説明

無銘(延寿) - Mumei(Enju) - 刃長68.4センチ 反り1.9センチ 元幅29.6ミリ 元重ね6.7ミリ 物打幅23.0ミリ 物打重ね5.3ミリ 横手位置幅20.1ミリ 松葉先重ね5.5ミリ 裸身重量704グラム 拵に納めて鞘を払った重量1,019グラム 鎌倉後期 The latter period of Kamakura era 昭和32年3月5日 大阪府登録 附属 特別保存刀剣鑑定書、素銅地金着はばき、黒皺革塗文様鞘打刀拵 肥後国延寿派は、来国行の孫と伝える延寿太郎国村を祖とし、鎌倉時代後期から南北朝期にかけて同国菊池郡の地で大いに繁栄しました。 この派の刀工には国資・国時・国泰・国吉等多くの名工がおり、これらの刀工達を延寿派と総称し、同派の年紀は菊池氏(南朝方)の抱え鍛冶という伝来を裏付けるように、全て南朝年紀で切られており、延寿という名から、「寿(とし)を延らえる(延ばす)」という縁起物としても尊ばれ、関の寿命と同様に武家同士の贈答に用いられました。 この刀は大磨上で、元の長さはゆうに二尺七寸程はあったであろう。元先の幅差は頃好く開き、中切先気持ち延びごころ。地鉄は小板目で地沸が付いて細かな地景が入り、淡く映りごころがあり、刃文はふわりとした柔らかい感じの中に、匂口締まりごころを交え、小足入り、やや幅広の足入り、って小乱れを成し、鋩子は直ぐに先大きく丸く返っています。 地鉄の粗い箇所が見られるも、700年もの長き時間を超えて今に勇姿を留めており、焼刃の駆け出しも無く、しっかりと鋩子の焼刃も残っている点は、まさに奇跡と言えましょう。 附属の拵は柄にがたつきもなく、手に吸いつくようにしっかりとしている。鐔鳴りも僅かで、実用に際して気になるものではない。黒の皺革塗りに雪華紋の一種と思われる文様が散らされ、その意匠からは相当な上士の佩刀であったことが窺える。 但し、誠に惜しむらくは、未鑑定時に本刀の真価を知らぬ者が、拙い腕で居合稽古に用いた形跡があり、折角の豪華な拵の鯉口が削れて開いてしまっていることです。 時代物の拵は本来、歴史的価値を有する文化遺産であり、決して稽古用に転用すべきものではないことを、ここに改めて強く申し添えたい。 尚、本拵は修復可能であり、柄糸の巻き直しも含め、その修復費用を考慮し、今回は特別に抑えた価格にてご案内致します。

無銘(延寿) - Mumei(Enju) - 2-1808
Tokuho

無銘(延寿) - Mumei(Enju) - 2-1808

¥770,000

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仕様

長さ

68.4 cm

反り

1.9 cm

元幅

2.96 cm

先幅

2.01 cm

流派について

Enju School延寿派

1 重要美術品2 特別重要刀剣109 重要刀剣

肥後国菊池郡隈府の地に興った延寿派は、京の来の作風を九州へ移した一門である。その祖を太郎国村とし、通説に大和千手院派の弘村の子で来国行の娘聟となり、その外孫として来の工房に学んだと伝える。延寿の名はその来の一字に通うとされ、一門の出自を山城の血脈に結ぶ。国村のまわりには国時・国泰・国資・国吉・国信・国友・国綱らの上手がほぼ時を同じくして輩出し、鎌倉時代末葉から南北朝期にかけて菊池郡の地に大いに繁栄した。延寿の工は南朝に忠なる菊池氏に属し、年紀ある作には正平・延元など南朝の年号を刻むものがあって、一門の活動とその歴史を地に結びつけている。 延寿の作は概ね来派に類似し、各工に際立った個性が少ないため、一門は個々の手よりも一団として読まれる。その共通の語法は地鉄に最もよく現れる。鍛えは小板目がよくつんで詰み、杢を交え刃寄りに流れて柾ごころを帯び、地沸が微塵に厚くつき、地景が細かに入る。その上に立つのが一門第一の見どころたる白け映りで、明るく冴える来の地鉄とは異なる、冷たく霞んだ映りである。刃文は中直刃あるいは細直刃を本体とし、小互の目・小足を交え、しばしば二重刃を見せ、匂口は幾分沈みごころとなって穏やかに焼く。帽子は来が小丸に締めて返るのに対し、先の丸味がやや大きい大丸となって返り浅く、先に掃きかけるものが多い。これらの柾ごころ・白け映り・沈みごころの匂口・穏やかな刃中の働き・丸味の大きい大丸帽子が、来に似てやや異なる延寿の見どころであり、真の来から一門を分かつ要となる。本間は延寿を「来に似てやや異なる」とし、その直刃の刃中の働きを来一派の直刃よりも淋しいと記す。その淋しく冷えた趣こそ一派の眼目である。 延寿の鑑定の勘所は、なべてこの来との別にある。輪反りや京風が一見来を想わせても、地の流れ・白け映り・沈む匂口より延寿と看取し、来に比して地刃やや弱しとされる。一門に個性が少ないがゆえに、主要工はその一様の中から程度の差によって絞られる。祖国村は細身で元先の幅差が顕著、反り高く小鋒に結ぶ独特の姿態をもって無銘の延寿を己に引き寄せる。国時は遺例が比較的多く作柄の平均点も高い代表工で、一門の抑えた直刃を誰よりも賑やかに働かせる。国泰は地刃の沸が一門の中で最も強くつき、佳作は明るく冴える。国資は刃中の働きが最も豊かで、寸延びの作に火焰風の帽子という一門に類のない働きを示す。国吉は地刃の冴えにおいて延寿の弱点を脱した垢抜けた手を遺し、国信は遺例こそ少ないが刃に沿う二重刃を殊に鮮明に見せる。これらの諸工はいずれも国の字を冠し、その「国」構の右半を耳形に切る銘振りを共有して他派にまぎれず、藤代に上々作以上の格を得る。伝来も地方工としては厚く、来歴の確かな作が黒田家・徳川家・伊達家・上杉家・細川家などの旧家を経、林原美術館・出光美術館・徳川美術館・佐野美術館をはじめとする機関に蔵される。在銘生ぶの太刀や身幅広い在銘の短刀は遺るものが少なく、多くは大磨上無銘の極めとして伝わるため、肥後の山城風を手に取りうる機会はおのずから限られている。

刀剣商

刀心

shop.nihontou.jp

¥770,000

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