戦国の世、一派は第二の主家に仕えた。小田原の後北条氏である。その庇護のもと綱広系は打刀の時代の皆焼を鍛え続け、1590年の落城とともに新刀の時代へ散った。
本作は、相州綱広の二代による、極めて質の高い一振りです。 相州伝の伝統的な特色に加え、綱広ならではの見どころが随所に現れています。綱広一門は古来より名高く、その刀や脇差は愛刀家の間で非常に高く評価されてきました。 本作の刃文は働きが豊富で、肌も力強く、豊かな表情を見せています。 日本美術刀剣保存協会の鑑定書が付属する古刀であり、刀剣博物館の田野辺先生による見事な鞘書きが施されています。 体配は豪壮で、延びごころの切先が本作の格調と美しさを一層引き立てています。また、銀着の豪華な太刀様式ハバキが添えられており、コレクターの方に自信を持ってお勧めできる名品です。 相州綱広(二代) 【永禄頃(1558年)相模】末古刀・上作 本姓は山村、通称は対馬。法名は源元。 作域は脇差が多く、刃文は乱刃、皆焼、直刃などを焼き、剣巻龍や草の久利伽羅などの彫物を得意とする。 銘:相州住綱(広) 時代:江戸初期(広光)頃(1600年代〜1700年代) 長さ:68.1 cm(2尺2寸5分強) 反り:11.0 mm 元幅:30.8 mm 先幅:24.6 mm 元重:7.5 mm 造り:鎬造、三ヶの棟(庵棟) 茎:磨上げ 鍛え:板目肌に杢目交じる 刃文:互の目乱れ 帽子:丸 状態:研磨状態良好 【末相州伝について】 室町時代に入ると、相州鍛冶は史上最高の名工の一人である正宗の末流として、それまでにない広い身幅と先反りを持つ短刀や脇差を制作しました。末相州の鍛冶は、島田鍛冶と同様に匂出来の皆焼を焼くのが特徴です。鎌倉・南北朝期の相州名工に見られるような、沸の輝きが強調された刃文はこの時期には影を潜めます。 広光、秋広、正広、広正といった名跡はこの時代まで継承され、さらに広次、冬広、助広、高広らが活躍しました。高広を除き、これらの銘は数代にわたって受け継がれたようです。 『古今銘尽』によれば、広次や助広は南北朝末期に大和国から移住した善広の系統とされていますが、その系譜の確定にはさらなる研究を待つ必要があります。 初代島田義助の門人である綱家を師に持ったとされる綱広は、その中でも卓越した技量を持ち、往時の相州伝を彷彿とさせる作風を示しました。末相州の鍛冶は短刀や脇差に彫物を施すことを好みましたが、中でも綱広は最も彫技に優れ、その名は江戸時代まで続きました。 また、同時期には島田派の流れを汲む康国、康春、康治の三名が活躍しました。康春は彫物を伴う小振りの短刀を好んで制作しています。彼らは後北条氏に抱えられ、その城下町である小田原に住したことから「小田原相州」と呼ばれました。 末相州の刀身にはしばしば彫物が見られますが、中でも房宗は精巧な彫物を得意とし、綱家との合作も伝えられています。末相州鍛冶は通常、乱刃を焼きますが、永正頃の国次は短刀に直刃や細直刃を焼いています。国次の系譜については未だ詳らかではありません。 【鑑定書】 第360911号 刀 銘:相州住綱(以下切)(綱広) 長さ:68.1 cm 右は、当協会に於いて審議の結果、保存刀剣として鑑定する。 平成14年2月8日 財団法人 日本美術刀剣保存協会(NBTHK) 最新情報をご希望の方はこちら 日本刀アンティークの最新ニュースや更新情報をお届けするメーリングリストにご登録ください。 【登録する】 ご登録ありがとうございます。 メールアドレスは厳重に管理され、当サイトからの更新情報の送信のみに使用されます。





相州伝 · 相模 · 1558-1570頃
藤代 Jo saku · 刀剣大鑑 上位37%
現在1点販売中
綱廣の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
相州伝 · 相模
時期区分: 末相州· 1356–1868
現在19点販売中
末相州は、南北朝の広光・秋広の代を承け、室町期に入って相模で営まれた相州伝の継続である。現存遺品に即せば、室町中期を遡るものはなく、室町後期から戦国期にかけてが本区分の中心をなす。その軸となる工が綱広で、銘鑑には初代を建武とする伝もあるが、確かな在銘は天文年紀のものが最も古く、通説はこれを初代として、二代を天正、三代を慶長、四代を寛永、五代を万治頃と伝える。綱広は広正の子孫で、初め名跡を継いだが、後北条家の氏綱に召されて小田原に居を移し、綱の一字を賜って改銘したと伝え、その名跡は新々刀期にまで連なった。鎌倉にはこの綱広らが住し、これと別に小田原には康春・康国・総宗・景総らが在住して、これらを小田原相州と称する。広次もまた相州鎌倉に住して明応・天文の頃に活躍し、室町後期を代表する相州鍛冶の一人に数えられる。後北条氏の庇護のもと、正宗・貞宗を生んだ南北朝の盛時を遠く望みつつ、皆焼の系譜を保持して相州伝を伝えたのが、この区分の刀工たちであった。 作風の核は、広光・秋広が完成させた皆焼を継ぐ点にある。鍛えは板目に杢や流れ肌を交えてやや肌立ち、地沸がつき、地景が入る。刃文はのたれ・互の目に丁子・矢筈風の刃・尖り刃などを交え、飛焼・棟焼を盛んに交えて皆焼となり、沸がよくつき、金筋・砂流しがかかる。綱広は玉状ないし三日月状の飛焼を見せる皆焼を得意とし、広次に至っては焼高く、沸の強い迫力ある皆焼を焼いて、一見すると南北朝の長谷部派を思わせるほどに到る。古典相州の頂点と分かつのは、この皆焼の扱いに見える。正宗・貞宗の代では、のたれ基調の地刃に沸が深く澄んで明るく冴え、地にこぼれた沸が湯走りをなして自在に働いたのに対し、末相州の皆焼は飛焼・棟焼を全面に散らす構成そのものを看どころとして前に押し出す傾きを帯び、地鉄もやや肌立って、鎌倉期の鉄の冴えからは一段隔たる。小田原相州はこの大筋において綱広らと大差ないが、小振りの刀姿があること、濃厚緻密な彫刻を多く備えることに特色があり、殊に総宗の倶利迦羅や八幡大菩薩・梵字の彫は巧緻と評される。 鑑定にあっては、まずやや肌立つ板目に地沸・地景が働き、飛焼・棟焼を交えた皆焼に金筋・砂流しがかかる地刃を相州の継続と読み、次に古典との隔たりを沸の深さと鉄の冴えの差、そして皆焼を誇示的に焼き出す傾きに求めて末相州と分かつ。区分内では、綱広を皆焼と玉状の飛焼に、広次を長谷部風を思わせる強い沸の皆焼に、総宗ら小田原相州を小振りの姿と緻密な彫刻に見分ける。主要工は綱広・広次・総宗で、康春・康国・景総がこれに連なる。伝来の面では、綱広に後北条家の重臣桜井大学の所持銘を有する一口があり、本区分が後北条氏の小田原を地盤として営まれた事実を裏づけている。 詳しく見る →
戦国の世、一派は第二の主家に仕えた。小田原の後北条氏である。その庇護のもと綱広系は打刀の時代の皆焼を鍛え続け、1590年の落城とともに新刀の時代へ散った。
販売店の出品ページで鑑定書を確認できませんでした。日本刀および刀装具は通常、NBTHK(または NTHK)の鑑定を受けます。鑑定書がない場合、極めは販売店の見解にとどまり、第三者による確認は行われていません。ご購入前に販売店へ鑑定書の有無をお問い合わせのうえ、慎重にご判断ください。
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本作は、相州綱広の二代による、極めて質の高い一振りです。 相州伝の伝統的な特色に加え、綱広ならではの見どころが随所に現れています。綱広一門は古来より名高く、その刀や脇差は愛刀家の間で非常に高く評価されてきました。 本作の刃文は働きが豊富で、肌も力強く、豊かな表情を見せています。 日本美術刀剣保存協会の鑑定書が付属する古刀であり、刀剣博物館の田野辺先生による見事な鞘書きが施されています。 体配は豪壮で、延びごころの切先が本作の格調と美しさを一層引き立てています。また、銀着の豪華な太刀様式ハバキが添えられており、コレクターの方に自信を持ってお勧めできる名品です。 相州綱広(二代) 【永禄頃(1558年)相模】末古刀・上作 本姓は山村、通称は対馬。法名は源元。 作域は脇差が多く、刃文は乱刃、皆焼、直刃などを焼き、剣巻龍や草の久利伽羅などの彫物を得意とする。 銘:相州住綱(広) 時代:江戸初期(広光)頃(1600年代〜1700年代) 長さ:68.1 cm(2尺2寸5分強) 反り:11.0 mm 元幅:30.8 mm 先幅:24.6 mm 元重:7.5 mm 造り:鎬造、三ヶの棟(庵棟) 茎:磨上げ 鍛え:板目肌に杢目交じる 刃文:互の目乱れ 帽子:丸 状態:研磨状態良好 【末相州伝について】 室町時代に入ると、相州鍛冶は史上最高の名工の一人である正宗の末流として、それまでにない広い身幅と先反りを持つ短刀や脇差を制作しました。末相州の鍛冶は、島田鍛冶と同様に匂出来の皆焼を焼くのが特徴です。鎌倉・南北朝期の相州名工に見られるような、沸の輝きが強調された刃文はこの時期には影を潜めます。 広光、秋広、正広、広正といった名跡はこの時代まで継承され、さらに広次、冬広、助広、高広らが活躍しました。高広を除き、これらの銘は数代にわたって受け継がれたようです。 『古今銘尽』によれば、広次や助広は南北朝末期に大和国から移住した善広の系統とされていますが、その系譜の確定にはさらなる研究を待つ必要があります。 初代島田義助の門人である綱家を師に持ったとされる綱広は、その中でも卓越した技量を持ち、往時の相州伝を彷彿とさせる作風を示しました。末相州の鍛冶は短刀や脇差に彫物を施すことを好みましたが、中でも綱広は最も彫技に優れ、その名は江戸時代まで続きました。 また、同時期には島田派の流れを汲む康国、康春、康治の三名が活躍しました。康春は彫物を伴う小振りの短刀を好んで制作しています。彼らは後北条氏に抱えられ、その城下町である小田原に住したことから「小田原相州」と呼ばれました。 末相州の刀身にはしばしば彫物が見られますが、中でも房宗は精巧な彫物を得意とし、綱家との合作も伝えられています。末相州鍛冶は通常、乱刃を焼きますが、永正頃の国次は短刀に直刃や細直刃を焼いています。国次の系譜については未だ詳らかではありません。 【鑑定書】 第360911号 刀 銘:相州住綱(以下切)(綱広) 長さ:68.1 cm 右は、当協会に於いて審議の結果、保存刀剣として鑑定する。 平成14年2月8日 財団法人 日本美術刀剣保存協会(NBTHK) 最新情報をご希望の方はこちら 日本刀アンティークの最新ニュースや更新情報をお届けするメーリングリストにご登録ください。 【登録する】 ご登録ありがとうございます。 メールアドレスは厳重に管理され、当サイトからの更新情報の送信のみに使用されます。





相州伝 · 相模 · 1558-1570頃
藤代 Jo saku · 刀剣大鑑 上位37%
現在1点販売中
綱廣の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
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相州伝 · 相模
時期区分: 末相州· 1356–1868
現在19点販売中
末相州は、南北朝の広光・秋広の代を承け、室町期に入って相模で営まれた相州伝の継続である。現存遺品に即せば、室町中期を遡るものはなく、室町後期から戦国期にかけてが本区分の中心をなす。その軸となる工が綱広で、銘鑑には初代を建武とする伝もあるが、確かな在銘は天文年紀のものが最も古く、通説はこれを初代として、二代を天正、三代を慶長、四代を寛永、五代を万治頃と伝える。綱広は広正の子孫で、初め名跡を継いだが、後北条家の氏綱に召されて小田原に居を移し、綱の一字を賜って改銘したと伝え、その名跡は新々刀期にまで連なった。鎌倉にはこの綱広らが住し、これと別に小田原には康春・康国・総宗・景総らが在住して、これらを小田原相州と称する。広次もまた相州鎌倉に住して明応・天文の頃に活躍し、室町後期を代表する相州鍛冶の一人に数えられる。後北条氏の庇護のもと、正宗・貞宗を生んだ南北朝の盛時を遠く望みつつ、皆焼の系譜を保持して相州伝を伝えたのが、この区分の刀工たちであった。 作風の核は、広光・秋広が完成させた皆焼を継ぐ点にある。鍛えは板目に杢や流れ肌を交えてやや肌立ち、地沸がつき、地景が入る。刃文はのたれ・互の目に丁子・矢筈風の刃・尖り刃などを交え、飛焼・棟焼を盛んに交えて皆焼となり、沸がよくつき、金筋・砂流しがかかる。綱広は玉状ないし三日月状の飛焼を見せる皆焼を得意とし、広次に至っては焼高く、沸の強い迫力ある皆焼を焼いて、一見すると南北朝の長谷部派を思わせるほどに到る。古典相州の頂点と分かつのは、この皆焼の扱いに見える。正宗・貞宗の代では、のたれ基調の地刃に沸が深く澄んで明るく冴え、地にこぼれた沸が湯走りをなして自在に働いたのに対し、末相州の皆焼は飛焼・棟焼を全面に散らす構成そのものを看どころとして前に押し出す傾きを帯び、地鉄もやや肌立って、鎌倉期の鉄の冴えからは一段隔たる。小田原相州はこの大筋において綱広らと大差ないが、小振りの刀姿があること、濃厚緻密な彫刻を多く備えることに特色があり、殊に総宗の倶利迦羅や八幡大菩薩・梵字の彫は巧緻と評される。 鑑定にあっては、まずやや肌立つ板目に地沸・地景が働き、飛焼・棟焼を交えた皆焼に金筋・砂流しがかかる地刃を相州の継続と読み、次に古典との隔たりを沸の深さと鉄の冴えの差、そして皆焼を誇示的に焼き出す傾きに求めて末相州と分かつ。区分内では、綱広を皆焼と玉状の飛焼に、広次を長谷部風を思わせる強い沸の皆焼に、総宗ら小田原相州を小振りの姿と緻密な彫刻に見分ける。主要工は綱広・広次・総宗で、康春・康国・景総がこれに連なる。伝来の面では、綱広に後北条家の重臣桜井大学の所持銘を有する一口があり、本区分が後北条氏の小田原を地盤として営まれた事実を裏づけている。 詳しく見る →
戦国の世、一派は第二の主家に仕えた。小田原の後北条氏である。その庇護のもと綱広系は打刀の時代の皆焼を鍛え続け、1590年の落城とともに新刀の時代へ散った。
販売店の出品ページで鑑定書を確認できませんでした。日本刀および刀装具は通常、NBTHK(または NTHK)の鑑定を受けます。鑑定書がない場合、極めは販売店の見解にとどまり、第三者による確認は行われていません。ご購入前に販売店へ鑑定書の有無をお問い合わせのうえ、慎重にご判断ください。
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