鑑定書内容:財)日本美術刀剣保存協会 重要刀剣[N.B.T.H.K]Juyo Token No.42 鎌倉時代に備前国(岡山県)で活躍した一文字派助吉の重要刀剣指定作品。助吉は鎌倉時代中期の福岡一文字派、あるいは吉岡一文字派の初祖と位置づけられている刀工で、一門には他に助光、助茂、助次、助義、子に吉用が知られている。本作は現存稀な助吉在銘の作品で、地鉄、小板目肌がつんで乱れうつりが立ち、刃文は匂い出来の丁子に互の目を交え、部分的に逆ががるなど、吉岡一文字の典型的作風を示し、帽子もたっぷりと焼きの残った健全な優品である。
吉岡一文字派は助吉、助光、助義らによって代表され、それまでの福岡一文字派に替って鎌倉末期から南北朝期にか けて栄えた。作風は福岡一文字に見るような華やかな出来は少なく、一般に丁子乱れの中に互の目がめだち、逆がかった り、こずむ刃が交じるところが見どころである。 この太刀は、磨上げられて茎先に三字銘が残っている。鍛えは板目が処々流れて乱れ映り立ち、刃文は丁子に互の目を 交え、上部は直刃調を呈し、処々逆がかり、匂勝ちとなるなどして、吉岡一文字派の特色を十分に示しており、総じて出 来がよい。





吉岡一文字派は助吉、助光、助義らによって代表され、それまでの福岡一文字派に替って鎌倉末期から南北朝期にか けて栄えた。作風は福岡一文字に見るような華やかな出来は少なく、一般に丁子乱れの中に互の目がめだち、逆がかった り、こずむ刃が交じるところが見どころである。 この太刀は、磨上げられて茎先に三字銘が残っている。鍛えは板目が処々流れて乱れ映り立ち、刃文は丁子に互の目を 交え、上部は直刃調を呈し、処々逆がかり、匂勝ちとなるなどして、吉岡一文字派の特色を十分に示しており、総じて出 来がよい。
Fukuoka Ichimonji (Bizen) · 備前 · 1275-1278頃
藤代 Jo-jo saku · 刀剣大鑑 上位5%
現在1点販売中
助吉は鎌倉時代の備前一文字の刀工で、福岡・吉岡・片山・岩戸の地に栄えた一派が茎に切る「一」の一字のもとに作った工である。説明書はその系譜を銘鑑から引き、「助吉は銘鑑によれば、福岡一文字助房の子で、一説に吉岡一文字の祖とされている」[[c:2]]と記す。この二重の位置づけがその名の難しさである。福岡・吉岡の双方に同銘の工があるとされ、共に掲げられた三振りの在銘重要美術品太刀も、いずれも福岡一文字と思われながら銘振りが相違し、説明書は「同作とはにわかに決し難い」[[c:3]]とする。本工の記録は一様な作風としてではなく、説明書自らが引く二つの作域として読まれ、その人物の像は個性の極め手よりも時代と一派によって定まる。
第一の作域は在銘の二字銘太刀で、これが古調に読まれる。説明書は一見して地刃の出来が古調とし、「古備前のすぐあとにくる鎌倉初期の古一文字とわかる」[[c:4]]ものと判ずる。小板目のよくつんだ地、時に板目つみた地に、地沸細かにつき乱れ映りが鮮やかに立つ。刃文は比較的おだやかで、直刃調を母体に小乱れとし、互の目出来に小丁子・小丁子を交え、足・葉が小沸でよく働き、砂流しかかり金筋入り、帽子は小丸となる。二字銘は茎尻に大振りに切られ、説明書はその銘振りを味がよいと評する。その一口は銘の上に「上」字を添えるが、説明書はこれを「たてまつる」と読むべきもので他にも例があり、作者が注文主に上納した意を示すと記す。
地鉄は二つの作域を貫く終始変わらぬところである。板目が時に小板目につまり、また処々肌立ちごころとなりつつ、地沸と古備前の明るい乱れ映りを在銘・無銘いずれにも見せる。精緻な作では鍛えがつまって映りはいよいよ冴え、身幅の広い極めの作では肌が立ち、板目に杢を交えて地景が入る。これは一派全体と共有する地鉄であり、その上で二つの刃文が読み分けられる。
第二の作域は福岡一文字の名の由来たる華やかな手で、大磨上極めの作に見る。説明書は鎌倉中期福岡の作風を「最も華麗で変化に富む大丁子乱れ」[[c:5]]と述べ、まさにその刃によって鑑識が行われた。本阿弥忠明は大磨上無銘の脇指に金象嵌の極めを施し、その華やかな大模様の丁子乱れから、吉岡ではなく福岡一文字の助吉と判じた。その作は丁子乱れに尖り刃を交え飛焼かかり、板目に杢を交えた地に足・葉入り、小沸つき金筋・砂流しかかり、帽子はのたれ込み小丸ごころに掃きかける。同じ手の身幅広い大磨上太刀は猪首ごころの中鋒となり、丁子乱は逆がかる。在銘作が静かで古調であるのに対し、これらは華やかで変化に富む。
備前のうちに本工を分かつのはこの対照にある。先行する古備前の素朴な工に対しては、在銘太刀の乱れ映りが明るく、刃に丁子が集まる。一派が福岡に本格的に開花するのに対しては、その古調の在銘作は半世代早く立ち、開花の育つ古一文字の根をなし、極めの作はその後年の華やかな刃を伝える。説明書は二つの面を率直に並べ、無銘の作をあらゆる点から福岡一文字と首肯しつつ「同作とはにわかに決し難い」[[c:3]]とし、定まるのは個人よりも一派と時代であるとする。
収集の観点では稀な初期の名である。藤代の極めは上々作、刀工大鑑は古備前の名工のうち上の中に位する。国宝はなく重要文化財もなく、その記録は重要刀剣と戦前の重要美術品を通じ、説明書は在銘の鎌倉初期太刀を健全且つ出来がよいとする。来歴も確かで、津軽家伝来の在銘太刀、佐々木家所蔵の太刀、上杉家に伝わり本工の作と伝える大薙刀があり、林原美術館蔵の一口も所在の知れるもののうちにある。重要の級はわずか数口にとどまり、在銘の助吉は僅かな例しか残らず、世に出ることは稀である。私蔵の在銘助吉は収集家にとって注目すべきもの、一文字が古調の始まりからその大いなる開花へと移りゆく様を語る一証である。
助吉の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
備前伝 · 備前
時期区分: 福岡一文字· 1207–1288
現在8点販売中
福岡一文字派は、備前国福岡の地にあって鎌倉時代中期にその最盛期を迎えた一文字派の一章であり、古一文字の小乱れを基調とした古調な作風を脱して、絢爛たる丁子乱れへと到達した時期にあたる。中心となる刀工には則宗をはじめ、助宗、吉房、助真らが挙げられ、また本区分の説示には助房とその子と伝える吉房・則房・助真の系譜、助守、成近、弘利、助秀といった工の名が見える。則房は助真・吉房らと並んで華やかな丁子乱れを焼き、鎌倉時代中期の一文字派を代表する刀工と位置づけられる。一文字派は鎌倉時代初期から南北朝期にかけて備前国に栄えた一大流派で、福岡・吉岡・片山・岩戸などの地に繁栄し多くの良工を輩出したが、その中でも福岡の地に拠ったこの中期の一群が、もっとも豪壮かつ華麗な作域を展開した。 本区分の作風は、太刀姿が身幅広く、猪首鋒の豪壮な体配となり、地に映りを鮮明にあらわし、焼幅に変化をつけた匂出来の華麗な大房丁子を焼いて強烈な個性を見せる点にある。鍛えは板目あるいは小板目に杢を交え、地沸微塵に厚くつき、地景細かに入り、乱れ映りが鮮明に立ち、かねが冴える。刃文は丁子乱れを主調に、重花丁子・蛙子・互の目・尖りごころの刃などを交え、出入りがあって腰高に焼き、足・葉よく入り、匂深く小沸つき、金筋・砂流しがかかる。則房に至っては、同じ華やかな丁子の刃文でも吉房・助真に比して乱れが幾分小模様となり、刃中の足が短く細かく、乱れが逆ごころをおびるところに特色があり、地がねが強く冴える点も見どころとされる。直刃を基調とした穏やかで古調な古一文字とは華やかさにおいて画然と異なり、また丁子乱れの中に互の目が目立ち穏やかに揃った後代の吉岡一文字とも、その大模様で豪放な乱れにおいて対照をなしている。 福岡一文字の鑑定は、鮮明に立つ乱れ映りと、明るく冴えた匂口、足・葉の豊富な働き、そして腰反りの高い豪壮な太刀姿を要点とする。名工としては則房のほか、丁子乱れが極めて華麗で吉房の出来に通じる助守、区上を焼き落として下半に大丁子、上半に小模様な乱れを見せる成近、匂勝ちに小沸ついた丁子乱れに古色をとどめる弘利らがあり、それぞれに一文字派の華やかさと変化に富む作域を示している。説示には、播磨国竜野脇坂家に伝わった助守、仙台伊達家に伝わった成近、大和郡山柳沢家や尾張徳川家支藩高須松平家に伝来した則房など、近世大名家の所伝を留める優品が数多く見え、福岡一文字の作が古来いかに重んじられてきたかをよく物語っている。
特別保存刀剣の中から、特に出来が優れ、国認定の重要美術品に準ずると判断された名品です。年に一度の重要刀剣審査で選ばれます。
極めて選別的で、日本に登録された約250万口の刀剣のうち、重要刀剣に達したものは12,307口(約203口に1口)にすぎません。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトお客様都合による返品は作品到着後二日以内にお申し出ください。※お品物に手を加えた物等は対応できません※返品送料はお客様のご負担となります※お品代以外の費用(振込手数料、代引手数料等)は返金できません。※お届け先が海外の場合は返品や返金は出来ません
鑑定書内容:財)日本美術刀剣保存協会 重要刀剣[N.B.T.H.K]Juyo Token No.42 鎌倉時代に備前国(岡山県)で活躍した一文字派助吉の重要刀剣指定作品。助吉は鎌倉時代中期の福岡一文字派、あるいは吉岡一文字派の初祖と位置づけられている刀工で、一門には他に助光、助茂、助次、助義、子に吉用が知られている。本作は現存稀な助吉在銘の作品で、地鉄、小板目肌がつんで乱れうつりが立ち、刃文は匂い出来の丁子に互の目を交え、部分的に逆ががるなど、吉岡一文字の典型的作風を示し、帽子もたっぷりと焼きの残った健全な優品である。
吉岡一文字派は助吉、助光、助義らによって代表され、それまでの福岡一文字派に替って鎌倉末期から南北朝期にか けて栄えた。作風は福岡一文字に見るような華やかな出来は少なく、一般に丁子乱れの中に互の目がめだち、逆がかった り、こずむ刃が交じるところが見どころである。 この太刀は、磨上げられて茎先に三字銘が残っている。鍛えは板目が処々流れて乱れ映り立ち、刃文は丁子に互の目を 交え、上部は直刃調を呈し、処々逆がかり、匂勝ちとなるなどして、吉岡一文字派の特色を十分に示しており、総じて出 来がよい。





吉岡一文字派は助吉、助光、助義らによって代表され、それまでの福岡一文字派に替って鎌倉末期から南北朝期にか けて栄えた。作風は福岡一文字に見るような華やかな出来は少なく、一般に丁子乱れの中に互の目がめだち、逆がかった り、こずむ刃が交じるところが見どころである。 この太刀は、磨上げられて茎先に三字銘が残っている。鍛えは板目が処々流れて乱れ映り立ち、刃文は丁子に互の目を 交え、上部は直刃調を呈し、処々逆がかり、匂勝ちとなるなどして、吉岡一文字派の特色を十分に示しており、総じて出 来がよい。
Fukuoka Ichimonji (Bizen) · 備前 · 1275-1278頃
藤代 Jo-jo saku · 刀剣大鑑 上位5%
現在1点販売中
助吉は鎌倉時代の備前一文字の刀工で、福岡・吉岡・片山・岩戸の地に栄えた一派が茎に切る「一」の一字のもとに作った工である。説明書はその系譜を銘鑑から引き、「助吉は銘鑑によれば、福岡一文字助房の子で、一説に吉岡一文字の祖とされている」[[c:2]]と記す。この二重の位置づけがその名の難しさである。福岡・吉岡の双方に同銘の工があるとされ、共に掲げられた三振りの在銘重要美術品太刀も、いずれも福岡一文字と思われながら銘振りが相違し、説明書は「同作とはにわかに決し難い」[[c:3]]とする。本工の記録は一様な作風としてではなく、説明書自らが引く二つの作域として読まれ、その人物の像は個性の極め手よりも時代と一派によって定まる。
第一の作域は在銘の二字銘太刀で、これが古調に読まれる。説明書は一見して地刃の出来が古調とし、「古備前のすぐあとにくる鎌倉初期の古一文字とわかる」[[c:4]]ものと判ずる。小板目のよくつんだ地、時に板目つみた地に、地沸細かにつき乱れ映りが鮮やかに立つ。刃文は比較的おだやかで、直刃調を母体に小乱れとし、互の目出来に小丁子・小丁子を交え、足・葉が小沸でよく働き、砂流しかかり金筋入り、帽子は小丸となる。二字銘は茎尻に大振りに切られ、説明書はその銘振りを味がよいと評する。その一口は銘の上に「上」字を添えるが、説明書はこれを「たてまつる」と読むべきもので他にも例があり、作者が注文主に上納した意を示すと記す。
地鉄は二つの作域を貫く終始変わらぬところである。板目が時に小板目につまり、また処々肌立ちごころとなりつつ、地沸と古備前の明るい乱れ映りを在銘・無銘いずれにも見せる。精緻な作では鍛えがつまって映りはいよいよ冴え、身幅の広い極めの作では肌が立ち、板目に杢を交えて地景が入る。これは一派全体と共有する地鉄であり、その上で二つの刃文が読み分けられる。
第二の作域は福岡一文字の名の由来たる華やかな手で、大磨上極めの作に見る。説明書は鎌倉中期福岡の作風を「最も華麗で変化に富む大丁子乱れ」[[c:5]]と述べ、まさにその刃によって鑑識が行われた。本阿弥忠明は大磨上無銘の脇指に金象嵌の極めを施し、その華やかな大模様の丁子乱れから、吉岡ではなく福岡一文字の助吉と判じた。その作は丁子乱れに尖り刃を交え飛焼かかり、板目に杢を交えた地に足・葉入り、小沸つき金筋・砂流しかかり、帽子はのたれ込み小丸ごころに掃きかける。同じ手の身幅広い大磨上太刀は猪首ごころの中鋒となり、丁子乱は逆がかる。在銘作が静かで古調であるのに対し、これらは華やかで変化に富む。
備前のうちに本工を分かつのはこの対照にある。先行する古備前の素朴な工に対しては、在銘太刀の乱れ映りが明るく、刃に丁子が集まる。一派が福岡に本格的に開花するのに対しては、その古調の在銘作は半世代早く立ち、開花の育つ古一文字の根をなし、極めの作はその後年の華やかな刃を伝える。説明書は二つの面を率直に並べ、無銘の作をあらゆる点から福岡一文字と首肯しつつ「同作とはにわかに決し難い」[[c:3]]とし、定まるのは個人よりも一派と時代であるとする。
収集の観点では稀な初期の名である。藤代の極めは上々作、刀工大鑑は古備前の名工のうち上の中に位する。国宝はなく重要文化財もなく、その記録は重要刀剣と戦前の重要美術品を通じ、説明書は在銘の鎌倉初期太刀を健全且つ出来がよいとする。来歴も確かで、津軽家伝来の在銘太刀、佐々木家所蔵の太刀、上杉家に伝わり本工の作と伝える大薙刀があり、林原美術館蔵の一口も所在の知れるもののうちにある。重要の級はわずか数口にとどまり、在銘の助吉は僅かな例しか残らず、世に出ることは稀である。私蔵の在銘助吉は収集家にとって注目すべきもの、一文字が古調の始まりからその大いなる開花へと移りゆく様を語る一証である。
助吉の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
備前伝 · 備前
時期区分: 福岡一文字· 1207–1288
現在8点販売中
福岡一文字派は、備前国福岡の地にあって鎌倉時代中期にその最盛期を迎えた一文字派の一章であり、古一文字の小乱れを基調とした古調な作風を脱して、絢爛たる丁子乱れへと到達した時期にあたる。中心となる刀工には則宗をはじめ、助宗、吉房、助真らが挙げられ、また本区分の説示には助房とその子と伝える吉房・則房・助真の系譜、助守、成近、弘利、助秀といった工の名が見える。則房は助真・吉房らと並んで華やかな丁子乱れを焼き、鎌倉時代中期の一文字派を代表する刀工と位置づけられる。一文字派は鎌倉時代初期から南北朝期にかけて備前国に栄えた一大流派で、福岡・吉岡・片山・岩戸などの地に繁栄し多くの良工を輩出したが、その中でも福岡の地に拠ったこの中期の一群が、もっとも豪壮かつ華麗な作域を展開した。 本区分の作風は、太刀姿が身幅広く、猪首鋒の豪壮な体配となり、地に映りを鮮明にあらわし、焼幅に変化をつけた匂出来の華麗な大房丁子を焼いて強烈な個性を見せる点にある。鍛えは板目あるいは小板目に杢を交え、地沸微塵に厚くつき、地景細かに入り、乱れ映りが鮮明に立ち、かねが冴える。刃文は丁子乱れを主調に、重花丁子・蛙子・互の目・尖りごころの刃などを交え、出入りがあって腰高に焼き、足・葉よく入り、匂深く小沸つき、金筋・砂流しがかかる。則房に至っては、同じ華やかな丁子の刃文でも吉房・助真に比して乱れが幾分小模様となり、刃中の足が短く細かく、乱れが逆ごころをおびるところに特色があり、地がねが強く冴える点も見どころとされる。直刃を基調とした穏やかで古調な古一文字とは華やかさにおいて画然と異なり、また丁子乱れの中に互の目が目立ち穏やかに揃った後代の吉岡一文字とも、その大模様で豪放な乱れにおいて対照をなしている。 福岡一文字の鑑定は、鮮明に立つ乱れ映りと、明るく冴えた匂口、足・葉の豊富な働き、そして腰反りの高い豪壮な太刀姿を要点とする。名工としては則房のほか、丁子乱れが極めて華麗で吉房の出来に通じる助守、区上を焼き落として下半に大丁子、上半に小模様な乱れを見せる成近、匂勝ちに小沸ついた丁子乱れに古色をとどめる弘利らがあり、それぞれに一文字派の華やかさと変化に富む作域を示している。説示には、播磨国竜野脇坂家に伝わった助守、仙台伊達家に伝わった成近、大和郡山柳沢家や尾張徳川家支藩高須松平家に伝来した則房など、近世大名家の所伝を留める優品が数多く見え、福岡一文字の作が古来いかに重んじられてきたかをよく物語っている。
特別保存刀剣の中から、特に出来が優れ、国認定の重要美術品に準ずると判断された名品です。年に一度の重要刀剣審査で選ばれます。
極めて選別的で、日本に登録された約250万口の刀剣のうち、重要刀剣に達したものは12,307口(約203口に1口)にすぎません。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトお客様都合による返品は作品到着後二日以内にお申し出ください。※お品物に手を加えた物等は対応できません※返品送料はお客様のご負担となります※お品代以外の費用(振込手数料、代引手数料等)は返金できません。※お届け先が海外の場合は返品や返金は出来ません