1800年前後、水心子正秀は著述をもって、鍛刀は古作の法に立ち返るべしと説いた。復古刀の運動である。最大の後継者直胤は、数百年絶えていた備前伝と相州伝を確信をもって再現した。
Hozon Token Shinshinto Mumei Keishinsai Naomasa with Koshirae. 幕末、相馬中村藩の名工、慶心斎直正の作品。 本作は古刀を写した物で、凄い刃を焼いています。 刀身は71.7cmで研ぎ上がり状態、柄巻も新品、鑑賞のみならず居合にも最適です。 A work by Keishinsai Naomasa, a renowned swordsmith of the Soma-Nakamura domain in the late Edo period. This piece is an utsushi (reproduction) of a kotō, featuring an outstanding hamon. The blade measures 71.7 cm, is in freshly polished condition, and the tsuka-maki is newly done. It is ideal not only for appreciation but also for Iaido. 「刀姿 sword figure」 鎬造り庵棟、身幅重尋常、鳥居反り中鋒。茎は磨り揚げられ切鑢がかかる、茎尻は一文字に切られる。 「地鉄 jigane」 地鉄は板目肌が流れ柾となり、地沸付く。 「刃紋 hamon」 刃紋は沸出来の互の目乱れ、刃縁沸が付き砂流しかかり、刃中は金筋が栄んに働く。釯子は乱れ込み小丸に返る。 「特徴 detailed」 慶心斎直正、江戸時代末の相馬中村藩の藩工、大慶直胤の門、銘は「中村臣慶心斎直正作之」「宮崎越前守直正作之」等と切る。 明治12年11月24日没。 本作は、元々薄錆が多く地刃が曇っていたので研ぎ直したところ、見事な地鉄と金筋が栄んに入った素晴らしい刀身が蘇えりました。これは、もしかしたら相州伝上位の磨り揚げ物かと思い。 日本美術刀剣保存協会の審査に出したのですが、結果は「無銘 慶心斎直正」に極められました。想像するに古刀の写しを狙って作った物でしょう。 しかし慶心斎直正の技術は凄く、ここまで古刀を写せるのかと感服しました。 刀身は4月に研ぎ上がったばかり、柄巻は5月に巻替えたばかりの新品です。長さも2尺3寸7分あり、反り頃合い、バランスも良く鑑賞のみならず、居合にも最適です。 なおNBTHKの鑑定書は到着次第、発送します Keishinsai Naomasa was the official swordsmith of the Soma-Nakamura domain in the late Edo period and a disciple of Taikei Naotane. He signed his works as “Nakamura Shin Keishinsai Naomasa Saku Kore” and “Miyazaki Echizen no Kami Naomasa Saku Kore,” among others. He passed away on November 24, 1879 (Meiji 12). This piece originally had heavy surface rust and the jihada and hamon were obscured, but after being polished, a magnificent blade was revealed, displaying beautifully forged steel and abundant kin-suji activity. At first glance, it appeared to me that it might have been a suriage work from the upper-level Sōshū tradition. I submitted it to the NBTHK (Society for the Preservation of the Japanese Art Sword) for appraisal, and the result was attribution as “Mumei – Keishinsai Naomasa.” It is likely that this blade was made as an intentional utsushi (reproduction) of a kotō. The skill of Keishinsai Naomasa is truly remarkable, to the point that I was deeply impressed at how faithfully he could replicate the work of the old masters. The blade was freshly polished in April, and the tsuka-maki was rewrapped in May, so both are like new. With a length of 2 shaku 3 sun 7 bu, an elegant curvature, and excellent balance, this sword is not only ideal for appreciation but also highly suitable for Iaido practice. The NBTHK certificate of authenticity will be shipped as soon as it arrives. 「拵 Koshirae」 ハバキ(habaki) :銀無垢一重の腰祐乗。 鍔(tsuba) :鉄地丸形雲形影透かし。 縁頭(futikasira):赤銅魚子地金象嵌花鳥風月の図。 目貫(menuki) :赤銅地金色絵藤の図。 柄(tsuka) :鮫は親粒が付く。柄巻は正絹黒の諸撮み巻。 鞘(saya) :黒呂。 「刀剣の状態 condition of blade」 研:4月に研ぎ上げたばかりです。 傷:欠点に成るような傷は有りません。



















新々刀 · 陸奥 · 1864-1865頃
刀剣大鑑 上位95%
現在3点販売中
新々刀 · 武蔵
現在69点販売中
水心子正秀派は、十八世紀末から十九世紀初頭の江戸に興り、刀はすべて鎌倉の昔に復すべしとする復古刀運動を中核に据えた新々刀の一門である。開祖水心子正秀は、寛延三年に出羽国赤湯に川部儀八郎として生まれ[[c:1]]、武州下原の鍛冶吉英に学んだのち山形秋元家に仕え、のちに江戸浜町に移って約五十年に及ぶ作刀生活を送り、文政八年に七十六歳で歿した。彼は新々刀の祖と称され、古作の伝法を意図して甦らせることを唱えてその理論を世に広めたが、説明書は正秀自身の才のありかをむしろ壮年までの大坂写しに見いだす。この一門の物語で最も重きをなすのは、彼が江戸に糾合し育てた門人たちであろう。復古刀論を実地に示した第一の門人大慶直胤、二代正義細川守秀がその直下に立ち、さらに直胤の門から養子となった次郎太郎直勝、直胤の女婿と伝える水心子正次、正義の嫡子正守、米沢上杉家に仕えた長運斎綱俊、水戸藩工直江助政が連なって、出羽・江戸を中心に各藩へと広がった。 この一門を貫く共通の語法は、古刀各伝の意図的な復興にある。よく約んだ無地風に近い小板目に地沸を厚くつけ、その地の上に相州伝ののたれ・互の目、あるいは備前伝の丁子・互の目を焼くのが基調で、技術論的かつ教導的な性格がこれを支える。正秀の典型は津田助広に私淑した大坂写しの濤瀾乱れと井上真改風の広直刃にあり、地へこぼれる黒味がちの荒い沸が終始の手癖をなした。これに対して門人たちは古備前への遡りをいっそう深め、新々刀には本来失われた映りを意図して甦らせた。直胤はよくつんだ小板目に乱れ映りを鮮明に立て、後期長船の逆がかりを示す丁子乱れを焼いてこれを得意とし、説明書はその丁子乱れの巧みさを新々刀第一と評する。直勝は兼光に範をとった片落ち互の目を主体に、直胤よりも豪壮な姿と低く静かな焼きで古調を醸し、正次と正守はともに直胤・正義の二伝を忠実に承けて相州伝と備前伝を均しく再現し、綱俊は丁子に互の目を交えた備前伝を主調とした。一方で正秀みずからの備前伝・相州伝は終始焼刃が浅く荒い沸を交え、説明書はその技が門人直胤に及ばないと明記する。差異は資料の支持する範囲で明瞭で、直胤の備前・相州の両伝、直勝の長船写しに見る逆がかりと大杢目、助政の真改風直刃に偏した作域がそれぞれを分かつ。 鑑定の勘所は、まずこの意図的な映りと逆がかりに置かれる。明るい乱れ映りと角互の目を伴う逆がかりの丁子は、映りも逆がかりも持たぬ一般の新々刀から備前伝を分かち、相州伝は独特の渦巻肌と叢づき縞がかる沸の働きによって示される。位列としては正秀を上々作、直胤を最上作の在銘の大名跡とし、正義に次ぐ正守、綱俊、助政らがこれに続く。この一門は在銘・有年紀の作を数多く遺したため、その鑑定の問題は極めの難ではなくむしろ系統内の位置にあり、年ごとに変化する銘がその発展を正確に辿らせる。伝来は真田家伝来の大小や本間による御物台帳に所載の御太刀の副作、各藩工としての藩命作にうかがわれ、正秀が向き直らせた江戸の作刀は直胤を介して直勝・正次らへ受け継がれ、兼光・景光をねらった長船復古として幕末の十九世紀作刀に広く及んだ。 詳しく見る →
新々刀 復古の運動
1800年前後、水心子正秀は著述をもって、鍛刀は古作の法に立ち返るべしと説いた。復古刀の運動である。最大の後継者直胤は、数百年絶えていた備前伝と相州伝を確信をもって再現した。
銘が正しい、または無銘でも年代・国・系統を確実に指摘できる、保存に値する真正の作と鑑定されたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
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