戦国の関は一つの産業であった。春日神社を氏神と仰ぐ鍛冶たちが、中部日本の軍勢を武装させた。孫六兼元の三本杉と之定の最上作は、量産の町に第一級の技が息づいていたことの証である。
大道 陸奥守大道作 Darcy Brockbankによる:これは並外れた刀であり、おそらく現存する大道の短刀の中で最高のものでしょう。大道の重要刀剣は合計で4-6振しか存在しないため、当然ながら、これは間違いなく現存する大道の刀のトップ4-6振のうちの1つです。志津風のスタイルで鍛えられています。 大道の元の名は兼道でした。彼は正親町天皇(1517-1593)のために刀を鍛えました。天皇は非常に感銘を受け、兼道に自身の名から「大」の字を贈りました。この時、彼は名を大兼道、後に大道へと改めました。 大道の息子たちは伊賀守金道、越中守正俊、丹波守吉道であり、彼は実質的に三品派を生み出しました。 本間博士による鞘書は、以下の通り訳されます: 表面: 陸奥守大道 = 銘 上々 刃長九寸八分半有之 = 9寸8分より少し長い 裏面: 昭和辛亥歳秋 = 1971年の秋(鞘書が書かれた日付) 薫山記(花押) = 薫山による執筆 以下の重要刀剣の解説文では、大道が左右対称の刃文を焼いたことから、その作品を村正と比較しています。解説文の説明を参照してください。 重要刀剣翻訳: 大道 1973年3月1日に開催された第21回重要刀剣審査における重要刀剣 短刀、銘:陸奥守大道作 - 「陸奥守大道がこれを作る」 東京、小野博 寸法 長さ 30.0 cm、反り 0.25 cm、元幅 2.55 cm、茎長さ 9.0 cm、茎反りなし 形状 形状:平造、庵棟、身幅広く、寸延びごころ、反り僅かにつく 帽子:乱れ込み、小丸返り、掃き掛け 解説 これは陸奥守大道の作品である。大道は室町時代末期の美濃国の関を拠点とした工で、兼道とも名乗った。大道はのたれを主とし、伊勢の村正と同様に、刀身の両側で対称となる刃文を焼いた。この短刀はそのような対称な刃文の一例であり、出来は極めて優れている。 この刀は本間博士の著書『寒山日々抄』に掲載されています。1983年発行の原本290頁に確認できます。また、Seskoによる書籍および電子版のVol. 1、434-435頁にも掲載されています。 『寒山日々抄』翻訳: 大道 短刀、銘:陸奥守大道作 - 「陸奥守大道がこれを作る」 長さ 29.8 cm、目釘孔二個、身幅広く、庵棟、重ね比較的薄く、反り浅い。鍛えは詰んだ板目に流れが交じり、細かな地沸がつく。刃文は大のたれに小互の目、金筋、砂流しが頻りにかかる沸出来。帽子は広く小丸に返り、表面は沸が強く火焔ごころとなり、両面に掃き掛けと金筋が入る。両面に刀樋が彫られ、茎に掻き流しとなる。これはこの工の傑作であり、一見すると直江志津の作のように見える。(研師・小野博氏のために書かれた鞘書には、長く珍重すべきであるとの意が添えられている。) Markus Sesko著『Swordsmiths of Japan』より: 大道、初代、天正(1573-1592)、美濃 - 「兼道」、「大兼道」、「源陸奥守大道作」、「陸奥守大道作」、室屋派、伝承によれば大知の孫、最初は兼道と銘じ関で活動したと言われ、永禄12年(1569年)に正親町天皇(1517-1593)のために刀を製作し、その際天皇より「大」の字と陸奥守の受領名を賜り、以後大兼道(「偉大なる兼道」の意)と称した。大兼道はやがて大道となった(「道」の音読みが「do」である)。また、大道は三品兼道と同一人物であるという説も存在するが、この問題はまだ確定していない。両工の作風の類似から、おそらく兄弟か父子であったとも推測されている。「大兼道」のような「混成銘」は永禄12年(1569年)から天正元年(1573年)の間に見られる。彼は後に岐阜へ移った。大道は末関派の数少ない卓越した名工の一人であった。彼の作品は非常に幅広い解釈を示しており、例えば備前伝や大和伝でも製作している。前者の作品は小板目に杢目が交じり丁子乱れに乱れ映りが立ち、後者は整った真面目に直刃を焼き保昌派を彷彿とさせる。美濃伝の作品は、飛び焼の交じる匂口の締まった互の目乱れ、拳形乱れ、あるいは志津派を彷彿とさせる大振りで沸の強い互の目乱れを見せる。上作。
美濃国陸奥守大道の作である。大道は室町末期の関鍛冶で兼道と共に知られる一人である。その作風はのたれの 刃文を得意としており、中には伊勢の村正に似て表裏の刃文を揃えて焼いたものもある。この短刀も表裏の刃文が揃 い出来のよいものである。









































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美濃国陸奥守大道の作である。大道は室町末期の関鍛冶で兼道と共に知られる一人である。その作風はのたれの刃文を得意としており、中には伊勢の村正に似て表裏の刃文を揃えて焼いたものもある。この短刀も表裏の刃文が揃い出来のよいものである。
美濃伝 · 美濃 · 1573-1592頃
現在2点販売中
大道の位置づけを、日本刀全体および伝法・時代・時期ごとに示します。各区分(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
在銘年紀作が示す、確実に活動していた年代
美濃伝 · 美濃
現在129点販売中
美濃国の関は、南北朝より室町、新刀期に至るまで日本刀の一大生産地として栄えた鍛冶の地である。その源流は二つに発し、説明書は金重と志津兼氏とを並べて美濃鍛冶の祖とする。金重は『古今銘尽』に法名道阿、越前敦賀の住人と伝えられ、敦賀より関へ越えて住したといい、相州正宗十哲の一に数えられて、沸の厚い穏やかな手を美濃の地鉄に持ち込んだ。兼氏に発する志津の系は、尖り互の目に走る乱調をもって、いま一つの根をなす。この二流が南北朝の美濃伝を形づくり、金行のごとく金重に続く工、室町に入って善定派の兼吉のように大和手掻の血を関に運んだ工が加わって、流れは広がった。室町後期には兼元・兼定の二名を頂点とする末関の隆盛を迎え、孫六兼元の名と和泉守兼定の受領とが、地方の量産地にとどまらぬ関の格を世に示した。大和と相州の二つの源流に、備前を意識した白け映りの地が結ばれて、美濃伝という一個の伝法が立ったのである。 関物を貫くのは、工と系統の差を越えて繰り返される美濃の共通語法である。地鉄は板目に柾を交えてしばしば肌立ち、刃寄りに柾がかり、鎬地は柾に流れる。その地に立つ映りは備前の明るい乱れ映りではなく、淡く白ける美濃鉄の靄のような白け映りで、説明書はこれを終始、備前と作を分かつ見どころとして掲げる。刃文は互の目を主調に尖り刃を交え、兼元にあっては整然と並ぶ尖り刃の三本杉となり、兼定や兼之にあっては頭の丸い互の目とのたれを交えて変化に富む。沸は乾いて締まり、匂口は冴え、足入り、砂流し・細かな金筋が刃中を走る。帽子は乱れ込んで先尖りごころとなり、あるいは丸く地蔵風に返る。これらは関の背骨をなす型であって、工により濃淡を異にする。金重・金行の手は穏やかで地が肌立ち、善定兼吉は大和の血を負って締った直刃と柾がかる板目を見せ、末関の氏房は大らかなのたれに尖り刃を折り込み、兼房は頭の丸い互の目の兼房乱れを得意とする。同じ語法のうちに、それぞれの工の手が読み分けられる。 収集家が関物を求めるのは、その鑑定が手応えを伴う一個の眼の修練だからである。映りが白く沸が乾いて締まる美濃の地刃は、備前の華やかな映りとも、山城の長く澄んだ直刃とも異なり、これを見分けることが関を識る勘所となる。主要工の格は説明書の評にそのまま現れる。孫六兼元は三本杉の創始者として名を成し、和泉守兼定すなわちノサダは、白ける板目に焼いた賑やかな美濃の刃と来国俊風の細直刃の双方を能くして、古刀期に珍しい受領を許され、刀剣書が「すぐれたる上手」と評する当代第一の手とされる。兼之は末関中最もよく練れた鍛えを見せて作域広く、永正・大永のノサダとして賞玩が厚い。これらの名は将軍家・大名家の伝来を負い、ノサダの太刀には武田信虎のために打たれた一口があり、菊花紋を切った刀は皇室との関わりを示し、徳川将軍家への献上を経た金重の短刀も伝わる。末関の氏房一門は清須・名古屋へ移って尾張新刀三祖の一を生み、古い美濃の手が新たな伝統へ移る蝶番に立った。切れ味をもって武用に応えた量産の地でありながら、孫六兼元らの最上手の作は美術的価値においても高く評され、その白け映りと乾いた沸の手を識ることが、美濃伝いかに始まり継がれたかを語る証となる。 詳しく見る →
室町時代の美濃
戦国の関は一つの産業であった。春日神社を氏神と仰ぐ鍛冶たちが、中部日本の軍勢を武装させた。孫六兼元の三本杉と之定の最上作は、量産の町に第一級の技が息づいていたことの証である。
特別保存刀剣の中から、特に出来が優れ、国認定の重要美術品に準ずると判断された名品です。年に一度の重要刀剣審査で選ばれます。
極めて選別的で、日本に登録された約250万口の刀剣のうち、重要刀剣に達したものは12,348口(約202口に1口)にすぎません。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
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