Ginza Choshuya 東京都中央区銀座3-10-4 月–土 9:30–17:30 鎌倉時代の備前国には、大規模な市も開設されるほどに開かれた福岡荘に居住した鍛冶集団があった。茎に「一」の文字を刻したことで遍く知られる福岡一文字で、助宗、則房、助真等優工を輩出して大いに栄えた。吉房は鎌倉中期の同派の名工。乱映りの立つ地鉄に、焼の高い丁子乱刃の冴えた華麗な出来を得意とした吉房の遺作には、島津家伝来の太刀、徳川将軍家伝来の太刀、織田信長遺愛の名物岡田切の太刀等、国宝指定の名刀の数々があって知名度と実力は群を抜き、福岡一文字を代表する刀工。


Fukuoka Ichimonji (Bizen) · 備前 · 1247-1249頃
藤代 Jo-jo saku · 刀剣大鑑 上位1%
現在1点販売中
鎌倉時代中期、備前福岡一文字派の刀工は挙って華麗で絢爛たる大丁子乱れの作風を展開したが、その中にあって吉房は、助真・則房と共に「特に大模様の乱れ刃を焼き、同派を代表する上手である」[[c:1]]と説明書は記す。その地位は指定の重みが裏付けるところであり、説明書も国宝指定の数を挙げて「技術が特に秀抜である」[[c:2]]と述べる。現在、国宝は六口を数え、全刀工中これを上回るのは一工のみ、重要文化財三口がこれに次ぎ、藤代の格付は上々作である。
説明書が同工に与える典型は一文字丁子の頂点である。「吉房は焼幅に高低のある大丁子乱れに袋丁子、蛙子丁子の交じった刃文に特色がある」[[c:3]]と記され、竪長でやや角張る袋丁子は「得意とする袋丁子」[[c:4]]と呼ばれて、その出現がそのまま同工の見どころとされる。大房の丁子は焼に高低を見せて華やかに乱れ、物打辺と腰元は焼やや低く、足・葉がさかんに入り、匂勝ちに小沸がつく。刃中には金筋・砂流しがかかり、処々に飛焼を交え、説明書は「匂口明るく冴える」[[c:5]]さまに繰り返し立ち返る。
その刃の下の鍛えは板目に杢を交え、ほとんど全ての所載刀に認められ、処々肌立ちごころとなる。地沸がつき、時に微塵に厚く、地景が細かに入る。とりわけ説明書の記すのは乱れ映りで、作の大半に立ち、優品では「乱れ映り鮮やかに立つ」[[c:6]]。帽子は一様でなく、乱れ込んで時に尖りごころとなり、あるいは直ぐに小丸へ返り、先は掃きかける例が多い。
この華麗な手は広い作域の中心に過ぎない。説明書は、作風が華やかな手から直刃調に小丁子・小互の目を交えた穏やかな出来口まで幅があることを繰り返し指摘し、その穏やかな一例を長船長光などに近いと判じる。小模様の乱れに沸の厚い一口は「一見、古備前の風を想わせる」[[c:7]]古色のある作柄に仕上げられ、焼を低く保ち小丁子を基調とした一口は「一脈古一文字を想起させる」[[c:8]]とされて、銘・作風ともに島津家伝来の国宝「矢の目吉房」に近い。荒めの沸が厚くつく特別重要刀剣の一口には「沸出来と言うべき刃沸の強さ」[[c:9]]が認められる。在銘作は比較的多く、当該記録では在銘四十一口に対し無銘五口、ほとんどが太鏨の二字銘で、十二口は生ぶ茎を保つ。銘振りに数種あることから、説明書の言葉を借りれば「複数の同名工の存在を考える説もある」[[c:10]]。
派中の位置もまた同じ言葉で定まる。大丁子の作風の筆頭に記録が置くのは吉房・助真・則房であり、なかでも袋丁子と焼幅の高低の著しさは吉房の名に結び付けられる。鮮やかな乱れ映りの地に匂勝ちの明るい丁子を焼くその姿は最盛期福岡一文字の典型像であり、その丁子は後の一文字・長船の工が己を測る規範となった。長光に近いと判じられる穏やかな作域は、この作風から続く長船正系までの距離の近さを物語る。
同工の名の下に六十二口が知られる。国宝六口・重要文化財三口は市場の外に保たれた文化財であり、説明書はその中に島津家伝来の「矢の目吉房」、名高い「岡田切」、伊予西条松平家伝来の太刀を挙げる。来歴の録された十九口は国の第一級の家々を貫き、織田信長・織田信雄、徳川将軍家と徳川家綱、一橋徳川家、長府毛利家、秋田佐竹家を経て、一口は後に東郷平八郎の愛蔵に帰し、大正天皇の御代に皇室へ納まったものもある。所在の知られるものは東京国立博物館・徳川美術館・静嘉堂文庫・林原美術館・明治神宮・伊勢神宮・日光東照宮等に蔵される。蒐集家が現実に望み得るのは特別重要刀剣・重要刀剣の級の三十口であるが、その多くは長く秘蔵されて動かず、在銘の吉房が市に現れることは稀で、現れれば特筆すべき出来事となる。
吉房の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
備前伝 · 備前
時期区分: 福岡一文字· 1207–1288
現在7点販売中
福岡一文字派は、備前国福岡の地にあって鎌倉時代中期にその最盛期を迎えた一文字派の一章であり、古一文字の小乱れを基調とした古調な作風を脱して、絢爛たる丁子乱れへと到達した時期にあたる。中心となる刀工には則宗をはじめ、助宗、吉房、助真らが挙げられ、また本区分の説示には助房とその子と伝える吉房・則房・助真の系譜、助守、成近、弘利、助秀といった工の名が見える。則房は助真・吉房らと並んで華やかな丁子乱れを焼き、鎌倉時代中期の一文字派を代表する刀工と位置づけられる。一文字派は鎌倉時代初期から南北朝期にかけて備前国に栄えた一大流派で、福岡・吉岡・片山・岩戸などの地に繁栄し多くの良工を輩出したが、その中でも福岡の地に拠ったこの中期の一群が、もっとも豪壮かつ華麗な作域を展開した。 本区分の作風は、太刀姿が身幅広く、猪首鋒の豪壮な体配となり、地に映りを鮮明にあらわし、焼幅に変化をつけた匂出来の華麗な大房丁子を焼いて強烈な個性を見せる点にある。鍛えは板目あるいは小板目に杢を交え、地沸微塵に厚くつき、地景細かに入り、乱れ映りが鮮明に立ち、かねが冴える。刃文は丁子乱れを主調に、重花丁子・蛙子・互の目・尖りごころの刃などを交え、出入りがあって腰高に焼き、足・葉よく入り、匂深く小沸つき、金筋・砂流しがかかる。則房に至っては、同じ華やかな丁子の刃文でも吉房・助真に比して乱れが幾分小模様となり、刃中の足が短く細かく、乱れが逆ごころをおびるところに特色があり、地がねが強く冴える点も見どころとされる。直刃を基調とした穏やかで古調な古一文字とは華やかさにおいて画然と異なり、また丁子乱れの中に互の目が目立ち穏やかに揃った後代の吉岡一文字とも、その大模様で豪放な乱れにおいて対照をなしている。 福岡一文字の鑑定は、鮮明に立つ乱れ映りと、明るく冴えた匂口、足・葉の豊富な働き、そして腰反りの高い豪壮な太刀姿を要点とする。名工としては則房のほか、丁子乱れが極めて華麗で吉房の出来に通じる助守、区上を焼き落として下半に大丁子、上半に小模様な乱れを見せる成近、匂勝ちに小沸ついた丁子乱れに古色をとどめる弘利らがあり、それぞれに一文字派の華やかさと変化に富む作域を示している。説示には、播磨国竜野脇坂家に伝わった助守、仙台伊達家に伝わった成近、大和郡山柳沢家や尾張徳川家支藩高須松平家に伝来した則房など、近世大名家の所伝を留める優品が数多く見え、福岡一文字の作が古来いかに重んじられてきたかをよく物語っている。
販売店の出品ページで鑑定書を確認できませんでした。日本刀および刀装具は通常、NBTHK(または NTHK)の鑑定を受けます。鑑定書がない場合、極めは販売店の見解にとどまり、第三者による確認は行われていません。ご購入前に販売店へ鑑定書の有無をお問い合わせのうえ、慎重にご判断ください。
弊社の過失により、本来の状態と著しく異なる場合には商品の返品が可能です。クーリングオフは商品到着後一週間以内です。
Ginza Choshuya 東京都中央区銀座3-10-4 月–土 9:30–17:30 鎌倉時代の備前国には、大規模な市も開設されるほどに開かれた福岡荘に居住した鍛冶集団があった。茎に「一」の文字を刻したことで遍く知られる福岡一文字で、助宗、則房、助真等優工を輩出して大いに栄えた。吉房は鎌倉中期の同派の名工。乱映りの立つ地鉄に、焼の高い丁子乱刃の冴えた華麗な出来を得意とした吉房の遺作には、島津家伝来の太刀、徳川将軍家伝来の太刀、織田信長遺愛の名物岡田切の太刀等、国宝指定の名刀の数々があって知名度と実力は群を抜き、福岡一文字を代表する刀工。


Fukuoka Ichimonji (Bizen) · 備前 · 1247-1249頃
藤代 Jo-jo saku · 刀剣大鑑 上位1%
現在1点販売中
鎌倉時代中期、備前福岡一文字派の刀工は挙って華麗で絢爛たる大丁子乱れの作風を展開したが、その中にあって吉房は、助真・則房と共に「特に大模様の乱れ刃を焼き、同派を代表する上手である」[[c:1]]と説明書は記す。その地位は指定の重みが裏付けるところであり、説明書も国宝指定の数を挙げて「技術が特に秀抜である」[[c:2]]と述べる。現在、国宝は六口を数え、全刀工中これを上回るのは一工のみ、重要文化財三口がこれに次ぎ、藤代の格付は上々作である。
説明書が同工に与える典型は一文字丁子の頂点である。「吉房は焼幅に高低のある大丁子乱れに袋丁子、蛙子丁子の交じった刃文に特色がある」[[c:3]]と記され、竪長でやや角張る袋丁子は「得意とする袋丁子」[[c:4]]と呼ばれて、その出現がそのまま同工の見どころとされる。大房の丁子は焼に高低を見せて華やかに乱れ、物打辺と腰元は焼やや低く、足・葉がさかんに入り、匂勝ちに小沸がつく。刃中には金筋・砂流しがかかり、処々に飛焼を交え、説明書は「匂口明るく冴える」[[c:5]]さまに繰り返し立ち返る。
その刃の下の鍛えは板目に杢を交え、ほとんど全ての所載刀に認められ、処々肌立ちごころとなる。地沸がつき、時に微塵に厚く、地景が細かに入る。とりわけ説明書の記すのは乱れ映りで、作の大半に立ち、優品では「乱れ映り鮮やかに立つ」[[c:6]]。帽子は一様でなく、乱れ込んで時に尖りごころとなり、あるいは直ぐに小丸へ返り、先は掃きかける例が多い。
この華麗な手は広い作域の中心に過ぎない。説明書は、作風が華やかな手から直刃調に小丁子・小互の目を交えた穏やかな出来口まで幅があることを繰り返し指摘し、その穏やかな一例を長船長光などに近いと判じる。小模様の乱れに沸の厚い一口は「一見、古備前の風を想わせる」[[c:7]]古色のある作柄に仕上げられ、焼を低く保ち小丁子を基調とした一口は「一脈古一文字を想起させる」[[c:8]]とされて、銘・作風ともに島津家伝来の国宝「矢の目吉房」に近い。荒めの沸が厚くつく特別重要刀剣の一口には「沸出来と言うべき刃沸の強さ」[[c:9]]が認められる。在銘作は比較的多く、当該記録では在銘四十一口に対し無銘五口、ほとんどが太鏨の二字銘で、十二口は生ぶ茎を保つ。銘振りに数種あることから、説明書の言葉を借りれば「複数の同名工の存在を考える説もある」[[c:10]]。
派中の位置もまた同じ言葉で定まる。大丁子の作風の筆頭に記録が置くのは吉房・助真・則房であり、なかでも袋丁子と焼幅の高低の著しさは吉房の名に結び付けられる。鮮やかな乱れ映りの地に匂勝ちの明るい丁子を焼くその姿は最盛期福岡一文字の典型像であり、その丁子は後の一文字・長船の工が己を測る規範となった。長光に近いと判じられる穏やかな作域は、この作風から続く長船正系までの距離の近さを物語る。
同工の名の下に六十二口が知られる。国宝六口・重要文化財三口は市場の外に保たれた文化財であり、説明書はその中に島津家伝来の「矢の目吉房」、名高い「岡田切」、伊予西条松平家伝来の太刀を挙げる。来歴の録された十九口は国の第一級の家々を貫き、織田信長・織田信雄、徳川将軍家と徳川家綱、一橋徳川家、長府毛利家、秋田佐竹家を経て、一口は後に東郷平八郎の愛蔵に帰し、大正天皇の御代に皇室へ納まったものもある。所在の知られるものは東京国立博物館・徳川美術館・静嘉堂文庫・林原美術館・明治神宮・伊勢神宮・日光東照宮等に蔵される。蒐集家が現実に望み得るのは特別重要刀剣・重要刀剣の級の三十口であるが、その多くは長く秘蔵されて動かず、在銘の吉房が市に現れることは稀で、現れれば特筆すべき出来事となる。
吉房の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
備前伝 · 備前
時期区分: 福岡一文字· 1207–1288
現在7点販売中
福岡一文字派は、備前国福岡の地にあって鎌倉時代中期にその最盛期を迎えた一文字派の一章であり、古一文字の小乱れを基調とした古調な作風を脱して、絢爛たる丁子乱れへと到達した時期にあたる。中心となる刀工には則宗をはじめ、助宗、吉房、助真らが挙げられ、また本区分の説示には助房とその子と伝える吉房・則房・助真の系譜、助守、成近、弘利、助秀といった工の名が見える。則房は助真・吉房らと並んで華やかな丁子乱れを焼き、鎌倉時代中期の一文字派を代表する刀工と位置づけられる。一文字派は鎌倉時代初期から南北朝期にかけて備前国に栄えた一大流派で、福岡・吉岡・片山・岩戸などの地に繁栄し多くの良工を輩出したが、その中でも福岡の地に拠ったこの中期の一群が、もっとも豪壮かつ華麗な作域を展開した。 本区分の作風は、太刀姿が身幅広く、猪首鋒の豪壮な体配となり、地に映りを鮮明にあらわし、焼幅に変化をつけた匂出来の華麗な大房丁子を焼いて強烈な個性を見せる点にある。鍛えは板目あるいは小板目に杢を交え、地沸微塵に厚くつき、地景細かに入り、乱れ映りが鮮明に立ち、かねが冴える。刃文は丁子乱れを主調に、重花丁子・蛙子・互の目・尖りごころの刃などを交え、出入りがあって腰高に焼き、足・葉よく入り、匂深く小沸つき、金筋・砂流しがかかる。則房に至っては、同じ華やかな丁子の刃文でも吉房・助真に比して乱れが幾分小模様となり、刃中の足が短く細かく、乱れが逆ごころをおびるところに特色があり、地がねが強く冴える点も見どころとされる。直刃を基調とした穏やかで古調な古一文字とは華やかさにおいて画然と異なり、また丁子乱れの中に互の目が目立ち穏やかに揃った後代の吉岡一文字とも、その大模様で豪放な乱れにおいて対照をなしている。 福岡一文字の鑑定は、鮮明に立つ乱れ映りと、明るく冴えた匂口、足・葉の豊富な働き、そして腰反りの高い豪壮な太刀姿を要点とする。名工としては則房のほか、丁子乱れが極めて華麗で吉房の出来に通じる助守、区上を焼き落として下半に大丁子、上半に小模様な乱れを見せる成近、匂勝ちに小沸ついた丁子乱れに古色をとどめる弘利らがあり、それぞれに一文字派の華やかさと変化に富む作域を示している。説示には、播磨国竜野脇坂家に伝わった助守、仙台伊達家に伝わった成近、大和郡山柳沢家や尾張徳川家支藩高須松平家に伝来した則房など、近世大名家の所伝を留める優品が数多く見え、福岡一文字の作が古来いかに重んじられてきたかをよく物語っている。
販売店の出品ページで鑑定書を確認できませんでした。日本刀および刀装具は通常、NBTHK(または NTHK)の鑑定を受けます。鑑定書がない場合、極めは販売店の見解にとどまり、第三者による確認は行われていません。ご購入前に販売店へ鑑定書の有無をお問い合わせのうえ、慎重にご判断ください。
弊社の過失により、本来の状態と著しく異なる場合には商品の返品が可能です。クーリングオフは商品到着後一週間以内です。