国内の戦乱と海外への貿易が、室町の備前を国内随一の刀剣産地にした。応仁の乱以後は戦国の需要が一世紀続き、遣明船は数万振の単位で刀を運んでいる。
Hozon Token Koto Mumei Taira Takada with Koshirae and Shirosaya. 室町時代後期・天文頃(1532~1555年)に鍛えられた「平高田」の一振り。 板目肌をよく鍛え、小互の目乱れを焼いた刀で、元来は約77cmの太刀として制作され、後に磨上げられて打刀となったものです。目立った鍛え傷もなく、刀身の状態は良好です。 拵えは鯉口に千段刻みを施した趣ある仕立てで、素銅地金着二重鎺を備えています。保存状態も良く、大切に受け継がれてきたことがうかがえます。 歴史ある平高田の魅力を楽しめる、コレクションにも居合にもおすすめの一振りです。 A fine example of the Hira Takada school, forged around the Tenbun era (1532–1555) during the late Muromachi period. The blade features a well-forged itame-hada with a ko-gunome midare hamon. Originally made as a tachi measuring approximately 77 cm, it was later shortened (suriage) and converted into an uchigatana. The blade remains in good condition with no significant forging flaws. The koshirae features an elegant sendan-kizami design around the koiguchi and is fitted with a two-piece gold-covered copper habaki. Its well-preserved condition reflects the care with which this sword has been handed down through generations. A historic and attractive Hira Takada sword, well suited for both collecting and iaido. 「刀姿 sword figure」 鎬造り庵棟、身幅重尋常、鳥居反り中鋒。茎は磨り上げられ切鑢がかかる、茎尻は一文字に切られる。 he nakago has slight machi-okuri and shows kesho-yasuri file marks; the nakago-jiri is kurijiri. 「地鉄 jigane」 地鉄は板目肌が積み地沸付き地景が入る。 The jihada displays a layered itame grain, with abundant ji-nie and streaks of chikei. 「刃紋 hamon」 刃紋は小互の目乱れ、刃縁は沸が付き砂流しかかり、刃中は葉が入り金筋が働く。釯子は刃紋成りに入り小丸に返る。 The hamon is a ko-gunome midare. The habuchi is covered in nie, with sunagashi running through it. Within the ha, yo appear and kinsuji are active. The boshi follows the pattern of the hamon and turns back in a ko-maru. 「特徴 detailed」 豊後国高田(現在の大分市鶴崎周辺)では、鎌倉時代から幕末に至るまで、数多くの日本刀が作られてきました。古刀期、特に室町時代に制作されたものは「平高田」、新刀期以降のものは「藤原高田」と呼ばれています。 本作は、室町時代後期、天文頃(1532~1555年)の「平高田」の刀工による一振りです。 刀身は板目肌をよく鍛え、刃文は小互の目乱れを焼いています。元来は全長約77cmの太刀として制作されたものですが、その後、江戸時代に磨上げが施され、打刀に仕立て直されたものです。 鍛え割れなど、欠点となるような目立った傷は見られず、刀身の状態は良好です。また、今後の研ぎについても十分に見込める状態です。 拵えは柄の修復が施されており、ガタつきもなく、しっかりとした状態です。鞘の鯉口部分には千段刻みが施され、意匠性にも優れた見事な仕上がりとなっています。拵え全体の状態も良好です。また鎺は素銅地金着二重鎺がついておりこの刀が大切にされて来たことが伺い知れます。 歴史ある平高田の作として、コレクションにおすすめできる一振りです。また、茎が長く、手持ちのバランスにも優れているため、鑑賞用としてだけでなく、居合用としても適しています。 拵えは柄に修復が施されており、ガタつきもなく、しっかりとした状態を保っています。鞘の鯉口部分には千段刻みが施され、意匠性にも優れた見事な仕上がりとなっています。拵え全体の保存状態も良好です。 また、鎺には素銅地金着二重鎺が付されており、こうした丁寧な仕立てからも、本刀が歴代の所有者によって大切に受け継がれてきたことがうかがえます。 歴史ある平高田の作として、コレクションにもおすすめできる一振りです。また、茎が長く、手持ちのバランスにも優れているため、鑑賞・収集用としてはもちろん、居合用としても適した一振りです。 In Takada, Bungo Province (around present-day Tsurusaki, Oita City), Japanese swords were produced in considerable numbers from the Kamakura period through the end of the Edo period. Blades made during the Koto period, particularly those dating from the Muromachi period, are generally known as “Taira Takada,” while those produced from the Shinto period onward are referred to as “Fujiwara Takada.” This sword is a work of the Taira Takada school dating from the late Muromachi period, around the Tenbun era (1532–1555). The blade is well forged in itame-hada, with a hamon of ko-gunome midare. It was originally made as a tachi measuring approximately 77 cm in overall length, and was later shortened (suriage) during the Edo period and remounted as an uchigatana. The blade is in good condition, with no significant flaws such as forging cracks or other defects that would detract from its quality. It also retains sufficient material for future polishing. The tsuka of the koshirae has been restored and remains firm and secure, with no looseness. The koiguchi area of the saya features finely executed sendan-kizami, giving the mounting a distinctive and refined appearance. The koshirae as a whole is also in very good condition. The sword is fitted with a two-piece habaki of copper covered with gold (suaka-ji kin-kise nijū habaki). The quality and care evident in such fittings suggest that this sword has been highly valued and carefully preserved by its successive owners over the generations. As a historic work of the Hira Takada school, this sword would make an excellent addition to a Japanese sword collection. Its relatively long nakago also provides excellent balance in the hand, making it well suited not only for appreciation and collecting, but also for iaido practice. 「拵 Koshirae」 ハバキ(habaki) :素銅地金着二重。 鍔(tsuba) :素銅地網目の図。 縁頭(futikasira):縁は赤銅地栗鼠の図、頭は水牛の角です。 目貫(menuki) :赤銅金色絵山鳩の図。 柄(tsuka) : 鮫は親粒が付き巻鮫、柄巻きは正絹黒の諸摘み巻きです。 鞘(saya) : 鯉口は千段刻みの黒呂鞘です。 「刀剣の状態 condition of blade」 研:概ね良好です。 傷:鍛え割れ等欠点になるような傷は有りません。




















備前伝 · 豊後
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豊後国の高田派は、同国高田荘の地名を負う一門で、鎌倉初期に定秀・行平らの名工を出した九州刀の伝統が一時跡絶えた後、南北朝時代に友行が同地に現れて再興した鍛冶集団である。説示は友行をもって高田鍛冶の祖とし、現存する年紀作に貞治・正平の年号を伝える点を挙げる。友行のほか、その子あるいは門人と伝える時行が著名で、別系と思われる行政には建徳二年紀の短刀がある。南北朝期の作には「藤原」を冠し、室町期以降は「平」を銘じて「盛」「守」「鎮」「統」などを通字とし、これらを総じて平高田と汎称する。さらに末期に至って再び「藤原」を冠するようになり、江戸期以降もこれを踏襲して藤原高田と呼び習わされ区分される。この間に長盛・竪守・鎮教・鎮清・鎮正らを輩出し、鎮正の門からは伊予宇和島に移った国房が出て新刀期へと繋がるなど、室町後期から江戸期に及ぶ長い系譜を形づくった。 作風は説示の記すところ多彩で、一様には括れない。鍛えは板目に杢を交え、総じて肌立ちごころとなり、柾に流れる態を見せて、地沸つき地景入り、白気映りや乱れ映りが立つものが多い。刃文は直刃を基調とするものから、小互の目や角ばる互の目を交えて乱れるもの、腰の開いた複式風で末備前を彷彿とさせるもの、さらに皆焼に及ぶものまで幅がある。祖の友行は同時代の左文字一類に近似するが、刃中に角ばる互の目が間遠に連れ、地に白けが強く地斑を交える点が見どころとされる。室町期の作の多くに共通する要所として、刃中に針の先で突いたような固い葉が入ることが従来指摘されており、系統と時代の判別に資する。姿形は室町中期頃までは反りが深くついて反らせたものが多く、末期は身幅広めで反りが幾分浅く、中鋒が延びて時代を映した頑健な造込みとなる。行政の作のように、鍛えが大きく流れて古典色が濃く、櫃中に行平を踏襲した倶利迦羅の浮彫を施す例もみられる。 伝承の上では、高田物は実用刀として広く行き渡った一方、斯界の評価は決して高くないとされてきた。説示はその傾向を踏まえつつ、地刃に破綻なく締まりごころとなり、来国行を参考にしたとも言えるほどの出来を示す鎮教や、地鉄精良で匂口冴える鎮清の作をもって面目を挽回する出色の一口と評し、平高田中で最も技倆に優れ直刃を得意とした長盛を一派の代表として挙げる。伝来を備える品も少なくなく、行政の短刀は庄内酒井家に伝わって本阿弥光忠の折紙を添え、鎮教には黒田家の重宝となり享保名物追記に載る権藤鎮教の長刀があり、長盛の脇指には島津継豊から本田親章へ拝領された切付銘を持つものがある。中世豊後刀工の作域を今に伝える資料として、また実用に堪える堅牢さと九州古典派の余韻を併せ持つ一門として位置づけられる。 詳しく見る →
室町時代の備前
国内の戦乱と海外への貿易が、室町の備前を国内随一の刀剣産地にした。応仁の乱以後は戦国の需要が一世紀続き、遣明船は数万振の単位で刀を運んでいる。
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