説明

備前国倫光 短刀 鑑定:特別保存刀剣 備前国長船倫光。延文(1356-1361年)頃の備前を代表する名工。「備州長船倫光」「備州長船住倫光」などと銘を切り、伝承では景光の末子、あるいは兼光の弟や門人とされています。その作刀時期は貞和三年(1347年)から永和二年(1376年)に及び、「倫」の字を音読みして「倫光(りんみつ)」とも通称されます。 現存する作には太刀と短刀があり、太刀は身幅広く重ね厚く、大鋒となる南北朝期特有の豪壮な姿が特徴です。地鉄は板目に木目が交じり、地沸つき地景入り、乱れ映りが現れます。刃文は互の目に丁子が交じり、全体に湾れ(のたれ)を帯びるものが多く、二代兼光を彷彿とさせる大振りで傾斜した片落ち互の目を焼くこともあります。足・葉入り、小沸つくなど働きも豊富です。帽子は乱れ込み、先が尖って掃きかけるものが多く、樋や彫物を施す例も散見されます。特に倫光独自の「草龍(唐草彫)」と呼ばれる、蔓が伸びたような独特の剣巻龍の彫物は有名です。位列は上々作に列せられています。 【解説】 本作は備前国長船倫光による六字銘があり、年代は延文頃と推察されます。姿は延文・貞治型で、その体躯に調和するゆったりとした大らかな湾れ刃を焼き、直ぐ映りが現れています。帽子は突き上げ気味に尖って返るなど、兄と伝えられる兼光の作風を彷彿とさせる優品です。 ちなみに、兼光の延文六年紀の短刀においても、本作と同様の湾れ出来で、かつ表裏の彫物が全く同一のものが存在することは特筆に値します。 刃長:一尺一寸四分(約34.5cm) 令和五年三月吉日 探山(田野辺道宏)先生 鑑定並びに誌(花押) ----------------------- 備前國長船倫光 六字有銘而年代延文頃 本作ハ延文・貞治型ノ姿形ニ調和スル大ドカナ湾刃ヲ悠々ト焼キタリテ直グ映ヲ現ハシ突上氣味ニ尖ル帽子ニ結ブナド兄ト傳フル兼光ニ彷彿タル優品也 因ミニ兼光ノ延文六年紀ノ短刀デ湾出来ニ加へ表裏ノ彫物ガ本作ト全ク同一ノ者ガ存在スル叓ガ注目サレ 刃長壱尺壱寸四分有之 時在令和五秊弥生穀旦 探山觀并誌「花押」

Bizen Osafune Tomomitsu tanto in koshirae
Tokuho

Bizen Osafune Tomomitsu tanto in koshirae

短刀

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仕様

長さ

31.5 cm

作者について

Osafune Tomomitsu倫光

1 国宝2 重要文化財2 重要美術品8 特別重要刀剣51 重要刀剣

長船倫光は南北朝時代の備前長船派正系の刀工である。説明書は必ず「兼光門下の一人であり、一説に兼光の弟とも伝えている」と書き起こし、近年の定型は年紀作を「貞和から永和に及んでいる」とし、古い説明は文和からとする。公の指定記録に実在する年紀は文和から応安に及び、延文・貞治の頃に最も厚い。一門内の位置づけも定型が言い切る。「一門にあっては兼光の作風に最も近く、作位的にも師に迫るものがある」。藤代の極めで上々作。在銘最大の作が日光二荒山神社所蔵の国宝の大太刀(貞治五年紀)であり、第一回重要刀剣の説明が早くも「有銘中最大のものが二荒山神社所蔵の国宝の大太刀である」と記し、近年の説明は同作を「長船倫光の最高峰と位置づけられる」と評して、新規指定作の彫物の極めの拠り所とする。 得意とするのは「おおどかなのたれ主調の乱れ」である。多くは小のたれを基調に互の目・小互の目・尖り刃・角ばる刃を交え、足・葉が入り、匂勝ちに小沸がつき、金筋・砂流しがかかる。鑑定基準は明文で与えられ、「のたれの頭がやや尖る点から倫光と鑑すべき」という。帽子は乱れ込んで先が尖るものが多く、まま掃きかける。彫物の多さも一門内の判別点であり、棒樋のほか梵字・護摩箸・二筋樋・三鈷剣・倶利迦羅が頻りに見られ、「草の倶利迦羅の彫物は此の工と兼光以外にはあまり経眼しない独得なもの」と明記され、二荒山神社の大太刀と黒川古文化研究所所蔵の在銘太刀がその類例として引かれる。 鍛えは板目に杢を交え、地沸がつき、地景が細かに入り、太刀・刀には乱れ映り、平造の作には直ぐ状の映りや棒映りが立つ。地鉄こそ師との分かれ目であって、最古の説明は「倫光は兼光に比して地がねが劣り、やや肌立つものが多い」と率直に記し、近年の説明も兼光に近似しつつ地鉄が肌立ちごころとなり、ゆったりとしたのたれを基調とする点をもって倫光と分ける。 遺例の偏りは第一回の説明が言い切る。「短刀、小脇指は比較的多く有銘のものが現存するが、太刀は殆ど無銘物である」。太刀は延文・貞治型の長大なものが多かったために大磨上無銘の刀として伝わり、在銘・年紀作は身幅広く寸延びた平造の短刀・脇指に集中し、うち二口に「八幡大菩薩」の彫字がある。銘は「備州長船倫光」の六字長銘で、小振りにまま細鏨、棟寄りに切り、裏に年紀を添える。指定刀のうち在銘二十八口、無銘三十一口。大磨上の刀に見る金象嵌銘・金粉銘(本阿弥光常・光勇・寒山・光遜)は後世の鑑定家による極め銘であって在銘ではなく、一口は折返銘によって原銘を留める。初期の一説明は「同名二代あるもののごとく」と代別の問題を残している。 のたれの傍らに二つの別手が立つ。貞治・応安の在銘作には片落ち互の目や角張る互の目を主調とする手があり、説明はこれを「同工の作域の広さと技術の確かさを窺うことのできる好資料」と結び、小振りの片落互の目の短刀は「一見鎌倉期のものにも見紛う」という。無銘極めには「同工極めでも一段と沸の強い出来口」の一群があって、湯走り・飛焼を見せ、尖る帽子と相俟って「相伝備前の特色」を成す。その象徴が靖國神社蔵の庖丁形大脇指で、松平定信編『集古十種』に拵と共に鎌倉荏柄天満宮の刀として所載され、古来「正宗作」と所伝、固山宗次の写しも残る「古来世に喧伝された名品」であり、鮮明な映りとのたれ主体の乱れ、尖る帽子、二荒山神社の大太刀に近似する倶利迦羅の彫から倫光極めが首肯されている。師に対しては逆向きの指標も働く。景光・兼光を定義する片落ち互の目は倫光では退き、直刃は殆ど見られず、師が互の目を角張らせ静かな刃を引くところを、倫光はおおどかなのたれに置き換える。説明は秀光・政光・基光ら兼光門下と並べて記し、後継の系は引かれない。 公の指定記録に残る作は六十四口。国宝一口(二荒山神社の大太刀)、重要文化財二口、特別重要刀剣八口、重要刀剣五十一口を数える。伝来は大名家を貫く。第一回重要刀剣の応安六年紀の太刀はもと土佐藩主山内家伝来であり、金象嵌銘の特別重要刀剣の刀は越前松平家に伝来して松平春岳の指料といわれ、元禄七年本阿弥光常の折紙が添う。ほかに井伊直政の属将鈴木石見守重好が拝領して後に水戸徳川家へ献上された一口、小田原藩主大久保家、伊東巳代治の旧蔵が記録される。国宝・重要文化財の三口は社頭と公の手に永く守られて市に出ることはない。蒐集家が現実に相見えるのは特別重要・重要の五十九口であり、その多くは大太刀を磨り上げた大磨上無銘の刀である。在銘年紀の短刀・脇指は折々に現れるに過ぎず、倫光の一口が市に出ることは稀である。

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