応仁の乱が足利の体制を砕いた後、戦国の一世紀はほとんどすべての国を武装させた。この時代は選ぶ目に報いる。並の作は多いが、その傍らには第一級の注文打ちが立っている。
600年前のものでありながら、未だにオリジナルの長さを保っているという事実だけでも、この刀を室町時代初期の最も完全な残存品の一つに位置づけています。初代守弘は山城(京都)の来国安の息子、あるいは養子であった可能性があり、来派の伝統を北の越前国へと伝えた千代鶴派を代表する刀工の一人となりました。これらの刀工たちは総称して越前来として知られています。千代鶴という名は、作刀に適した湧水を求めて1337年頃に越前の武生に定着した開祖国安に由来します。守弘の名は約4代にわたって続きました。この刀は、よく時代がついたオリジナルのままで改変されていない生茎に、「守弘」の二字銘が切られています。 刀身は長く、堂々としています。長さ78.8 cm、反り2.4 cmで、その初期には太刀として騎馬で帯用されるよう造られました。地肌は板目に流れと木目が混じり、よく鍛えられており、光の中で美しく変化する地景の暗い渦が見て取れます。地には白気映りが輝いており、これは日本海沿岸の諸国の刀によく見られる刃文の反映です。刃文は活気ある小互の目乱れに尖り心が交じり、切先付近では顕著な金筋が刃文を切り裂いています。これこそが、この刀がNTHK-NPOから「優秀作」として認定されるに至った、劇的な働きです。帽子は掃き掛けとなり、高度な技術を要する様で切先を掃いています。 刀身の両側には全長にわたって角留の棒樋が通り、その終端は角張っており、PDFで「Iビーム構造」と表現されている形を成しています。これは重量を軽減しつつ、斬撃時のエネルギー負荷を管理するものです。白鞘には、元NBTHK副会長の佐藤貫山博士による、鑑定と時代を裏付ける鞘書きがあります。この刀には、松を題材とした特注の長寿を願う拵が付属しています。縁頭は江戸の園部派、鍔は肥後の西垣派に伝(attributed)とされ、いずれもNTHK-NPOの認定を受けています。

販売店の記載のまま
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山城伝 · 越前 · 1394-1428頃
刀剣大鑑 上位21%
現在1点販売中
守弘の位置づけを、日本刀全体および伝法・時代・時期ごとに示します。各区分(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
山城伝 · 越前
現在9点販売中
千代鶴派は越前を本拠とした一門である。説示によれば、その祖は来国安に求められる。来国安は生国を山城とし、一説に来国末の孫といい、のちに越前へ移住して千代鶴派の祖となったと伝え、銘鑑はその年代を貞治の頃とする。あわせて越前には来国安の弟子と伝える千代鶴国安なる工があり[[c:1]]、これを祖とする伝えもあって、時代を同じく貞治の頃という。いずれにせよ一門は山城の来派を源流に置き、これを越前の地に移したものとして説示は位置づけている。以後この派は室町期まで続き、国安系の守弘が現れる。守弘は同名に複数代があり、銘鑑は初代を応永、二代を嘉吉あるいは文安の頃とし、藤左衛門尉と称した者もあるという。さらに越前敦賀の光行のごとく[[c:2]]、一説に越前国行の門と伝える年紀作の工も説示に名を連ねる。 作風は、来派を承けた地刃に越前という地方色が加わる点に特徴がある。鍛えは板目に杢目や流れ肌を交え、総じて肌立ちごころとなり、地沸が厚くつき、地景がしきりに入り、白けごころを帯び、鉄色がやや黒みがかるものがある。刃文は来国安に擬せられる一類では中直刃を基調に小互の目を交え、足が入り、刃縁にほつれ・喰違刃・二重刃が現れ、沸がよくついて匂口が明るい。一方、守弘ら国安系の作では互の目調の乱れ刃となり、丁子ごころや尖りごころの刃を交え、飛焼が入り、棟焼がしきりにかかり、砂流し・金筋がかかって地刃ともによく沸づくものが目立つ。帽子は直ぐごころに小丸となるもの、乱れ込んで掃きかけるもの、焼き詰めるものなど作により変化する。見分けにあたっては、肌立ちと白けごころ、黒みがかる鉄色、帽子に見える野趣ある働きなどが手掛かりとなる。 鑑定では、一見すると山城本国の来国光あたりにも見えるが、注視すれば地刃の出来に一歩を譲り、肌立ちが強く帽子の働きが本国以上に野趣を示すところに、来国安の極めが首肯される、と説示はくり返し述べる。守弘の作は互の目調の乱れ刃で地刃ともによく沸え、来風とは趣を異にするとされ、有銘作が珍重される。代表的な遺例としては、無銘ながら身幅広く大鋒に結ぶ南北朝期の姿を示す来国安極めの刀、互の目調の乱れ刃を焼いた守弘の太刀や年紀ある脇指、越前敦賀の光行の年紀短刀などが説示に挙げられる。現存する作刀は少なく、来派の正系を越前に伝えた一門として位置づけられている。 詳しく見る →
室町時代
応仁の乱が足利の体制を砕いた後、戦国の一世紀はほとんどすべての国を武装させた。この時代は選ぶ目に報いる。並の作は多いが、その傍らには第一級の注文打ちが立っている。
保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
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