説明

銘:備州(以下切)伝 長船基光 時代:延文頃(1356-1361年、南北朝時代中期) 元幅:約3.03cm 先幅:約2.3cm

太刀 銘 備州(以下切)伝長舩基光

太刀 銘 備州(以下切)伝長舩基光

太刀

¥8,500,000

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仕様

長さ

71 cm

反り

1.82 cm

元幅

3.03 cm

先幅

2.3 cm

作者について

Osafune Motomitsu基光

1 重要文化財2 重要美術品1 特別重要刀剣37 重要刀剣

基光は南北朝時代の備前長船派の刀工で、兼光の子とも、その門下とも伝え、左兵衛尉に任じられている。現存する年紀作は康永から永和に及び、その活躍期は明瞭であって、説明書は徳川家に伝来した特別重要刀剣の太刀を「光の門人基光在銘の太刀である」と端的に説き起こす。本工は十四世紀後半に兼光の作風を継承するが、彼をその一門に位置づける同じ説明書が、一門の内における本工の立場を画する慎重な一線をも引いている。 その手はまず刃文に読まれる。板目の地に互の目を主調とした乱れを焼き、その本体を兼光工房の鋸歯状の刃たる片落ち互の目とし、これに角張る刃・尖り刃・頭の角がかった浅い小のたれを交える。説明書はこの入り交じりを本工のものとして、徳川家の太刀について「本作のように互の目がめだち、しかも様々な形の互の目が入り交じる」ところに彼の特色が見られるとする。この様相は諸重要刀剣の説明に繰り返され、一派の整然と連れる互の目と対をなす。足・葉入り、匂口締まりごころに明るく小沸つき、金筋・砂流しが刃中に働く。 その刃文の下の地鉄は終始変わらぬところである。板目に杢を交えてしばしば肌立ちごころとなり、地沸つき、地景細かに入り、地斑調の肌合を交えた地に乱れ映りが立ち、刃寄りにはしばしば直ぐ状の映りとなって、兼光と共有する長船の地鉄を見せる。帽子は乱れ込み、先尖りごころに小丸となって細かに掃きかける。短刀には棒樋、あるいは腰樋に添樋を掻き、一口には護摩箸を彫って、後期長船の静かな彫の語彙を示す。 記録は造込で明らかに分かれる。一方には在銘年紀の自作がある。備州長船基光と切る太刀、平造の脇指・短刀がそれで、生ぶで文和・貞治・応安に鮮明な年紀を残すものが数口あり、説明書はこれを「出来のよさは兼光に迫る感があり」と評し、同工研究上の好資料として貴ぶ。他方には大磨上無銘の刀があり、身幅広く元先の幅差目立たず、中鋒の延びた南北朝の堂々たる姿で、時代と兼光伝より基光と極められる。説明書は本工在銘の太刀が比較的少ないことを記す。 本工を一門の他から分かつのは、まさに無銘作を首肯するときに極めの言うところである。判者は肌立った鍛えと片落ち互の目に交じる様々な形の刃に本工と擬すべき点を見出し、ある刀について「兼光一門にあって基光に最も擬すべきところがあり、極めは正しく首肯される」と記す。しかしその作位については率直で、総じて「少しく兼光に譲るところがある」とする。本工は工房の有能なる第二の手であって、その片落ち互の目を保ちつつ自らの込み入った様々な互の目を加え、無銘の極めは個性的な決め手というより一派と時代に拠る。 収集の観点では、記録の確かな、しかし数少ない後期長船の名である。刀工大鑑はこれを中の上に評し、その鑑賞上の記録は数よりも年紀の鮮明な在銘作の確かさに拠る。国宝はなく、その立場は一口の重要文化財、すなわち東京・三井文庫が蔵する在銘の太刀と、一口の特別重要刀剣、および重要刀剣の一群、特別重要刀剣・重要刀剣の級を合わせて三十八口に拠る。伝来は良く、特別重要刀剣の太刀は徳川家に伝わり、説明書はこれを「大徳川家に伝来した基光の優品である」と称える。本阿弥光忠の手と思われる金象嵌銘を負う一口は、本間家旧蔵を経て佐野美術館が蔵する。指定を受けた基光の作の多くは伝えられて市場には出ず、在銘の作が世に現れるのは時折のことであって、現れたときそれは、兼光工房が南北朝の世に長船をいかに継いだかを語る、年紀の確かな精密な記録である。

刀剣商

銀座長州屋

ginza.choshuya.co.jp

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