重量刀身のみ703gr 出ました出ました古いお家代々山城来国光の刀として伝わってきた刀が出ました。しかし今回の保存刀剣の審査では同じ時代の南北朝応安頃の(1368年)(658年前)山城来国行の系統の無銘千代鶴の刀に鑑定されています。本刀が製作された時は日本では金閣寺を建立した足利義満が元服し将軍として本格的に政治の表舞台に立ち始めた時、ヨーロッパではエドワード英国王の重税に反発したガスコーニュ諸侯がフランス王シャルル5世に訴えた事により折角終わりかけていた百年戦争が再開となるきっかけとなった658年前頃の古い古い刀です。本刀の千代鶴派の元は山城来国安が越前に移住したと言われています。本刀の元は2尺6寸あった長い太刀を後世の武士が自分の差料にどうしても本刀をしたくて自分の剣法に合わせて短くした為に無銘になった刀です、元重やや厚く先重ねもやや厚く元身幅と先身幅の差の有る切っ先がやや延びたやや反りの有る今でもずしりと重い健全な南北朝期の刀姿を現し、地金は小板目肌良く詰み彫りは棒樋に添え樋を彫って上手です。刃紋は匂い出来に小沸の付いた山城来派の直ぐ調の刃に互の目刃や蕨手丁子刃を交えている為古来より山城来国光の刀と伝へられたのでしょう。この度古いお家の方より来国光の名刀として伝わった刀ですが、今回の審査で来派の系統の千代鶴の刀となっていますが自分達も年を取りましたので大切にして頂ける方にお安くお譲り下さいとお預かりした為に、研げば名刀になりますが今は経年変化の薄錆も有りますので特別に格安価格にてご提供いたします来国光として伝えられた名刀を是非お楽しみ下さいませ。
重量刀身のみ703gr 出ました出ました古いお家代々山城来国光の刀として伝わってきた刀が出ました。しかし今回の保存刀剣の審査では同じ時代の南北朝応安頃の(1368年)(658年前)山城来国行の系統の無銘千代鶴の刀に鑑定されています。本刀が製作された時は日本では金閣寺を建立した足利義満が元服し将軍として本格的に政治の表舞台に立ち始めた時、ヨーロッパではエドワード英国王の重税に反発したガスコーニュ諸侯がフランス王シャルル5世に訴えた事により折角終わりかけていた百年戦争が再開となるきっかけとなった658年前頃の古い古い刀です。本刀の千代鶴派の元は山城来国安が越前に移住したと言われています。本刀の元は2尺6寸あった長い太刀を後世の武士が自分の差料にどうしても本刀をしたくて自分の剣法に合わせて短くした為に無銘になった刀です、元重やや厚く先重ねもやや厚く元身幅と先身幅の差の有る切っ先がやや延びたやや反りの有る今でもずしりと重い健全な南北朝期の刀姿を現し、地金は小板目肌良く詰み彫りは棒樋に添え樋を彫って上手です。刃紋は匂い出来に小沸の付いた山城来派の直ぐ調の刃に互の目刃や蕨手丁子刃を交えている為古来より山城来国光の刀と伝へられたのでしょう。この度古いお家の方より来国光の名刀として伝わった刀ですが、今回の審査で来派の系統の千代鶴の刀となっていますが自分達も年を取りましたので大切にして頂ける方にお安くお譲り下さいとお預かりした為に、研げば名刀になりますが今は経年変化の薄錆も有りますので特別に格安価格にてご提供いたします来国光として伝えられた名刀を是非お楽しみ下さいませ。