銘ですが、重要文化財指定の『名物鳴狐(なきぎつね)』などは、平造り打刀で、『左兵衛尉藤原国吉』と切られており、左兵衛尉に任じられていたことが分かっています。 年紀作に見る活躍期は、建治(一二七五~七八)、弘安(一二七八~八八)頃で、太刀は少なく、短刀を得意とし、剣も数口あります。 作風は、地は、小板目が良く練られ、細かな地沸が良く付いて美しく、刃は、直刃調に小乱れ、小互の目を交えて良く沸付いた出来を基本とします。中でも特徴的なのは、刃に沿って二重刃が点続して掛かるところで、特に上半に著しく、帽子にも同様に見られます。この様子を古伝書『解粉記(けふんき)』では、『手癖にたぶん二重刃ありて、炮物(ほうじもの=火であぶったもの)のように地に銀浮くことも多し。』と記しています。 板目肌が良く練られた地鉄は、杢目、流れ肌を交えて上品に肌立ち、地斑状の映り立ち、直湾れ調で、小乱れ、小丁子、小互の目交じりの刃は、刃縁ほつれ、打ちのけ、細かな飛び焼き掛かり、刃中葉、小足良く入り、金筋、砂流し頻りに掛かり、刃に沿って太い二重刃が断続的に掛かっています。帽子は、裏は刃縁に沿って沸の喰下がりが見られます。 図譜には、『この刀は、大磨り上げ無銘ながら、身幅広く、重ね厚い雄渾な鎌倉中期の典型的な体配を示し、地刃には同工の特色が示されていることから、国吉の極めは妥当であり、しかもすこぶる健体であることが好ましい。』とあり、探山先生鞘書きには、『生ぶ穴の残らぬ大磨り上げ無銘作で、元来大太刀様式也。幅広で、なお輪反り高く、猪首切っ先の堂々たる体配を見せ、地沸を微塵に敷く温潤精妙なる肌合い、刃縁に煌めく沸が豊かに付き、断続的に湯走り心の二重刃掛かるなど、剛毅さと粟田口特有の雅さが共存する優品也。二重刃は彼の個性的見所也。』とあります。 兎にも角にも、これだけの迫力と重量感あふれる国吉は見たことがありません。例えば、古備前系統であれば、国宝『名物大包平』など、生ぶ在銘で三尺近い豪壮な太刀も僅かに見られますが、粟田口系統に於いては、おそらくこれ以上のものはないでしょう。言い換えれば、これが特別重要刀剣のレベルです。 日刀保が示している特別重要刀剣の審査基準には、『特別重要刀剣は、重要刀剣の中で、更に一段と出来が傑出し、保存状態が優れ、国認定の重要美術品の上位に相当すると判断されるもの、若しくは、国指定の重要文化財に相当する価値があると考えられるもの。』とありますが、本刀はその水準を大きく上回っていると鑑せられます。 これが重要文化財に匹敵すると認められた不朽の名作、同工のみならず、同派を代表する一振りになるでしょう。物凄い粟田口左兵衛尉国吉の登場です。 こちらの商品の価格はお電話またはメールにてお問い合わせ下さい 商品番号:V-2156 刀 無銘(伝粟田口国吉) 第十五回特別重要刀剣指定品(平成十年)(一九九八) 探山先生鞘書き有り

NBTHK図譜解説

Tokuju #15

粟田口国吉は則国の子と伝え、左兵衛尉に任じている。彼の子とも弟子とも伝える工に藤四郎吉光があり、また弟に国光がいる。 現存する国吉の有銘の遺例は太刀は二口のみで、短刀は比較的多く、剣も数口あり、他に「鳴狐」と異名のある大平造の脇指が存在 している。彼の活躍期は実存するものに弘安三年、古伝書の刀絵図に建治四年・弘安六年弘安十年などの紀年銘が見られることよ り明らかである。その作風は、地は小板目に小杢目を交えてよく錬れ、細かな地沸が豊富について精良であり、刃文は直刃に小乱れ や小互の目が交じり小沸がよくつき、とりわけ二重刃の目立ってかかるのが大きな特色である。この辺のことを『解紛記』には「手 くせにたぶん二重焼刃ありて炮物のように地に銀浮くことも多し」と述べて古来見どころとされている。 この刀は大磨上無銘ながら、身幅広く重ね厚の雄渾な鎌倉中期然とした体配を示し、地刃には上記の特色を窺うことができ、 粟田 口派の国吉と鑑するのが妥当であり、第八回の特別重要刀剣指定の同工極めの作に姿態・出来ともに頼る近似している。

作者について

國吉

Awataguchi (Yamashiro) · 山城 · 1275-1278頃

藤代 最上作 · 刀剣大鑑 上位2%

現在1点販売中

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粟田口国吉の指定書のほぼ全てが名物「鳴狐」を引く。「左兵衛尉藤原国吉」[[c:1]]と長銘する打刀式の大平造脇指で、新たに極められる作は今なおその作風に照らして読まれる。国吉は則国の子、一説に弟子と伝え、粟田口六人兄弟の長兄国友の孫にあたり、左兵衛尉に任じ、弟に国光がいる。子とも弟子とも伝える工に藤四郎吉光がある。弘安三年紀の短刀が実存し、古伝書の刀絵図に建治四年・弘安六年・弘安十年などの紀年銘が見られ、これにより粟田口派各工の年代が所伝通りであることが知られ、その活躍期は鎌倉時代中期と明らかにしうる。

作風について指定書は定型の評を繰り返す。地は小板目がよく錬れて地沸がよくつき美麗であり、刃は直刃に小乱れ・小互の目を交えて小沸よくつき、「地刃が来物よりも一段と強い」[[c:2]]。とりわけ見どころとされるのが刃に沿って目立ってかかる二重刃で、『解紛記』は「手くせにたぶん二重刃ありて炮物のように地に銀浮くことも多し」[[c:3]]と既にこれを手くせと名指している。時に三重刃となり、しばしば刃縁に連なる湯走りがこれをなし、帽子にまでかかる例がある。足・葉が頻りに入り、金筋・細かな砂流しがかかり、匂口は明るく冴えると繰り返し記され、帽子は直ぐに品よく小丸に返る。

地鉄は一派の代名詞を担う。小杢を交えた小板目が極くつんでよく錬れ、地沸微塵に厚くつき、細かな地景が入り、所謂梨子地肌を呈して沸映りが立ち、時に地斑調の肌合を僅かに交える。『古今銘尽』は国吉の鉄味を賞して「地の色底にきらめきあり、灰かつぎの天目の銀のごとし」[[c:9]]と述べている。

確実な在銘の太刀は二口のみで、一口は夙に重要文化財、いま一口は平成九年の重要刀剣指定時に新出と記された細身で腰反り高く踏張りのつく優美な一口である。磨上げて茎下半に二字銘を有する別の一口も、特別重要指定に際し右の二口に極めて近似すると認められた。短刀は比較的多くて銘の大半を担い、剣も数口あり、大脇指は「鳴狐」唯一口である。短刀の姿は庖丁形にズングリしたもの・尋常なもの・細身で寸延びたもの・幅広で寸延びたものなど「頗る多様」で、来派の如く一律でない点が注目され、吉光同様に「区の処で焼き込んでいる」[[c:10]]ことが多く、護摩箸や梵字を彫る。無銘は大磨上の刀が多く、身幅広く輪反り風につき、中鋒は猪首風につまり、直刃は小丁子・互の目を交えて賑やかとなり、二重刃が極めの拠り所となる。菖蒲造の一口は「鳴狐を大きくしたような」[[c:6]]感を抱かせると評される。剣は先の張らない上品な姿で、「同作の剣にはしばしば沸の強いものがあり」[[c:7]]と特筆される。銘は二字が常で、鏨は細い手・尋常な手・太い手など種々あり、年代差によるものであろうと記される。

吉光との関係について指定書は紀年から推す。国吉には弘安三年紀の短刀と古伝書の紀年押形があり、吉光には実存・押形ともに紀年が皆無であるから、両者は親子と言うよりは「年齢差の比較的少ない師弟」[[c:8]]と考えるのが妥当とする。両者ともに太刀が寡作で短刀を得意とし、多様な姿態を共有する。一門の中での見どころも明らかで、二重刃は記録の半数近くに見え、吉光には稀で父則国には見えず、三重刃に至っては同門に例がなく、梨子地と名指されるのも本工の記録である。

藤代の格付けは最上作。指定を受けた作は五一口を数える。国宝はないが重要文化財が七口、戦前の重要美術品が五口あり、旧篠山藩主青山子爵家旧蔵の短刀を含む。特別重要刀剣一八口・重要刀剣二一口、両指定で三九口に上る。伝来も著しい。本阿弥光温折紙を伴う在銘短刀は伊予西条松平家に、無銘の短刀は冷泉家に伝来し、二字銘の特別重要の太刀は大久保一翁が所持して後に岩崎家に伝来、在銘の剣は尾張徳川黎明会の所蔵であり、在銘短刀の一口は鞘書に依れば徳川家千代誕生の御七夜に藤堂高睦が献上したと伝える。所在の知られるものは徳川美術館・京都国立博物館・彦根城博物館などに収まる。蒐集家にとって国吉は、粟田口の名の中では全く手の届かぬ存在ではない。重要文化財は市場の外に保存される文化財であるが、特別重要・重要の三九口こそ私蔵の一口に出会いうる層であり、その多くは二重刃を極めの拠り所とする大磨上無銘の刀である。かかる一口が市場に現れることは稀で、現れれば出色の機会となる。在銘の短刀はさらに少なく、確実な在銘太刀は二口に尽きるから、これに見える機会は一派の中でも最も稀な部類に属する。

歴史的重要度

國吉の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。

随一
随一
屈指
屈指
有数
有数
著名
著名

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指定の実績
指定51口
重要文化財
7
重要美術品
5
特別重要刀剣
18
重要刀剣
21
國吉の作 1点が現在販売中→
國吉 — 詳細Awataguchi (Yamashiro)派
流派について

粟田口

山城伝 · 山城

現在5点販売中

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かねに潤いがあってよく冴える、という一語が、この一門の解説に幾度も立ち返る。よく約んだ小板目を極くつめて地沸を微塵に厚く均しく敷き、細かな地景を入れて沸映りを立てる手は、古来「梨子地肌」と称され、本流派の名を負う精錬の極みである。山城国粟田口、すなわち京都から近江へ通じる街道筋に居を構えた鍛冶の集まりであり、その地に鍛冶が住したことは鎌倉初頭の説話集『宇治拾遺物語』にも見える。祖は国家といい、その子に国友・久国・国安・国清・有国・国綱の六人兄弟があって、いずれも揃って名を成した。長兄国友をはじめ、久国・国安らは後鳥羽院の番鍛冶、すなわち院に月番で仕えた工に召され、活躍期は承久(一二一九〜二二)の頃にあたる。末弟国綱は後に北条氏の招きで鎌倉へ下向し、相州鍛冶草創の一人に数えられる。長兄国友の子則国を経て、左兵衛尉国吉、その子または弟子の藤四郎吉光へと、御番鍛冶の世代から短刀の名手の世代へと一門は続き、別流の新藤五国光は相州伝の事実上の創始者として行光・正宗・則重を育てた。 作域の核は、備前の華やかな丁子の対極にある、静かで抑えた直刃にある。よく約んだ小板目に地沸を厚くつけた精美な地の上へ、小沸出来の細直刃ないし直刃調の小乱れを匂深く焼き、小互の目・小丁子・小足・葉を交え、金筋・砂流しを細かにかける。匂口は締りごころに明るく冴え、帽子は穏やかな小丸に返り、しばしば掃きかけを伴う。表裏には護摩箸・素剣・梵字を彫り、その護摩箸は間隔狭く棟に寄せて彫るのが一門共通の手癖である。同じ作風の中にも工ごとの標識が宿る。久国は兄弟の中で最も沸が強く、国友・国安は匂口がうるみ、国安は連れごころの小互の目に押し詰まった小乱れを守って一派の乱れの手を担い、則国は国吉・吉光に通じつつ比較的沸が強い。国吉・吉光に至って刃は明るい直刃へ傾き、二重刃や帽子下の沸の喰下がりがその手癖となる。来時代へ下るにつれ穏雅な細直刃の比重が増す一方、国綱のみは板目が肌立って刃沸の目立つ剛壮な異風を見せ、来たるべき相模の力強い作風へ傾く。 鑑定の拠りどころは明快である。梨子地状の精美な小板目地、潤って冴えるかね、締まって明るい直刃調の刃に細かくかかる金筋・砂流し、これらが揃えば初期粟田口と鑑せられる。各工は解説中の物差しによって分かたれる。久国は格調の高さで、国安は安の字の崩しと連れごころの小互の目で、国清は兄国安への親近で、則国は子国吉に近い国の字で読まれる。そして一門を貫く対比は来派との別である。粟田口の地刃の沸は来物より一段と厚く強く感じられ、寸法の割に身幅狭く重ね厚い造込みは来にまず見ない。位置づけの頂点には、相模国の新藤五国光と並ぶ短刀の名人吉光が立ち、江戸期には正宗・江と共に天下三作の筆頭に挙げられた。流暢な二字銘そのものが鑑識の対象である。代表作の重みは伝来に表れ、名物鬼丸国綱は天下五剣の一つとして皇室に納まり、一期一振藤四郎は太閤秀吉の蔵刀、陸奥新藤五は奥州伊達家重代として伝わる。山城の精錬な沸の直刃は来の名工が汲んだ源であり、ひいては新藤五国光から相州伝へと展開する源流でもあって、本流派は日本刀の地鉄の最高峰を示すとともに、後世の二大潮流の発端に立つ。

16名の刀工指定226口
主要刀工
刀工時代指定
吉光1259-126044
國吉1275-127851
國綱1240-126418
久國1190-119921
則國1222-122415
粟田口流派を見る →
NBTHK鑑定書
Tokubetsu Jūyō Tōken特別重要刀剣
Especially Important Sword
›

重要刀剣の中でも出来が際立ち、資料的価値が極めて高く、国指定の重要文化財に準ずると判断された、NBTHK鑑定の最高位です。

最高峰であり、特別重要刀剣に到達した刀剣はわずか1,211口、登録刀剣の約2,064口に1口にすぎません。

NBTHKについて›

日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。

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販売店
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コレクション情報
創業 1977年 · 業歴49年
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國吉の売約済み

銀座長州屋
Katana - by Awataguchi Kuniyoshi - 大磨上無銘 粟田口左兵衛尉国吉Katana - by Awataguchi Kuniyoshi - 大磨上無銘 粟田口左兵衛尉国吉
売切れ

刀

作國吉
鎌倉
売却済

粟田口派の作

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永楽堂
特別保存
Katana - Tokuho - by Shintogo Kunimitsu - 新藤五国光 刀 特別保存刀剣Katana - Tokuho - by Shintogo Kunimitsu - 新藤五国光 刀 特別保存刀剣

刀

作國光
63.1cm·鎌倉
¥7,500,000
葵美術
特別保存
Katana - Tokuho - by Shintogo Kunimitsu - 刀:無銘(伝 新藤五)(日本美術刀剣保存協会 特別保存刀剣)Katana - Tokuho - by Shintogo Kunimitsu - 刀:無銘(伝 新藤五)(日本美術刀剣保存協会 特別保存刀剣)

刀

作國光
68.2cm·Einin (1293-1299)
¥7,800,000
草薙の舎
特別保存
Katana - Tokuho - by Awataguchi School - 史上最高峰の名刀天下三作粟田口藤四郎吉光父!在銘『粟田口国吉』傑作特別保存刀剣鑑定書Katana - Tokuho - by Awataguchi School - 史上最高峰の名刀天下三作粟田口藤四郎吉光父!在銘『粟田口国吉』傑作特別保存刀剣鑑定書

刀

作粟田口派
19cm·鎌倉
¥5,800,000
刀心
保存
Wakizashi - Hozon - by Awataguchi Kunikiyo - 山城守藤原国清(初代) 3-853Wakizashi - Hozon - by Awataguchi Kunikiyo - 山城守藤原国清(初代) 3-853

脇差

作國清
41.25cm·新刀
¥495,000

山城の伝統

すべて見る →
葵美術
特別保存
Wakizashi - Tokuho - by Enju Kunitoki - 脇指:國時(延寿)元徳四年■月日(1332年)(日本美術刀剣保存協会 特別保存刀剣)(鑑定小柄付)Wakizashi - Tokuho - by Enju Kunitoki - 脇指:國時(延寿)元徳四年■月日(1332年)(日本美術刀剣保存協会 特別保存刀剣)(鑑定小柄付)

脇差

作國時
33.4cm·Bunpo (1317-1319)
開始価格¥1,350,000
矢澤商会
特別保存
Tachi - Tokuho - by Rai Kuniyuki - 【委託】来国行(特別保存)鎌倉時代中期 刃渡り69.7cm 反り1.9cm 白鞘入り太刀拵付きTachi - Tokuho - by Rai Kuniyuki - 【委託】来国行(特別保存)鎌倉時代中期 刃渡り69.7cm 反り1.9cm 白鞘入り太刀拵付き

太刀

作國行
69.7cm·Shogen (1259-1260)
¥3,000,000
永楽堂
重要
Katana - Jūyō - by Rai Kunimitsu - 来国光 刀 重要刀剣Katana - Jūyō - by Rai Kunimitsu - 来国光 刀 重要刀剣

刀

作國光
71.2cm·南北朝
¥7,800,000
永楽堂
重要
Tachi - Jūyō - by Ayanokoji Sadatoshi - 定利 太刀 重要刀剣Tachi - Jūyō - by Ayanokoji Sadatoshi - 定利 太刀 重要刀剣

太刀

作定利
72.6cm·鎌倉
¥7,700,000
Bushido Antique Japanese Swords
特別保存
Katana - Tokuho - by Rai Kunitsugu - 大刀 来国次Katana - Tokuho - by Rai Kunitsugu - 大刀 来国次

刀

作國次
68.7cm·Ocho (1311-1312)
¥35,000
銀座長州屋
Tanto - by Rai Kunitoshi - 銘 来国俊(大業物)Tanto - by Rai Kunitoshi - 銘 来国俊(大業物)

短刀

作國俊
鎌倉
¥12,000,000
儀平屋
Tanto - by Enju School - 古刀 無銘 菊池槍直し短刀 四寸三分 合口拵入、白鞘付Tanto - by Enju School - 古刀 無銘 菊池槍直し短刀 四寸三分 合口拵入、白鞘付

短刀

作延寿派
12.9cm·古刀
¥300,000
明倫産業
重要
Katana - Jūyō - by Rai Kuniyuki - 国行(山城京来派の祖)(杉山茂丸男爵家伝来)(重要刀剣) Kuniyuki(Rai)Katana - Jūyō - by Rai Kuniyuki - 国行(山城京来派の祖)(杉山茂丸男爵家伝来)(重要刀剣) Kuniyuki(Rai)

刀

作國行
71.5cm·鎌倉
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説明

粟田口国吉の特別重要刀剣、鎌倉中後期作、大磨り上げながら、二尺六寸二分強の豪壮な姿、重要文化財級と認められた同工典型作及び最高傑作です。 粟田口派は、鎌倉初期、山城国に於いて三条、五条派に次いで興り、京物の名声をより一層高めた刀工群で、その流派名は、京の都と七道(東海道、東山道、北陸道、山陽道、山陰道、南海道、西海道)を結ぶ街道の入り口に設置された関所、いわゆる『京の七口』の一つとされる粟田口(現京都市東区粟田口)付近で鍛刀したことに由来しています。 世上、『粟田口=名刀の代名詞』であり、名だたる名工を多数輩出していますが、中々現存作を見ません。初祖は国家とされますが、現存作は皆無、その子に国友、久国、国安、国清、有国、国綱の六人兄弟がおり、鎌倉初期から前期頃に掛けて活躍、同派から、国友、久国、国安が『後鳥羽院番鍛冶』選出されていることも、一派の名声を更に一段と高めています。また末弟の国綱は、後に北条時頼の招きにより鎌倉へ移り、備前福岡一文字助真、備前三郎国宗と共に相州鍛冶の草分けとなりました。 六人兄弟の次の世代では、国友の子に則国、則国の子に国吉、国吉の子或いは門人に藤四郎吉光などがいます。 本作は、大磨り上げ無銘ながら、『伝粟田口国吉』と極められた優品、第四十回重要刀剣(平成六年)(一九九四)で、第十五回特別重要刀剣(平成十年)(一九九八)に指定された同工極めの白眉と名高い名品です。 寸法二尺六寸二分強、切っ先猪首風に詰まり、身幅広く、重ね厚く、樋が入っていながら、刀が現代刀のように重く、天正磨り上げの茎仕立ても完璧です。 国吉は、前述したように、則国の子、粟田口六兄弟の長兄国友の孫に当たり、藤四郎吉光の父とも師とも伝わる名工です。 現存作の大半は二字銘ですが、重要文化財指定の『名物鳴狐(なきぎつね)』などは、平造り打刀で、『左兵衛尉藤原国吉』と切られており、左兵衛尉に任じられていたことが分かっています。 年紀作に見る活躍期は、建治(一二七五~七八)、弘安(一二七八~八八)頃で、太刀は少なく、短刀を得意とし、剣も数口あります。 作風は、地は、小板目が良く練られ、細かな地沸が良く付いて美しく、刃は、直刃調に小乱れ、小互の目を交えて良く沸付いた出来を基本とします。中でも特徴的なのは、刃に沿って二重刃が点続して掛かるところで、特に上半に著しく、帽子にも同様に見られます。この様子を古伝書『解粉記(けふんき)』では、『手癖にたぶん二重刃ありて、炮物(ほうじもの=火であぶったもの)のように地に銀浮くことも多し。』と記しています。 板目肌が良く練られた地鉄は、杢目、流れ肌を交えて上品に肌立ち、地斑状の映り立ち、直湾れ調で、小乱れ、小丁子、小互の目交じりの刃は、刃縁ほつれ、打ちのけ、細かな飛び焼き掛かり、刃中葉、小足良く入り、金筋、砂流し頻りに掛かり、刃に沿って太い二重刃が断続的に掛かっています。帽子は、裏は刃縁に沿って沸の喰下がりが見られます。 図譜には、『この刀は、大磨り上げ無銘ながら、身幅広く、重ね厚い雄渾な鎌倉中期の典型的な体配を示し、地刃には同工の特色が示されていることから、国吉の極めは妥当であり、しかもすこぶる健体であることが好ましい。』とあり、探山先生鞘書きには、『生ぶ穴の残らぬ大磨り上げ無銘作で、元来大太刀様式也。幅広で、なお輪反り高く、猪首切っ先の堂々たる体配を見せ、地沸を微塵に敷く温潤精妙なる肌合い、刃縁に煌めく沸が豊かに付き、断続的に湯走り心の二重刃掛かるなど、剛毅さと粟田口特有の雅さが共存する優品也。二重刃は彼の個性的見所也。』とあります。 兎にも角にも、これだけの迫力と重量感あふれる国吉は見たことがありません。例えば、古備前系統であれば、国宝『名物大包平』など、生ぶ在銘で三尺近い豪壮な太刀も僅かに見られますが、粟田口系統に於いては、おそらくこれ以上のものはないでしょう。言い換えれば、これが特別重要刀剣のレベルです。 日刀保が示している特別重要刀剣の審査基準には、『特別重要刀剣は、重要刀剣の中で、更に一段と出来が傑出し、保存状態が優れ、国認定の重要美術品の上位に相当すると判断されるもの、若しくは、国指定の重要文化財に相当する価値があると考えられるもの。』とありますが、本刀はその水準を大きく上回っていると鑑せられます。 これが重要文化財に匹敵すると認められた不朽の名作、同工のみならず、同派を代表する一振りになるでしょう。物凄い粟田口左兵衛尉国吉の登場です。 こちらの商品の価格はお電話またはメールにてお問い合わせ下さい 商品番号:V-2156 刀 無銘(伝粟田口国吉) 第十五回特別重要刀剣指定品(平成十年)(一九九八) 探山先生鞘書き有り

図譜解説

粟田口国吉は則国の子と伝え、左兵衛尉に任じている。彼の子とも弟子とも伝える工に藤四郎吉光があり、また弟に国光がいる。 現存する国吉の有銘の遺例は太刀は二口のみで、短刀は比較的多く、剣も数口あり、他に「鳴狐」と異名のある大平造の脇指が存在 している。彼の活躍期は実存するものに弘安三年、古伝書の刀絵図に建治四年・弘安六年弘安十年などの紀年銘が見られることよ り明らかである。その作風は、地は小板目に小杢目を交えてよく錬れ、細かな地沸が豊富について精良であり、刃文は直刃に小乱れ や小互の目が交じり小沸がよくつき、とりわけ二重刃の目立ってかかるのが大きな特色である。この辺のことを『解紛記』には「手 くせにたぶん二重焼刃ありて炮物のように地に銀浮くことも多し」と述べて古来見どころとされている。 この刀は大磨上無銘ながら、身幅広く重ね厚の雄渾な鎌倉中期然とした体配を示し、地刃には上記の特色を窺うことができ、 粟田 口派の国吉と鑑するのが妥当であり、第八回の特別重要刀剣指定の同工極めの作に姿態・出来ともに頼る近似している。

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刀剣›山城伝›粟田口›國吉›刀 無銘(伝粟田口国吉)
刀特別重要
國吉

刀 無銘(伝粟田口国吉)

無銘 · Awataguchi · 鎌倉 · 長さ 79.5cm · 反り 2.2cm

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法量・詳細
刀工
國吉
種別
刀
流派
Awataguchi
活動期
1275–1278年頃(Kenji)
国
山城
銘
無銘(在銘率 49%)
法量
長さ 79.5cm反り 2.2cm元幅 3.25cm先幅 2.34cm重ね 0.85cm
説明

粟田口国吉の特別重要刀剣、鎌倉中後期作、大磨り上げながら、二尺六寸二分強の豪壮な姿、重要文化財級と認められた同工典型作及び最高傑作です。 粟田口派は、鎌倉初期、山城国に於いて三条、五条派に次いで興り、京物の名声をより一層高めた刀工群で、その流派名は、京の都と七道(東海道、東山道、北陸道、山陽道、山陰道、南海道、西海道)を結ぶ街道の入り口に設置された関所、いわゆる『京の七口』の一つとされる粟田口(現京都市東区粟田口)付近で鍛刀したことに由来しています。 世上、『粟田口=名刀の代名詞』であり、名だたる名工を多数輩出していますが、中々現存作を見ません。初祖は国家とされますが、現存作は皆無、その子に国友、久国、国安、国清、有国、国綱の六人兄弟がおり、鎌倉初期から前期頃に掛けて活躍、同派から、国友、久国、国安が『後鳥羽院番鍛冶』選出されていることも、一派の名声を更に一段と高めています。また末弟の国綱は、後に北条時頼の招きにより鎌倉へ移り、備前福岡一文字助真、備前三郎国宗と共に相州鍛冶の草分けとなりました。 六人兄弟の次の世代では、国友の子に則国、則国の子に国吉、国吉の子或いは門人に藤四郎吉光などがいます。 本作は、大磨り上げ無銘ながら、『伝粟田口国吉』と極められた優品、第四十回重要刀剣(平成六年)(一九九四)で、第十五回特別重要刀剣(平成十年)(一九九八)に指定された同工極めの白眉と名高い名品です。 寸法二尺六寸二分強、切っ先猪首風に詰まり、身幅広く、重ね厚く、樋が入っていながら、刀が現代刀のように重く、天正磨り上げの茎仕立ても完璧です。 国吉は、前述したように、則国の子、粟田口六兄弟の長兄国友の孫に当たり、藤四郎吉光の父とも師とも伝わる名工です。 現存作の大半は二字銘ですが、重要文化財指定の『名物鳴狐(なきぎつね)』などは、平造り打刀で、『左兵衛尉藤原国吉』と切られており、左兵衛尉に任じられていたことが分かっています。 年紀作に見る活躍期は、建治(一二七五~七八)、弘安(一二七八~八八)頃で、太刀は少なく、短刀を得意とし、剣も数口あります。 作風は、地は、小板目が良く練られ、細かな地沸が良く付いて美しく、刃は、直刃調に小乱れ、小互の目を交えて良く沸付いた出来を基本とします。中でも特徴的なのは、刃に沿って二重刃が点続して掛かるところで、特に上半に著しく、帽子にも同様に見られます。この様子を古伝書『解粉記(けふんき)』では、『手癖にたぶん二重刃ありて、炮物(ほうじもの=火であぶったもの)のように地に銀浮くことも多し。』と記しています。 板目肌が良く練られた地鉄は、杢目、流れ肌を交えて上品に肌立ち、地斑状の映り立ち、直湾れ調で、小乱れ、小丁子、小互の目交じりの刃は、刃縁ほつれ、打ちのけ、細かな飛び焼き掛かり、刃中葉、小足良く入り、金筋、砂流し頻りに掛かり、刃に沿って太い二重刃が断続的に掛かっています。帽子は、裏は刃縁に沿って沸の喰下がりが見られます。 図譜には、『この刀は、大磨り上げ無銘ながら、身幅広く、重ね厚い雄渾な鎌倉中期の典型的な体配を示し、地刃には同工の特色が示されていることから、国吉の極めは妥当であり、しかもすこぶる健体であることが好ましい。』とあり、探山先生鞘書きには、『生ぶ穴の残らぬ大磨り上げ無銘作で、元来大太刀様式也。幅広で、なお輪反り高く、猪首切っ先の堂々たる体配を見せ、地沸を微塵に敷く温潤精妙なる肌合い、刃縁に煌めく沸が豊かに付き、断続的に湯走り心の二重刃掛かるなど、剛毅さと粟田口特有の雅さが共存する優品也。二重刃は彼の個性的見所也。』とあります。 兎にも角にも、これだけの迫力と重量感あふれる国吉は見たことがありません。例えば、古備前系統であれば、国宝『名物大包平』など、生ぶ在銘で三尺近い豪壮な太刀も僅かに見られますが、粟田口系統に於いては、おそらくこれ以上のものはないでしょう。言い換えれば、これが特別重要刀剣のレベルです。 日刀保が示している特別重要刀剣の審査基準には、『特別重要刀剣は、重要刀剣の中で、更に一段と出来が傑出し、保存状態が優れ、国認定の重要美術品の上位に相当すると判断されるもの、若しくは、国指定の重要文化財に相当する価値があると考えられるもの。』とありますが、本刀はその水準を大きく上回っていると鑑せられます。 これが重要文化財に匹敵すると認められた不朽の名作、同工のみならず、同派を代表する一振りになるでしょう。物凄い粟田口左兵衛尉国吉の登場です。 こちらの商品の価格はお電話またはメールにてお問い合わせ下さい 商品番号:V-2156 刀 無銘(伝粟田口国吉) 第十五回特別重要刀剣指定品(平成十年)(一九九八) 探山先生鞘書き有り

NBTHK図譜解説

Tokuju #15

粟田口国吉は則国の子と伝え、左兵衛尉に任じている。彼の子とも弟子とも伝える工に藤四郎吉光があり、また弟に国光がいる。 現存する国吉の有銘の遺例は太刀は二口のみで、短刀は比較的多く、剣も数口あり、他に「鳴狐」と異名のある大平造の脇指が存在 している。彼の活躍期は実存するものに弘安三年、古伝書の刀絵図に建治四年・弘安六年弘安十年などの紀年銘が見られることよ り明らかである。その作風は、地は小板目に小杢目を交えてよく錬れ、細かな地沸が豊富について精良であり、刃文は直刃に小乱れ や小互の目が交じり小沸がよくつき、とりわけ二重刃の目立ってかかるのが大きな特色である。この辺のことを『解紛記』には「手 くせにたぶん二重焼刃ありて炮物のように地に銀浮くことも多し」と述べて古来見どころとされている。 この刀は大磨上無銘ながら、身幅広く重ね厚の雄渾な鎌倉中期然とした体配を示し、地刃には上記の特色を窺うことができ、 粟田 口派の国吉と鑑するのが妥当であり、第八回の特別重要刀剣指定の同工極めの作に姿態・出来ともに頼る近似している。

作者について

國吉

Awataguchi (Yamashiro) · 山城 · 1275-1278頃

藤代 最上作 · 刀剣大鑑 上位2%

現在1点販売中

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粟田口国吉の指定書のほぼ全てが名物「鳴狐」を引く。「左兵衛尉藤原国吉」[[c:1]]と長銘する打刀式の大平造脇指で、新たに極められる作は今なおその作風に照らして読まれる。国吉は則国の子、一説に弟子と伝え、粟田口六人兄弟の長兄国友の孫にあたり、左兵衛尉に任じ、弟に国光がいる。子とも弟子とも伝える工に藤四郎吉光がある。弘安三年紀の短刀が実存し、古伝書の刀絵図に建治四年・弘安六年・弘安十年などの紀年銘が見られ、これにより粟田口派各工の年代が所伝通りであることが知られ、その活躍期は鎌倉時代中期と明らかにしうる。

作風について指定書は定型の評を繰り返す。地は小板目がよく錬れて地沸がよくつき美麗であり、刃は直刃に小乱れ・小互の目を交えて小沸よくつき、「地刃が来物よりも一段と強い」[[c:2]]。とりわけ見どころとされるのが刃に沿って目立ってかかる二重刃で、『解紛記』は「手くせにたぶん二重刃ありて炮物のように地に銀浮くことも多し」[[c:3]]と既にこれを手くせと名指している。時に三重刃となり、しばしば刃縁に連なる湯走りがこれをなし、帽子にまでかかる例がある。足・葉が頻りに入り、金筋・細かな砂流しがかかり、匂口は明るく冴えると繰り返し記され、帽子は直ぐに品よく小丸に返る。

地鉄は一派の代名詞を担う。小杢を交えた小板目が極くつんでよく錬れ、地沸微塵に厚くつき、細かな地景が入り、所謂梨子地肌を呈して沸映りが立ち、時に地斑調の肌合を僅かに交える。『古今銘尽』は国吉の鉄味を賞して「地の色底にきらめきあり、灰かつぎの天目の銀のごとし」[[c:9]]と述べている。

確実な在銘の太刀は二口のみで、一口は夙に重要文化財、いま一口は平成九年の重要刀剣指定時に新出と記された細身で腰反り高く踏張りのつく優美な一口である。磨上げて茎下半に二字銘を有する別の一口も、特別重要指定に際し右の二口に極めて近似すると認められた。短刀は比較的多くて銘の大半を担い、剣も数口あり、大脇指は「鳴狐」唯一口である。短刀の姿は庖丁形にズングリしたもの・尋常なもの・細身で寸延びたもの・幅広で寸延びたものなど「頗る多様」で、来派の如く一律でない点が注目され、吉光同様に「区の処で焼き込んでいる」[[c:10]]ことが多く、護摩箸や梵字を彫る。無銘は大磨上の刀が多く、身幅広く輪反り風につき、中鋒は猪首風につまり、直刃は小丁子・互の目を交えて賑やかとなり、二重刃が極めの拠り所となる。菖蒲造の一口は「鳴狐を大きくしたような」[[c:6]]感を抱かせると評される。剣は先の張らない上品な姿で、「同作の剣にはしばしば沸の強いものがあり」[[c:7]]と特筆される。銘は二字が常で、鏨は細い手・尋常な手・太い手など種々あり、年代差によるものであろうと記される。

吉光との関係について指定書は紀年から推す。国吉には弘安三年紀の短刀と古伝書の紀年押形があり、吉光には実存・押形ともに紀年が皆無であるから、両者は親子と言うよりは「年齢差の比較的少ない師弟」[[c:8]]と考えるのが妥当とする。両者ともに太刀が寡作で短刀を得意とし、多様な姿態を共有する。一門の中での見どころも明らかで、二重刃は記録の半数近くに見え、吉光には稀で父則国には見えず、三重刃に至っては同門に例がなく、梨子地と名指されるのも本工の記録である。

藤代の格付けは最上作。指定を受けた作は五一口を数える。国宝はないが重要文化財が七口、戦前の重要美術品が五口あり、旧篠山藩主青山子爵家旧蔵の短刀を含む。特別重要刀剣一八口・重要刀剣二一口、両指定で三九口に上る。伝来も著しい。本阿弥光温折紙を伴う在銘短刀は伊予西条松平家に、無銘の短刀は冷泉家に伝来し、二字銘の特別重要の太刀は大久保一翁が所持して後に岩崎家に伝来、在銘の剣は尾張徳川黎明会の所蔵であり、在銘短刀の一口は鞘書に依れば徳川家千代誕生の御七夜に藤堂高睦が献上したと伝える。所在の知られるものは徳川美術館・京都国立博物館・彦根城博物館などに収まる。蒐集家にとって国吉は、粟田口の名の中では全く手の届かぬ存在ではない。重要文化財は市場の外に保存される文化財であるが、特別重要・重要の三九口こそ私蔵の一口に出会いうる層であり、その多くは二重刃を極めの拠り所とする大磨上無銘の刀である。かかる一口が市場に現れることは稀で、現れれば出色の機会となる。在銘の短刀はさらに少なく、確実な在銘太刀は二口に尽きるから、これに見える機会は一派の中でも最も稀な部類に属する。

歴史的重要度

國吉の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。

随一
随一
屈指
屈指
有数
有数
著名
著名

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指定の実績
指定51口
重要文化財
7
重要美術品
5
特別重要刀剣
18
重要刀剣
21
國吉の作 1点が現在販売中→
國吉 — 詳細Awataguchi (Yamashiro)派
流派について

粟田口

山城伝 · 山城

現在5点販売中

›

かねに潤いがあってよく冴える、という一語が、この一門の解説に幾度も立ち返る。よく約んだ小板目を極くつめて地沸を微塵に厚く均しく敷き、細かな地景を入れて沸映りを立てる手は、古来「梨子地肌」と称され、本流派の名を負う精錬の極みである。山城国粟田口、すなわち京都から近江へ通じる街道筋に居を構えた鍛冶の集まりであり、その地に鍛冶が住したことは鎌倉初頭の説話集『宇治拾遺物語』にも見える。祖は国家といい、その子に国友・久国・国安・国清・有国・国綱の六人兄弟があって、いずれも揃って名を成した。長兄国友をはじめ、久国・国安らは後鳥羽院の番鍛冶、すなわち院に月番で仕えた工に召され、活躍期は承久(一二一九〜二二)の頃にあたる。末弟国綱は後に北条氏の招きで鎌倉へ下向し、相州鍛冶草創の一人に数えられる。長兄国友の子則国を経て、左兵衛尉国吉、その子または弟子の藤四郎吉光へと、御番鍛冶の世代から短刀の名手の世代へと一門は続き、別流の新藤五国光は相州伝の事実上の創始者として行光・正宗・則重を育てた。 作域の核は、備前の華やかな丁子の対極にある、静かで抑えた直刃にある。よく約んだ小板目に地沸を厚くつけた精美な地の上へ、小沸出来の細直刃ないし直刃調の小乱れを匂深く焼き、小互の目・小丁子・小足・葉を交え、金筋・砂流しを細かにかける。匂口は締りごころに明るく冴え、帽子は穏やかな小丸に返り、しばしば掃きかけを伴う。表裏には護摩箸・素剣・梵字を彫り、その護摩箸は間隔狭く棟に寄せて彫るのが一門共通の手癖である。同じ作風の中にも工ごとの標識が宿る。久国は兄弟の中で最も沸が強く、国友・国安は匂口がうるみ、国安は連れごころの小互の目に押し詰まった小乱れを守って一派の乱れの手を担い、則国は国吉・吉光に通じつつ比較的沸が強い。国吉・吉光に至って刃は明るい直刃へ傾き、二重刃や帽子下の沸の喰下がりがその手癖となる。来時代へ下るにつれ穏雅な細直刃の比重が増す一方、国綱のみは板目が肌立って刃沸の目立つ剛壮な異風を見せ、来たるべき相模の力強い作風へ傾く。 鑑定の拠りどころは明快である。梨子地状の精美な小板目地、潤って冴えるかね、締まって明るい直刃調の刃に細かくかかる金筋・砂流し、これらが揃えば初期粟田口と鑑せられる。各工は解説中の物差しによって分かたれる。久国は格調の高さで、国安は安の字の崩しと連れごころの小互の目で、国清は兄国安への親近で、則国は子国吉に近い国の字で読まれる。そして一門を貫く対比は来派との別である。粟田口の地刃の沸は来物より一段と厚く強く感じられ、寸法の割に身幅狭く重ね厚い造込みは来にまず見ない。位置づけの頂点には、相模国の新藤五国光と並ぶ短刀の名人吉光が立ち、江戸期には正宗・江と共に天下三作の筆頭に挙げられた。流暢な二字銘そのものが鑑識の対象である。代表作の重みは伝来に表れ、名物鬼丸国綱は天下五剣の一つとして皇室に納まり、一期一振藤四郎は太閤秀吉の蔵刀、陸奥新藤五は奥州伊達家重代として伝わる。山城の精錬な沸の直刃は来の名工が汲んだ源であり、ひいては新藤五国光から相州伝へと展開する源流でもあって、本流派は日本刀の地鉄の最高峰を示すとともに、後世の二大潮流の発端に立つ。

16名の刀工指定226口
主要刀工
刀工時代指定
吉光1259-126044
國吉1275-127851
國綱1240-126418
久國1190-119921
則國1222-122415
粟田口流派を見る →
NBTHK鑑定書
Tokubetsu Jūyō Tōken特別重要刀剣
Especially Important Sword
›

重要刀剣の中でも出来が際立ち、資料的価値が極めて高く、国指定の重要文化財に準ずると判断された、NBTHK鑑定の最高位です。

最高峰であり、特別重要刀剣に到達した刀剣はわずか1,211口、登録刀剣の約2,064口に1口にすぎません。

NBTHKについて›

日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。

NBTHK公式サイト→
販売店
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コレクション情報
創業 1977年 · 業歴49年
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國吉の売約済み

銀座長州屋
Katana - by Awataguchi Kuniyoshi - 大磨上無銘 粟田口左兵衛尉国吉Katana - by Awataguchi Kuniyoshi - 大磨上無銘 粟田口左兵衛尉国吉
売切れ

刀

作國吉
鎌倉
売却済

粟田口派の作

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永楽堂
特別保存
Katana - Tokuho - by Shintogo Kunimitsu - 新藤五国光 刀 特別保存刀剣Katana - Tokuho - by Shintogo Kunimitsu - 新藤五国光 刀 特別保存刀剣

刀

作國光
63.1cm·鎌倉
¥7,500,000
葵美術
特別保存
Katana - Tokuho - by Shintogo Kunimitsu - 刀:無銘(伝 新藤五)(日本美術刀剣保存協会 特別保存刀剣)Katana - Tokuho - by Shintogo Kunimitsu - 刀:無銘(伝 新藤五)(日本美術刀剣保存協会 特別保存刀剣)

刀

作國光
68.2cm·Einin (1293-1299)
¥7,800,000
草薙の舎
特別保存
Katana - Tokuho - by Awataguchi School - 史上最高峰の名刀天下三作粟田口藤四郎吉光父!在銘『粟田口国吉』傑作特別保存刀剣鑑定書Katana - Tokuho - by Awataguchi School - 史上最高峰の名刀天下三作粟田口藤四郎吉光父!在銘『粟田口国吉』傑作特別保存刀剣鑑定書

刀

作粟田口派
19cm·鎌倉
¥5,800,000
刀心
保存
Wakizashi - Hozon - by Awataguchi Kunikiyo - 山城守藤原国清(初代) 3-853Wakizashi - Hozon - by Awataguchi Kunikiyo - 山城守藤原国清(初代) 3-853

脇差

作國清
41.25cm·新刀
¥495,000

山城の伝統

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葵美術
特別保存
Wakizashi - Tokuho - by Enju Kunitoki - 脇指:國時(延寿)元徳四年■月日(1332年)(日本美術刀剣保存協会 特別保存刀剣)(鑑定小柄付)Wakizashi - Tokuho - by Enju Kunitoki - 脇指:國時(延寿)元徳四年■月日(1332年)(日本美術刀剣保存協会 特別保存刀剣)(鑑定小柄付)

脇差

作國時
33.4cm·Bunpo (1317-1319)
開始価格¥1,350,000
矢澤商会
特別保存
Tachi - Tokuho - by Rai Kuniyuki - 【委託】来国行(特別保存)鎌倉時代中期 刃渡り69.7cm 反り1.9cm 白鞘入り太刀拵付きTachi - Tokuho - by Rai Kuniyuki - 【委託】来国行(特別保存)鎌倉時代中期 刃渡り69.7cm 反り1.9cm 白鞘入り太刀拵付き

太刀

作國行
69.7cm·Shogen (1259-1260)
¥3,000,000
永楽堂
重要
Katana - Jūyō - by Rai Kunimitsu - 来国光 刀 重要刀剣Katana - Jūyō - by Rai Kunimitsu - 来国光 刀 重要刀剣

刀

作國光
71.2cm·南北朝
¥7,800,000
永楽堂
重要
Tachi - Jūyō - by Ayanokoji Sadatoshi - 定利 太刀 重要刀剣Tachi - Jūyō - by Ayanokoji Sadatoshi - 定利 太刀 重要刀剣

太刀

作定利
72.6cm·鎌倉
¥7,700,000
Bushido Antique Japanese Swords
特別保存
Katana - Tokuho - by Rai Kunitsugu - 大刀 来国次Katana - Tokuho - by Rai Kunitsugu - 大刀 来国次

刀

作國次
68.7cm·Ocho (1311-1312)
¥35,000
銀座長州屋
Tanto - by Rai Kunitoshi - 銘 来国俊(大業物)Tanto - by Rai Kunitoshi - 銘 来国俊(大業物)

短刀

作國俊
鎌倉
¥12,000,000
儀平屋
Tanto - by Enju School - 古刀 無銘 菊池槍直し短刀 四寸三分 合口拵入、白鞘付Tanto - by Enju School - 古刀 無銘 菊池槍直し短刀 四寸三分 合口拵入、白鞘付

短刀

作延寿派
12.9cm·古刀
¥300,000
明倫産業
重要
Katana - Jūyō - by Rai Kuniyuki - 国行(山城京来派の祖)(杉山茂丸男爵家伝来)(重要刀剣) Kuniyuki(Rai)Katana - Jūyō - by Rai Kuniyuki - 国行(山城京来派の祖)(杉山茂丸男爵家伝来)(重要刀剣) Kuniyuki(Rai)

刀

作國行
71.5cm·鎌倉
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