鑑定書内容:財)日本美術刀剣保存協会 重要刀装具[N.B.T.H.K]Juyo Tosougu No.70 江戸時代、後藤家の門下として活躍した戸張富久作揃金具の重要刀装具指定作品。戸張富久は通称を喜惣次といい、豊島郡雑司ヶ谷村に生まれた。後藤家十三代光孝の門人となり、後藤家の彫技を修めた後に独立し、自らも斉藤富隨など門人を育成した。実子に喜久がおり、 彫金の家業を継承している。作風は赤銅魚子地に高彫もしくは金紋を施した御家彫の典型的作風のものを多く見る。本作は赤銅魚子地に金紋で霊獣を配した小柄、笄と、金無垢地容彫で同じく霊獣を彫った目貫による三所物である。紋や裏哺に金を贅沢に用い、彫様は言うまでも無く小柄 笄の造込みにいたるまで師家である後藤様の彫りを篤実に継承しており、光孝の高弟であった富久の高い技術が遺憾なく発揮されている。それぞれの霊獣は御家彫の伝統的な意匠によりながらも、配置する場所や角度に工夫がなされており、恰も作品の中で霊獣が生きて飛び跳ねているかのように思わせる程である。富久の作には「模通乗」「光理院以図」と銘したものがあり、 師家の作から多くを学ぼうとしたことが窺える。本作もその一環であり、また後藤家が同工のよう な門弟を育て、且つその下支えによって成り立っていたことを想起させる一作である。(刀剣美術 重要刀装具 武田耕太郎解説より抜粋)なお多種の霊獣が描かれているが白沢と共に描かれているのは肥遺(ヒイ)とみられ(山海経より)、刀装具では他に経眼したことのない非常に珍しいものである。
戸張富久は通称を喜惣次といい、豊島郡雑司ヶ谷村に生まれた。後藤家十三代光孝の門人となり、後藤家の彫技を修めた後に独立し、自ら も齋藤富隨など門人を育成した。実子に喜久がおり、彫金の家業を継承している。作風は赤銅魚子地に高彫もしくは金紋を施した御家彫の典型 的作風のものを多く見る。 本作は赤銅魚子地に金紋で霊獣を配した小柄・笄と、金無垢地容彫で同じく霊獣を彫った目貫による三所物である。その作域は師家である後 藤風の物で光孝の高弟であった富久の彫技が遺憾なく発揮されている。それぞれの霊獣は御家彫の伝統的な意匠によりながらも、配置する場所 や角度に工夫がなされており、恰も作品の中で霊獣が生きて飛び跳ねているかのように思わせる程である。戸張富久秀作の一組である。
在銘 · Goto · 江戸










戸張富久
江戸
在銘
重要 #70 (NBTHK)
家彫 · 1670頃
現在5点販売中
戸張富久の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
家彫 · 山城
現在314点販売中
後藤派は、室町時代中期に初代祐乗が将軍足利義政に仕えて創始した彫金の宗家であり、「日本彫物の元祖」と仰がれ、「古今独歩の鏨師」と賞賛される祐乗を祖として十五代にわたり嫡流の技を継承した。祐乗の作品は東山御物として数多く取り上げられ、後世に名を残した名工は挙って後藤家の祐乗に範をとっている。四代光乗・五代徳乗は織田信長、次いで豊臣秀吉に仕え、大判・分銅・彫物の三役を担い、桃山時代の豪華美を格調高く表示した。幕末には一乗が「後藤家の掉尾を飾る名工」として家風を大成し、門下の荒木東明・中川一勝らが一派の技を継承した。 後藤派の作域は三所物・縁頭・鐔・揃金具と多岐にわたり、赤銅魚子地を基調とした高彫金色絵を家風の根幹とする。金紋裏哺金仕立の小柄笄、金無垢地容彫の目貫など、素材と技法の選択に一貫した格式が認められる。三代乗真は「大振りで力強く、量感の豊かな彫技」[[c:1]]を特徴とし、紋の肉取りが豊かで鏨使いが手強く、赤銅の色相も漆黒で麗わしい。桃山期の作には鋤出高彫に金・銀・素銅の象嵌色絵を駆使した豪華絢爛の大名道具が見られ、近世には四分一磨地や朧銀地に甲鋤毛彫・平象嵌を組み合わせた多彩な表現も展開された。龍・獅子・鶏・犀・鯰といった動物意匠から、松竹梅・桐紋・粟穂・四季草花に至るまで画題は広範であり、各代が武家好みの吉祥意匠を格調高く仕上げている。 後藤派に帰せられる作品には「気品があって格調が高く」[[c:2]]「力漲る」と評される一貫した品格が通底する。歴代の折紙制度によって初代祐乗以来の作が厳格に鑑定・伝承され、「家彫の誇りは確実に後代に伝わっている」[[c:3]]と繰り返し認められる。後藤流に熟達した門弟の作が「後藤家御家彫と見紛うまでの出来」[[c:4]]と称されることからも、その規範性の高さが窺える。日本金工史において、後藤派は赤銅魚子地高彫金色絵という技法体系を確立し、室町から明治に至る四百余年の間、彫金の最高規範として君臨した一門である。
特別保存刀剣の中から、特に出来が優れ、国認定の重要美術品に準ずると判断された名品です。年に一度の重要刀剣審査で選ばれます。
極めて選別的で、日本に登録された約250万口の刀剣のうち、重要刀剣に達したものは12,307口(約203口に1口)にすぎません。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
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鑑定書内容:財)日本美術刀剣保存協会 重要刀装具[N.B.T.H.K]Juyo Tosougu No.70 江戸時代、後藤家の門下として活躍した戸張富久作揃金具の重要刀装具指定作品。戸張富久は通称を喜惣次といい、豊島郡雑司ヶ谷村に生まれた。後藤家十三代光孝の門人となり、後藤家の彫技を修めた後に独立し、自らも斉藤富隨など門人を育成した。実子に喜久がおり、 彫金の家業を継承している。作風は赤銅魚子地に高彫もしくは金紋を施した御家彫の典型的作風のものを多く見る。本作は赤銅魚子地に金紋で霊獣を配した小柄、笄と、金無垢地容彫で同じく霊獣を彫った目貫による三所物である。紋や裏哺に金を贅沢に用い、彫様は言うまでも無く小柄 笄の造込みにいたるまで師家である後藤様の彫りを篤実に継承しており、光孝の高弟であった富久の高い技術が遺憾なく発揮されている。それぞれの霊獣は御家彫の伝統的な意匠によりながらも、配置する場所や角度に工夫がなされており、恰も作品の中で霊獣が生きて飛び跳ねているかのように思わせる程である。富久の作には「模通乗」「光理院以図」と銘したものがあり、 師家の作から多くを学ぼうとしたことが窺える。本作もその一環であり、また後藤家が同工のよう な門弟を育て、且つその下支えによって成り立っていたことを想起させる一作である。(刀剣美術 重要刀装具 武田耕太郎解説より抜粋)なお多種の霊獣が描かれているが白沢と共に描かれているのは肥遺(ヒイ)とみられ(山海経より)、刀装具では他に経眼したことのない非常に珍しいものである。
戸張富久は通称を喜惣次といい、豊島郡雑司ヶ谷村に生まれた。後藤家十三代光孝の門人となり、後藤家の彫技を修めた後に独立し、自ら も齋藤富隨など門人を育成した。実子に喜久がおり、彫金の家業を継承している。作風は赤銅魚子地に高彫もしくは金紋を施した御家彫の典型 的作風のものを多く見る。 本作は赤銅魚子地に金紋で霊獣を配した小柄・笄と、金無垢地容彫で同じく霊獣を彫った目貫による三所物である。その作域は師家である後 藤風の物で光孝の高弟であった富久の彫技が遺憾なく発揮されている。それぞれの霊獣は御家彫の伝統的な意匠によりながらも、配置する場所 や角度に工夫がなされており、恰も作品の中で霊獣が生きて飛び跳ねているかのように思わせる程である。戸張富久秀作の一組である。
在銘 · Goto · 江戸










戸張富久
江戸
在銘
重要 #70 (NBTHK)
家彫 · 1670頃
現在5点販売中
戸張富久の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
家彫 · 山城
現在314点販売中
後藤派は、室町時代中期に初代祐乗が将軍足利義政に仕えて創始した彫金の宗家であり、「日本彫物の元祖」と仰がれ、「古今独歩の鏨師」と賞賛される祐乗を祖として十五代にわたり嫡流の技を継承した。祐乗の作品は東山御物として数多く取り上げられ、後世に名を残した名工は挙って後藤家の祐乗に範をとっている。四代光乗・五代徳乗は織田信長、次いで豊臣秀吉に仕え、大判・分銅・彫物の三役を担い、桃山時代の豪華美を格調高く表示した。幕末には一乗が「後藤家の掉尾を飾る名工」として家風を大成し、門下の荒木東明・中川一勝らが一派の技を継承した。 後藤派の作域は三所物・縁頭・鐔・揃金具と多岐にわたり、赤銅魚子地を基調とした高彫金色絵を家風の根幹とする。金紋裏哺金仕立の小柄笄、金無垢地容彫の目貫など、素材と技法の選択に一貫した格式が認められる。三代乗真は「大振りで力強く、量感の豊かな彫技」[[c:1]]を特徴とし、紋の肉取りが豊かで鏨使いが手強く、赤銅の色相も漆黒で麗わしい。桃山期の作には鋤出高彫に金・銀・素銅の象嵌色絵を駆使した豪華絢爛の大名道具が見られ、近世には四分一磨地や朧銀地に甲鋤毛彫・平象嵌を組み合わせた多彩な表現も展開された。龍・獅子・鶏・犀・鯰といった動物意匠から、松竹梅・桐紋・粟穂・四季草花に至るまで画題は広範であり、各代が武家好みの吉祥意匠を格調高く仕上げている。 後藤派に帰せられる作品には「気品があって格調が高く」[[c:2]]「力漲る」と評される一貫した品格が通底する。歴代の折紙制度によって初代祐乗以来の作が厳格に鑑定・伝承され、「家彫の誇りは確実に後代に伝わっている」[[c:3]]と繰り返し認められる。後藤流に熟達した門弟の作が「後藤家御家彫と見紛うまでの出来」[[c:4]]と称されることからも、その規範性の高さが窺える。日本金工史において、後藤派は赤銅魚子地高彫金色絵という技法体系を確立し、室町から明治に至る四百余年の間、彫金の最高規範として君臨した一門である。
特別保存刀剣の中から、特に出来が優れ、国認定の重要美術品に準ずると判断された名品です。年に一度の重要刀剣審査で選ばれます。
極めて選別的で、日本に登録された約250万口の刀剣のうち、重要刀剣に達したものは12,307口(約203口に1口)にすぎません。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
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