説明

刃長72.1センチ 反り1.6センチ 元幅31.4ミリ 元重ね6.3ミリ 物打幅25.2ミリ 物打重ね5.4ミリ 横手位置幅21.4ミリ 松葉先重ね4.7ミリ 裸身重量717グラム 室町前期 The early period of Muromachi era 昭和32年6月18日 福岡県登録 附属 保存刀剣鑑定書、素銅地下貝金鍍金上貝銀鍍金菊水文様はばき、白鞘 千代鶴は、来國安の流れを汲む千代鶴國安を祖とし、摂津国中島来の刀工が越前に移住して興した一派と伝わります。そのため「越前来」とも称され、南北朝時代・貞治頃より活躍し、室町初期の應永期にかけて栄華を極めました。歴史的背景と由緒の確かさから、今なお刀剣愛好家の心を強く惹きつける存在です。 本作は、元先の幅差が開いて中切先延びやかに、茎は新刀期になってからでしょう。打刀としての斬れ味を求めて伏せられています。小板目肌に杢目が交じり、流れてやや肌立ち、地沸よく付き、地景が入り、淡く映りごころを見せ、刃文は匂口明るい直刃を基調としつつ、物打から先にかけて足が盛んに入り、小乱れを成し、とりわけ指裏に於いては、刃中に葉や足が盛んに現れ、まるで光が揺らめくような華やかな景観を生み出しています。鋩子は直ぐに先丸く返り、古格と気品を兼ね備えた出来映えです。 由緒正しき来派の血脈を受け継ぎ、豊かな働きと古雅な趣を堪能できる一振で、歴史的価値と鑑賞的魅力を兼ね備えた佳品であり、菊水文様を刻した二重はばきからも伝来の良さを感じる、蒐集家に強くお薦めしたい一刀です。

無銘(千代鶴) - Mumei(Chiyozuru) - 2-1788

無銘(千代鶴) - Mumei(Chiyozuru) - 2-1788

¥770,000

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仕様

長さ

72.1 cm

反り

1.6 cm

元幅

3.14 cm

先幅

2.52 cm

流派について

Chiyozuru School千代鶴派

1 重要刀剣

千代鶴派は越前を本拠とした一門である。説示によれば、その祖は来国安に求められる。来国安は生国を山城とし、一説に来国末の孫といい、のちに越前へ移住して千代鶴派の祖となったと伝え、銘鑑はその年代を貞治の頃とする。あわせて越前には来国安の弟子と伝える千代鶴国安なる工があり、これを祖とする伝えもあって、時代を同じく貞治の頃という。いずれにせよ一門は山城の来派を源流に置き、これを越前の地に移したものとして説示は位置づけている。以後この派は室町期まで続き、国安系の守弘が現れる。守弘は同名に複数代があり、銘鑑は初代を応永、二代を嘉吉あるいは文安の頃とし、藤左衛門尉と称した者もあるという。さらに越前敦賀の光行のごとく、一説に越前国行の門と伝える年紀作の工も説示に名を連ねる。 作風は、来派を承けた地刃に越前という地方色が加わる点に特徴がある。鍛えは板目に杢目や流れ肌を交え、総じて肌立ちごころとなり、地沸が厚くつき、地景がしきりに入り、白けごころを帯び、鉄色がやや黒みがかるものがある。刃文は来国安に擬せられる一類では中直刃を基調に小互の目を交え、足が入り、刃縁にほつれ・喰違刃・二重刃が現れ、沸がよくついて匂口が明るい。一方、守弘ら国安系の作では互の目調の乱れ刃となり、丁子ごころや尖りごころの刃を交え、飛焼が入り、棟焼がしきりにかかり、砂流し・金筋がかかって地刃ともによく沸づくものが目立つ。帽子は直ぐごころに小丸となるもの、乱れ込んで掃きかけるもの、焼き詰めるものなど作により変化する。見分けにあたっては、肌立ちと白けごころ、黒みがかる鉄色、帽子に見える野趣ある働きなどが手掛かりとなる。 鑑定では、一見すると山城本国の来国光あたりにも見えるが、注視すれば地刃の出来に一歩を譲り、肌立ちが強く帽子の働きが本国以上に野趣を示すところに、来国安の極めが首肯される、と説示はくり返し述べる。守弘の作は互の目調の乱れ刃で地刃ともによく沸え、来風とは趣を異にするとされ、有銘作が珍重される。代表的な遺例としては、無銘ながら身幅広く大鋒に結ぶ南北朝期の姿を示す来国安極めの刀、互の目調の乱れ刃を焼いた守弘の太刀や年紀ある脇指、越前敦賀の光行の年紀短刀などが説示に挙げられる。現存する作刀は少なく、来派の正系を越前に伝えた一門として位置づけられている。

刀剣商

刀心

shop.nihontou.jp

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