三人の天下人が戦国の世紀を終わらせ、刀は新しい秩序の道具となった。1588年の刀狩は刀を武士の標章とし、名刀は条約のごとく家々の間を行き交い、鑑定は以後この境で古刀と新刀を分かつ。
刃渡り(長さ) 73.6センチ 反り 1.5センチ 元鎬厚 8.4ミリ 元重ね6.5ミリ 先鎬厚 6.3ミリ 先重ね4.7ミリ 元幅 33.4ミリ 先幅 25.4ミリ 刀身重量877g ハバキ 金着せ 目釘穴 2個 刃文 小乱れ 沸出来 地沸付く 葉、足入り、湯走り、二重刃、砂流し、金線、金筋、稲妻働く 帽子 沸崩れ 鍛え 板目、杢交え詰み地鐵良く錬られる 寸法、グラムは約でご理解ください。刃渡り・反りなど登録書を映しております。 銘文 無銘 鑑定 同田貫正国 正国の評価額 550万円 説明 令和7年6月審査品(鑑定書は11月下旬、出来上がり次第郵送予定) ここに画像が表示されます。(通信環境により数十秒ほどかかる場合もございます。) 1/3 ここに画像が表示されます。(通信環境により数十秒ほどかかる場合もございます。) 2/3 ここに画像が表示されます。(通信環境により数十秒ほどかかる場合もございます。) 3/3 同田貫派は肥後国延寿の末流であり、玉名で作刀した同田貫の初代が正国(のち上野介)で、「上野介」と銘を切るものがある。 正国は天正一六年頃より、加藤清正のお抱工となり、清正から「正」の字を貰い正国と改銘する。 作風は華美を抑えた実用本位のもので、頑丈で切れ味のよいことで知られる。同田貫派は新々刀期まで繁栄した。 本刀はこの同田貫派の祖の正国と極められ、三つ棟(真の棟)に大切先の造り込み 身幅33ミリを超え切先長約68ミリあり迫力のある一振りである。 商品の状態 *刃切れ・刃絡み・目視上の刃こぼれ・曲がり・撓え・匂い切れ・駆け出しございません。 *時代による、汚れ、細かな擦れ傷,劣化等はご了承ください。写真を参考にしてください。
無銘 · Dotanuki · 桃山 · 長さ 73.6cm · 反り 1.5cm





備前伝 · 肥後 · 1573-1592頃
現在1点販売中
正國の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
備前伝 · 肥後
現在18点販売中
同田貫は肥後国の菊池に室町末期から興り、新刀期に及んで活躍した一派である。説示は本派を九州肥後を代表する流派として位置づけ、その一門に正国・上野介・又八(又八左衛門)・正広・兵部・左馬介・国勝らの工があったことを伝える。年紀を備えた遺例には天正から慶長に跨がる作が見られ、上野介には慶長九年・慶長十六年八月吉日の銘があって、新古を跨ぐ形でこの工が活躍したことが知られる。正国の薙刀は桃山時代の製作と鑑せられ、刀身とほぼ同時期に誂えられた拵を伴う例もある。説示の伝える工と年紀からは、戦国末から江戸初頭にかけての肥後にあって、実用の需に応えた工房の姿がうかがえる。 作風は、身幅広く重ね厚く平肉の豊かな豪壮な造込みを基調とする。説示はこれを武骨な姿とも記し、鎬造の刀のほかに大身槍や大振りの薙刀の作例も数多く経眼されると述べる。鍛えは板目肌で、処々に流れ肌や杢目を交え、やや肌立ちごころとなり、地沸がつく。刃文はのたれを基調に小互の目・小丁子・小尖り刃などが交じり、足・葉がよく入り、匂口は締りがちで叢沸となり、飛焼や棟焼を見せ、金筋・砂流しの細かにかかる作がある。互の目乱れを主とする例や、正広の薙刀のように直刃を焼いて匂口の沈む作も伝えられ、一派のうちに振幅のあることが説示から読み取れる。見分けに当たっては、頑健な姿態と、匂口の締まった乱刃に叢沸・飛焼・棟焼の交じる地刃の様相が手がかりとなる。 伝承の面では、説示はこの派の刀の鋭利さが古くから賞讃され、実用刀として知られてきたことを繰り返し記す。代表工とされる上野介には、常に見る同派の作域よりも変化に富み野趣の感じられる作があり、沈みごころの地刃に渋い味わいの醸される一口が同工および同派を代表する出来として挙げられている。正国の薙刀は、地沸の微塵に厚くついた鍛えと、同派の常以上に明るく沸づいて刃中の頻りに働く刃文をもって秀作と評され、黒漆金蒔絵柄鞘薙刀拵を附帯する。又八の薙刀には匂口の締まった作に沸のつく一派の特色がよく示され、黒塗薙刀拵を伴う。資料は僅少ながら、これらの遺例は、肥後にあって頑健と切れ味を旨とした同田貫の性格を、刀・薙刀の双方に即して伝えるものといえる。 詳しく見る →
桃山時代
三人の天下人が戦国の世紀を終わらせ、刀は新しい秩序の道具となった。1588年の刀狩は刀を武士の標章とし、名刀は条約のごとく家々の間を行き交い、鑑定は以後この境で古刀と新刀を分かつ。
銘が正しい、または無銘でも年代・国・系統を確実に指摘できる、保存に値する真正の作と鑑定されたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイト刃渡り(長さ) 73.6センチ 反り 1.5センチ 元鎬厚 8.4ミリ 元重ね6.5ミリ 先鎬厚 6.3ミリ 先重ね4.7ミリ 元幅 33.4ミリ 先幅 25.4ミリ 刀身重量877g ハバキ 金着せ 目釘穴 2個 刃文 小乱れ 沸出来 地沸付く 葉、足入り、湯走り、二重刃、砂流し、金線、金筋、稲妻働く 帽子 沸崩れ 鍛え 板目、杢交え詰み地鐵良く錬られる 寸法、グラムは約でご理解ください。刃渡り・反りなど登録書を映しております。 銘文 無銘 鑑定 同田貫正国 正国の評価額 550万円 説明 令和7年6月審査品(鑑定書は11月下旬、出来上がり次第郵送予定) ここに画像が表示されます。(通信環境により数十秒ほどかかる場合もございます。) 1/3 ここに画像が表示されます。(通信環境により数十秒ほどかかる場合もございます。) 2/3 ここに画像が表示されます。(通信環境により数十秒ほどかかる場合もございます。) 3/3 同田貫派は肥後国延寿の末流であり、玉名で作刀した同田貫の初代が正国(のち上野介)で、「上野介」と銘を切るものがある。 正国は天正一六年頃より、加藤清正のお抱工となり、清正から「正」の字を貰い正国と改銘する。 作風は華美を抑えた実用本位のもので、頑丈で切れ味のよいことで知られる。同田貫派は新々刀期まで繁栄した。 本刀はこの同田貫派の祖の正国と極められ、三つ棟(真の棟)に大切先の造り込み 身幅33ミリを超え切先長約68ミリあり迫力のある一振りである。 商品の状態 *刃切れ・刃絡み・目視上の刃こぼれ・曲がり・撓え・匂い切れ・駆け出しございません。 *時代による、汚れ、細かな擦れ傷,劣化等はご了承ください。写真を参考にしてください。
無銘 · Dotanuki · 桃山 · 長さ 73.6cm · 反り 1.5cm





備前伝 · 肥後 · 1573-1592頃
現在1点販売中
正國の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
備前伝 · 肥後
現在18点販売中
同田貫は肥後国の菊池に室町末期から興り、新刀期に及んで活躍した一派である。説示は本派を九州肥後を代表する流派として位置づけ、その一門に正国・上野介・又八(又八左衛門)・正広・兵部・左馬介・国勝らの工があったことを伝える。年紀を備えた遺例には天正から慶長に跨がる作が見られ、上野介には慶長九年・慶長十六年八月吉日の銘があって、新古を跨ぐ形でこの工が活躍したことが知られる。正国の薙刀は桃山時代の製作と鑑せられ、刀身とほぼ同時期に誂えられた拵を伴う例もある。説示の伝える工と年紀からは、戦国末から江戸初頭にかけての肥後にあって、実用の需に応えた工房の姿がうかがえる。 作風は、身幅広く重ね厚く平肉の豊かな豪壮な造込みを基調とする。説示はこれを武骨な姿とも記し、鎬造の刀のほかに大身槍や大振りの薙刀の作例も数多く経眼されると述べる。鍛えは板目肌で、処々に流れ肌や杢目を交え、やや肌立ちごころとなり、地沸がつく。刃文はのたれを基調に小互の目・小丁子・小尖り刃などが交じり、足・葉がよく入り、匂口は締りがちで叢沸となり、飛焼や棟焼を見せ、金筋・砂流しの細かにかかる作がある。互の目乱れを主とする例や、正広の薙刀のように直刃を焼いて匂口の沈む作も伝えられ、一派のうちに振幅のあることが説示から読み取れる。見分けに当たっては、頑健な姿態と、匂口の締まった乱刃に叢沸・飛焼・棟焼の交じる地刃の様相が手がかりとなる。 伝承の面では、説示はこの派の刀の鋭利さが古くから賞讃され、実用刀として知られてきたことを繰り返し記す。代表工とされる上野介には、常に見る同派の作域よりも変化に富み野趣の感じられる作があり、沈みごころの地刃に渋い味わいの醸される一口が同工および同派を代表する出来として挙げられている。正国の薙刀は、地沸の微塵に厚くついた鍛えと、同派の常以上に明るく沸づいて刃中の頻りに働く刃文をもって秀作と評され、黒漆金蒔絵柄鞘薙刀拵を附帯する。又八の薙刀には匂口の締まった作に沸のつく一派の特色がよく示され、黒塗薙刀拵を伴う。資料は僅少ながら、これらの遺例は、肥後にあって頑健と切れ味を旨とした同田貫の性格を、刀・薙刀の双方に即して伝えるものといえる。 詳しく見る →
桃山時代
三人の天下人が戦国の世紀を終わらせ、刀は新しい秩序の道具となった。1588年の刀狩は刀を武士の標章とし、名刀は条約のごとく家々の間を行き交い、鑑定は以後この境で古刀と新刀を分かつ。
銘が正しい、または無銘でも年代・国・系統を確実に指摘できる、保存に値する真正の作と鑑定されたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイト