サイトへ移動 商品番号 UJKA123 – カタログ 24 – 売約済 大道(だいどう) 刀 本作は、歴史の重みを感じさせる一振りです。銘には「大道」と力強い二字銘が刻まれています。この長寸の刀は、激動の安土桃山時代、すなわち江戸の泰平へと続く三十年間の転換期に鍛えられました。この刀工は「源陸奥守大道」とも銘じますが、一説には京都三品派の祖である関兼道と同一人物であるという有力な説があります。慶長八年(1603年)、天皇より「大」の字を賜り、兼道から大道へと改名したと伝えられています。 刃長は二尺四寸五分(74.5cm)、生茎(うぶなかご)で、反りは1.2cmとこの時代特有の姿を呈しています。刃文は、焼出しが互の目(ぐのめ)で始まり、そこから天に向かって伸びるような見事な直刃へと繋がります。このハバキ元に見られる特徴的な焼き上がりは「腰刃」あるいは「美濃の焼出し」と呼ばれ、美濃伝の大きな特徴の一つです。地肌は板目に木目が交じり、鎬地にははっきりとした流れ肌(柾目)が現れ、非常に働きに富んでいます。 棟(むね)には数箇所の「切り込み」が残されており、実戦で相手の太刀を受けた際の誉れ傷として尊ばれています。研師はこれらの傷を歴史の証としてあえて残します。本作は20世紀に丁寧な研ぎが施されており、地鉄は強く、刃文も鮮明で極めて健全な状態を保っています。 藤代義雄氏の『日本新刀辞典』において、大道は「上作」に列せられています。また、昭和36年(1961年)発行の日本美術刀剣保存協会(NBTHK)による特別貴重刀剣認定書が付属し、白鞘には元NBTHK理事・佐藤貫山博士による昭和30年代の鞘書きが記されています。 商品番号 UJKA123 種別 刀 刀工 大道(だいどう) 銘 大道(二字銘) 流派 三品派 / 美濃伝 国 美濃(岐阜県) 時代 新刀 - 桃山時代(慶長期:1596-1615年) 長さ(長狭) 74.5cm 反り 1.2cm 元幅 2.8cm

美濃伝 · 美濃 · 1573-1592頃
刀剣大鑑 上位31%
現在2点販売中
大道の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
在銘年紀作が示す、確実に活動していた年代
美濃伝 · 美濃
現在144点販売中
美濃国の関は、南北朝より室町、新刀期に至るまで日本刀の一大生産地として栄えた鍛冶の地である。その源流は二つに発し、説明書は金重と志津兼氏とを並べて美濃鍛冶の祖とする。金重は『古今銘尽』に法名道阿、越前敦賀の住人と伝えられ、敦賀より関へ越えて住したといい、相州正宗十哲の一に数えられて、沸の厚い穏やかな手を美濃の地鉄に持ち込んだ。兼氏に発する志津の系は、尖り互の目に走る乱調をもって、いま一つの根をなす。この二流が南北朝の美濃伝を形づくり、金行のごとく金重に続く工、室町に入って善定派の兼吉のように大和手掻の血を関に運んだ工が加わって、流れは広がった。室町後期には兼元・兼定の二名を頂点とする末関の隆盛を迎え、孫六兼元の名と和泉守兼定の受領とが、地方の量産地にとどまらぬ関の格を世に示した。大和と相州の二つの源流に、備前を意識した白け映りの地が結ばれて、美濃伝という一個の伝法が立ったのである。 関物を貫くのは、工と系統の差を越えて繰り返される美濃の共通語法である。地鉄は板目に柾を交えてしばしば肌立ち、刃寄りに柾がかり、鎬地は柾に流れる。その地に立つ映りは備前の明るい乱れ映りではなく、淡く白ける美濃鉄の靄のような白け映りで、説明書はこれを終始、備前と作を分かつ見どころとして掲げる。刃文は互の目を主調に尖り刃を交え、兼元にあっては整然と並ぶ尖り刃の三本杉となり、兼定や兼之にあっては頭の丸い互の目とのたれを交えて変化に富む。沸は乾いて締まり、匂口は冴え、足入り、砂流し・細かな金筋が刃中を走る。帽子は乱れ込んで先尖りごころとなり、あるいは丸く地蔵風に返る。これらは関の背骨をなす型であって、工により濃淡を異にする。金重・金行の手は穏やかで地が肌立ち、善定兼吉は大和の血を負って締った直刃と柾がかる板目を見せ、末関の氏房は大らかなのたれに尖り刃を折り込み、兼房は頭の丸い互の目の兼房乱れを得意とする。同じ語法のうちに、それぞれの工の手が読み分けられる。 収集家が関物を求めるのは、その鑑定が手応えを伴う一個の眼の修練だからである。映りが白く沸が乾いて締まる美濃の地刃は、備前の華やかな映りとも、山城の長く澄んだ直刃とも異なり、これを見分けることが関を識る勘所となる。主要工の格は説明書の評にそのまま現れる。孫六兼元は三本杉の創始者として名を成し、和泉守兼定すなわちノサダは、白ける板目に焼いた賑やかな美濃の刃と来国俊風の細直刃の双方を能くして、古刀期に珍しい受領を許され、刀剣書が「すぐれたる上手」と評する当代第一の手とされる。兼之は末関中最もよく練れた鍛えを見せて作域広く、永正・大永のノサダとして賞玩が厚い。これらの名は将軍家・大名家の伝来を負い、ノサダの太刀には武田信虎のために打たれた一口があり、菊花紋を切った刀は皇室との関わりを示し、徳川将軍家への献上を経た金重の短刀も伝わる。末関の氏房一門は清須・名古屋へ移って尾張新刀三祖の一を生み、古い美濃の手が新たな伝統へ移る蝶番に立った。切れ味をもって武用に応えた量産の地でありながら、孫六兼元らの最上手の作は美術的価値においても高く評され、その白け映りと乾いた沸の手を識ることが、美濃伝いかに始まり継がれたかを語る証となる。
本作はNBTHKの旧鑑定書(貴重・特別貴重)を有しますが、これらは現在発行されておらず、信頼性に欠けるとされています。極めを確認するには、公的な鑑定機関(NBTHK・NTHKなど)への再提出による現代の鑑定をご検討いただけます。
All swords come with a three-day inspection period beginning from the date of delivery. If not satisfied, the sword may be returned within this period for a full refund of the purchase price. Outside of this period, all sales are final. Swords purchased on a layaway payment plan are not eligible for the three-day inspection period.
サイトへ移動 商品番号 UJKA123 – カタログ 24 – 売約済 大道(だいどう) 刀 本作は、歴史の重みを感じさせる一振りです。銘には「大道」と力強い二字銘が刻まれています。この長寸の刀は、激動の安土桃山時代、すなわち江戸の泰平へと続く三十年間の転換期に鍛えられました。この刀工は「源陸奥守大道」とも銘じますが、一説には京都三品派の祖である関兼道と同一人物であるという有力な説があります。慶長八年(1603年)、天皇より「大」の字を賜り、兼道から大道へと改名したと伝えられています。 刃長は二尺四寸五分(74.5cm)、生茎(うぶなかご)で、反りは1.2cmとこの時代特有の姿を呈しています。刃文は、焼出しが互の目(ぐのめ)で始まり、そこから天に向かって伸びるような見事な直刃へと繋がります。このハバキ元に見られる特徴的な焼き上がりは「腰刃」あるいは「美濃の焼出し」と呼ばれ、美濃伝の大きな特徴の一つです。地肌は板目に木目が交じり、鎬地にははっきりとした流れ肌(柾目)が現れ、非常に働きに富んでいます。 棟(むね)には数箇所の「切り込み」が残されており、実戦で相手の太刀を受けた際の誉れ傷として尊ばれています。研師はこれらの傷を歴史の証としてあえて残します。本作は20世紀に丁寧な研ぎが施されており、地鉄は強く、刃文も鮮明で極めて健全な状態を保っています。 藤代義雄氏の『日本新刀辞典』において、大道は「上作」に列せられています。また、昭和36年(1961年)発行の日本美術刀剣保存協会(NBTHK)による特別貴重刀剣認定書が付属し、白鞘には元NBTHK理事・佐藤貫山博士による昭和30年代の鞘書きが記されています。 商品番号 UJKA123 種別 刀 刀工 大道(だいどう) 銘 大道(二字銘) 流派 三品派 / 美濃伝 国 美濃(岐阜県) 時代 新刀 - 桃山時代(慶長期:1596-1615年) 長さ(長狭) 74.5cm 反り 1.2cm 元幅 2.8cm

美濃伝 · 美濃 · 1573-1592頃
刀剣大鑑 上位31%
現在2点販売中
大道の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
在銘年紀作が示す、確実に活動していた年代
美濃伝 · 美濃
現在144点販売中
美濃国の関は、南北朝より室町、新刀期に至るまで日本刀の一大生産地として栄えた鍛冶の地である。その源流は二つに発し、説明書は金重と志津兼氏とを並べて美濃鍛冶の祖とする。金重は『古今銘尽』に法名道阿、越前敦賀の住人と伝えられ、敦賀より関へ越えて住したといい、相州正宗十哲の一に数えられて、沸の厚い穏やかな手を美濃の地鉄に持ち込んだ。兼氏に発する志津の系は、尖り互の目に走る乱調をもって、いま一つの根をなす。この二流が南北朝の美濃伝を形づくり、金行のごとく金重に続く工、室町に入って善定派の兼吉のように大和手掻の血を関に運んだ工が加わって、流れは広がった。室町後期には兼元・兼定の二名を頂点とする末関の隆盛を迎え、孫六兼元の名と和泉守兼定の受領とが、地方の量産地にとどまらぬ関の格を世に示した。大和と相州の二つの源流に、備前を意識した白け映りの地が結ばれて、美濃伝という一個の伝法が立ったのである。 関物を貫くのは、工と系統の差を越えて繰り返される美濃の共通語法である。地鉄は板目に柾を交えてしばしば肌立ち、刃寄りに柾がかり、鎬地は柾に流れる。その地に立つ映りは備前の明るい乱れ映りではなく、淡く白ける美濃鉄の靄のような白け映りで、説明書はこれを終始、備前と作を分かつ見どころとして掲げる。刃文は互の目を主調に尖り刃を交え、兼元にあっては整然と並ぶ尖り刃の三本杉となり、兼定や兼之にあっては頭の丸い互の目とのたれを交えて変化に富む。沸は乾いて締まり、匂口は冴え、足入り、砂流し・細かな金筋が刃中を走る。帽子は乱れ込んで先尖りごころとなり、あるいは丸く地蔵風に返る。これらは関の背骨をなす型であって、工により濃淡を異にする。金重・金行の手は穏やかで地が肌立ち、善定兼吉は大和の血を負って締った直刃と柾がかる板目を見せ、末関の氏房は大らかなのたれに尖り刃を折り込み、兼房は頭の丸い互の目の兼房乱れを得意とする。同じ語法のうちに、それぞれの工の手が読み分けられる。 収集家が関物を求めるのは、その鑑定が手応えを伴う一個の眼の修練だからである。映りが白く沸が乾いて締まる美濃の地刃は、備前の華やかな映りとも、山城の長く澄んだ直刃とも異なり、これを見分けることが関を識る勘所となる。主要工の格は説明書の評にそのまま現れる。孫六兼元は三本杉の創始者として名を成し、和泉守兼定すなわちノサダは、白ける板目に焼いた賑やかな美濃の刃と来国俊風の細直刃の双方を能くして、古刀期に珍しい受領を許され、刀剣書が「すぐれたる上手」と評する当代第一の手とされる。兼之は末関中最もよく練れた鍛えを見せて作域広く、永正・大永のノサダとして賞玩が厚い。これらの名は将軍家・大名家の伝来を負い、ノサダの太刀には武田信虎のために打たれた一口があり、菊花紋を切った刀は皇室との関わりを示し、徳川将軍家への献上を経た金重の短刀も伝わる。末関の氏房一門は清須・名古屋へ移って尾張新刀三祖の一を生み、古い美濃の手が新たな伝統へ移る蝶番に立った。切れ味をもって武用に応えた量産の地でありながら、孫六兼元らの最上手の作は美術的価値においても高く評され、その白け映りと乾いた沸の手を識ることが、美濃伝いかに始まり継がれたかを語る証となる。
本作はNBTHKの旧鑑定書(貴重・特別貴重)を有しますが、これらは現在発行されておらず、信頼性に欠けるとされています。極めを確認するには、公的な鑑定機関(NBTHK・NTHKなど)への再提出による現代の鑑定をご検討いただけます。
All swords come with a three-day inspection period beginning from the date of delivery. If not satisfied, the sword may be returned within this period for a full refund of the purchase price. Outside of this period, all sales are final. Swords purchased on a layaway payment plan are not eligible for the three-day inspection period.