赤銅地 容彫 色絵 後藤家は、足利義政に使えた初代祐乗から十七代典乗まで、将軍家の御用を務め役400年もの長き繁栄した。初代祐乗は美濃彫様式を集大成して精巧で格式高い後藤彫(家彫)を確立した。 家彫の赤銅魚子地に高彫色絵あるいは、金紋式の工法で三所物(小柄、笄、目貫)を造る。徳乗は、後藤宗家の五代目。父四代光乗とともに豊臣秀吉から判金改め・分銅役を引き受け豊臣家財務管理の一部を担当、天正大判の製作にも従事していた。
赤銅地 容彫 色絵 後藤家は、足利義政に使えた初代祐乗から十七代典乗まで、将軍家の御用を務め役400年もの長き繁栄した。初代祐乗は美濃彫様式を集大成して精巧で格式高い後藤彫(家彫)を確立した。 家彫の赤銅魚子地に高彫色絵あるいは、金紋式の工法で三所物(小柄、笄、目貫)を造る。徳乗は、後藤宗家の五代目。父四代光乗とともに豊臣秀吉から判金改め・分銅役を引き受け豊臣家財務管理の一部を担当、天正大判の製作にも従事していた。