番号:AS26237(委託販売品) 白鞘入り刀(NBTHK 特別保存刀剣) 銘:無銘(千代鶴守弘) (刀剣の格付け:最上作、上々作、上作、普通作) 本作は無銘(千代鶴守弘)と極められた作品の中で、上々作にランクされる名品です。 ハバキ:銅一重、赤銅色仕上げ 長さ:70.7 cm (2.33 尺) 反り:2.3 cm (0.76 寸) 目釘穴:3個 元幅:2.34 cm 先幅:1.95 cm 重ね:0.68 cm 刀身重量:690 グラム 時代:南北朝時代、文和頃(1352年頃) 体配:身幅、重ね共にしっかりとし、反りが深く、大切先となった南北朝期の優美な姿。 地鉄:板目肌良く練れ、肌目がはっきりと現れる。 刃文:沸出来、小足入り、匂口やや深く、帽子は丸く返る。 特徴:千代鶴守弘は千代鶴国安の子で、加賀国に住し、加茂三郎と称されました。 来派の流れを汲む刀工です。本作は優美な反りがあり、地には淡く白気映りが立ち、極めて健全な状態を保っています。南北朝時代の文和(1352年)頃の作です。 歴史背景:南北朝時代、北朝の文和年間(1352-1356年)は、室町幕府最大の内部抗争である「観応の擾乱」の終結や、南朝軍による度重なる京都占領など、全国的な動乱が続いた時期です。 なぜ二つの朝廷が存在したのか。その発端は、後醍醐天皇による天皇親政「建武の新政」に対する武士階級の不満にありました。足利尊氏が京都に新たな天皇(北朝)を擁立した際、後醍醐天皇が奈良の吉野へ逃れ、独自の朝廷(南朝)を樹立したことで、約60年にわたる南北朝の対立が始まりました。




山城伝 · 越前 · 1394-1428頃
刀剣大鑑 上位21%
現在2点販売中
守弘の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
山城伝 · 越前
現在10点販売中
千代鶴派は越前を本拠とした一門である。説示によれば、その祖は来国安に求められる。来国安は生国を山城とし、一説に来国末の孫といい、のちに越前へ移住して千代鶴派の祖となったと伝え、銘鑑はその年代を貞治の頃とする。あわせて越前には来国安の弟子と伝える千代鶴国安なる工があり[[c:1]]、これを祖とする伝えもあって、時代を同じく貞治の頃という。いずれにせよ一門は山城の来派を源流に置き、これを越前の地に移したものとして説示は位置づけている。以後この派は室町期まで続き、国安系の守弘が現れる。守弘は同名に複数代があり、銘鑑は初代を応永、二代を嘉吉あるいは文安の頃とし、藤左衛門尉と称した者もあるという。さらに越前敦賀の光行のごとく[[c:2]]、一説に越前国行の門と伝える年紀作の工も説示に名を連ねる。 作風は、来派を承けた地刃に越前という地方色が加わる点に特徴がある。鍛えは板目に杢目や流れ肌を交え、総じて肌立ちごころとなり、地沸が厚くつき、地景がしきりに入り、白けごころを帯び、鉄色がやや黒みがかるものがある。刃文は来国安に擬せられる一類では中直刃を基調に小互の目を交え、足が入り、刃縁にほつれ・喰違刃・二重刃が現れ、沸がよくついて匂口が明るい。一方、守弘ら国安系の作では互の目調の乱れ刃となり、丁子ごころや尖りごころの刃を交え、飛焼が入り、棟焼がしきりにかかり、砂流し・金筋がかかって地刃ともによく沸づくものが目立つ。帽子は直ぐごころに小丸となるもの、乱れ込んで掃きかけるもの、焼き詰めるものなど作により変化する。見分けにあたっては、肌立ちと白けごころ、黒みがかる鉄色、帽子に見える野趣ある働きなどが手掛かりとなる。 鑑定では、一見すると山城本国の来国光あたりにも見えるが、注視すれば地刃の出来に一歩を譲り、肌立ちが強く帽子の働きが本国以上に野趣を示すところに、来国安の極めが首肯される、と説示はくり返し述べる。守弘の作は互の目調の乱れ刃で地刃ともによく沸え、来風とは趣を異にするとされ、有銘作が珍重される。代表的な遺例としては、無銘ながら身幅広く大鋒に結ぶ南北朝期の姿を示す来国安極めの刀、互の目調の乱れ刃を焼いた守弘の太刀や年紀ある脇指、越前敦賀の光行の年紀短刀などが説示に挙げられる。現存する作刀は少なく、来派の正系を越前に伝えた一門として位置づけられている。
保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイト返品をご希望の場合、お客様が受領されてから3日以内にお知らせください。この期間を過ぎますとキャンセルはお受けできかねますので何卒ご了承ください。なお当社へのご返送は、5営業日以内の発送をお願いしております。なおキャンセルは販売した当時の状態がそのまま保持されている事が条件となりますのでお取り扱いには十分ご注意下さい。
番号:AS26237(委託販売品) 白鞘入り刀(NBTHK 特別保存刀剣) 銘:無銘(千代鶴守弘) (刀剣の格付け:最上作、上々作、上作、普通作) 本作は無銘(千代鶴守弘)と極められた作品の中で、上々作にランクされる名品です。 ハバキ:銅一重、赤銅色仕上げ 長さ:70.7 cm (2.33 尺) 反り:2.3 cm (0.76 寸) 目釘穴:3個 元幅:2.34 cm 先幅:1.95 cm 重ね:0.68 cm 刀身重量:690 グラム 時代:南北朝時代、文和頃(1352年頃) 体配:身幅、重ね共にしっかりとし、反りが深く、大切先となった南北朝期の優美な姿。 地鉄:板目肌良く練れ、肌目がはっきりと現れる。 刃文:沸出来、小足入り、匂口やや深く、帽子は丸く返る。 特徴:千代鶴守弘は千代鶴国安の子で、加賀国に住し、加茂三郎と称されました。 来派の流れを汲む刀工です。本作は優美な反りがあり、地には淡く白気映りが立ち、極めて健全な状態を保っています。南北朝時代の文和(1352年)頃の作です。 歴史背景:南北朝時代、北朝の文和年間(1352-1356年)は、室町幕府最大の内部抗争である「観応の擾乱」の終結や、南朝軍による度重なる京都占領など、全国的な動乱が続いた時期です。 なぜ二つの朝廷が存在したのか。その発端は、後醍醐天皇による天皇親政「建武の新政」に対する武士階級の不満にありました。足利尊氏が京都に新たな天皇(北朝)を擁立した際、後醍醐天皇が奈良の吉野へ逃れ、独自の朝廷(南朝)を樹立したことで、約60年にわたる南北朝の対立が始まりました。




山城伝 · 越前 · 1394-1428頃
刀剣大鑑 上位21%
現在2点販売中
守弘の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
山城伝 · 越前
現在10点販売中
千代鶴派は越前を本拠とした一門である。説示によれば、その祖は来国安に求められる。来国安は生国を山城とし、一説に来国末の孫といい、のちに越前へ移住して千代鶴派の祖となったと伝え、銘鑑はその年代を貞治の頃とする。あわせて越前には来国安の弟子と伝える千代鶴国安なる工があり[[c:1]]、これを祖とする伝えもあって、時代を同じく貞治の頃という。いずれにせよ一門は山城の来派を源流に置き、これを越前の地に移したものとして説示は位置づけている。以後この派は室町期まで続き、国安系の守弘が現れる。守弘は同名に複数代があり、銘鑑は初代を応永、二代を嘉吉あるいは文安の頃とし、藤左衛門尉と称した者もあるという。さらに越前敦賀の光行のごとく[[c:2]]、一説に越前国行の門と伝える年紀作の工も説示に名を連ねる。 作風は、来派を承けた地刃に越前という地方色が加わる点に特徴がある。鍛えは板目に杢目や流れ肌を交え、総じて肌立ちごころとなり、地沸が厚くつき、地景がしきりに入り、白けごころを帯び、鉄色がやや黒みがかるものがある。刃文は来国安に擬せられる一類では中直刃を基調に小互の目を交え、足が入り、刃縁にほつれ・喰違刃・二重刃が現れ、沸がよくついて匂口が明るい。一方、守弘ら国安系の作では互の目調の乱れ刃となり、丁子ごころや尖りごころの刃を交え、飛焼が入り、棟焼がしきりにかかり、砂流し・金筋がかかって地刃ともによく沸づくものが目立つ。帽子は直ぐごころに小丸となるもの、乱れ込んで掃きかけるもの、焼き詰めるものなど作により変化する。見分けにあたっては、肌立ちと白けごころ、黒みがかる鉄色、帽子に見える野趣ある働きなどが手掛かりとなる。 鑑定では、一見すると山城本国の来国光あたりにも見えるが、注視すれば地刃の出来に一歩を譲り、肌立ちが強く帽子の働きが本国以上に野趣を示すところに、来国安の極めが首肯される、と説示はくり返し述べる。守弘の作は互の目調の乱れ刃で地刃ともによく沸え、来風とは趣を異にするとされ、有銘作が珍重される。代表的な遺例としては、無銘ながら身幅広く大鋒に結ぶ南北朝期の姿を示す来国安極めの刀、互の目調の乱れ刃を焼いた守弘の太刀や年紀ある脇指、越前敦賀の光行の年紀短刀などが説示に挙げられる。現存する作刀は少なく、来派の正系を越前に伝えた一門として位置づけられている。
保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイト返品をご希望の場合、お客様が受領されてから3日以内にお知らせください。この期間を過ぎますとキャンセルはお受けできかねますので何卒ご了承ください。なお当社へのご返送は、5営業日以内の発送をお願いしております。なおキャンセルは販売した当時の状態がそのまま保持されている事が条件となりますのでお取り扱いには十分ご注意下さい。