1876年の廃刀令は帯刀を終わらせ、工芸そのものを死の淵に追った。軍の需要と皇室の庇護が命脈を保ち、1906年には月山貞一と宮本包則が帝室技芸員に任じられている。
会津十一代兼定は、天保八年、会津若松城下に、十代の子として生まれました。父に付いて鍛刀を学び、嘉永五年、十六歳で会津藩に出仕、初め『兼元』と銘し、嘉永七年、十八歳からは、父の代作代銘も行っています。文久三年四月、藩主松平容保の命により上洛、京都御所の警護に当たり、同年十二月、『和泉守』を受領、同時に『兼定』へ改銘、以後元治二年二月に、会津へ帰国するまでの作を、『洛陽(京)打ち』と言います。慶応元年八月、家督を相続、明治二年九月、父が没した後、藩命により、越後国加茂へ移住、以降明治七年九月までの五年間、この地で鍛刀しました。これを『加茂打ち』と言います。明治三十六年、六十七歳没。鍛刀地は、会津、京、越後、最晩年には東京でも鍛刀していますが、京、東京での作はほとんど見られません。 作風は、小板目の良く詰むもの、無地風、板目がうねる肌物、柾目鍛えなどが見られ、刃文も直刃、湾れ、乱れ、三本杉風の互の目と多岐に渡ります。造り込みは、豪壮な作は稀で、姿尋常な作が多く見られます。 本作は、『於北越加茂造』とあることからも分かるように、いわゆる『加茂打ち』、年紀はありませんが、やや細鏨の銘から、明治六年の頃の作と鑑せられます。 寸法九寸五分、身幅しっかりとした大柄な短刀、本誌では、これまでも加茂打ち短刀を数振り掲載しましたが、長くてもせいぜい八寸五分程度ですので、貴重です。 直湾れ調の刃は、二重刃、金筋、砂流し頻りに掛かり、切っ先付近には湯走りが烈しく掛かるなど、沸の働きが盛んです。 地が少し荒れたような所もありますが、加茂打ち短刀でこの寸法は見過ごせません。新撰組鬼の副長、土方歳三の愛刀としても名高い会津十一代兼定です。

美濃伝 · 陸奥 · 1837-1903頃
現在3点販売中
美濃伝 · Iwashiro
現在7点販売中
明治 廃刀令ののち
1876年の廃刀令は帯刀を終わらせ、工芸そのものを死の淵に追った。軍の需要と皇室の庇護が命脈を保ち、1906年には月山貞一と宮本包則が帝室技芸員に任じられている。
保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイト刀剣、刀装具、骨董等1点ものにつきましては、キャンセル待ちのお客様がおられる場合がございますので、ご返品のご連絡は商品到着後3日以内、ご返送は8日以内にお願いいたします。ご返金は商品ご返送到着後即日に致します。
会津十一代兼定は、天保八年、会津若松城下に、十代の子として生まれました。父に付いて鍛刀を学び、嘉永五年、十六歳で会津藩に出仕、初め『兼元』と銘し、嘉永七年、十八歳からは、父の代作代銘も行っています。文久三年四月、藩主松平容保の命により上洛、京都御所の警護に当たり、同年十二月、『和泉守』を受領、同時に『兼定』へ改銘、以後元治二年二月に、会津へ帰国するまでの作を、『洛陽(京)打ち』と言います。慶応元年八月、家督を相続、明治二年九月、父が没した後、藩命により、越後国加茂へ移住、以降明治七年九月までの五年間、この地で鍛刀しました。これを『加茂打ち』と言います。明治三十六年、六十七歳没。鍛刀地は、会津、京、越後、最晩年には東京でも鍛刀していますが、京、東京での作はほとんど見られません。 作風は、小板目の良く詰むもの、無地風、板目がうねる肌物、柾目鍛えなどが見られ、刃文も直刃、湾れ、乱れ、三本杉風の互の目と多岐に渡ります。造り込みは、豪壮な作は稀で、姿尋常な作が多く見られます。 本作は、『於北越加茂造』とあることからも分かるように、いわゆる『加茂打ち』、年紀はありませんが、やや細鏨の銘から、明治六年の頃の作と鑑せられます。 寸法九寸五分、身幅しっかりとした大柄な短刀、本誌では、これまでも加茂打ち短刀を数振り掲載しましたが、長くてもせいぜい八寸五分程度ですので、貴重です。 直湾れ調の刃は、二重刃、金筋、砂流し頻りに掛かり、切っ先付近には湯走りが烈しく掛かるなど、沸の働きが盛んです。 地が少し荒れたような所もありますが、加茂打ち短刀でこの寸法は見過ごせません。新撰組鬼の副長、土方歳三の愛刀としても名高い会津十一代兼定です。

美濃伝 · 陸奥 · 1837-1903頃
現在3点販売中
美濃伝 · Iwashiro
現在7点販売中
明治 廃刀令ののち
1876年の廃刀令は帯刀を終わらせ、工芸そのものを死の淵に追った。軍の需要と皇室の庇護が命脈を保ち、1906年には月山貞一と宮本包則が帝室技芸員に任じられている。
保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイト刀剣、刀装具、骨董等1点ものにつきましては、キャンセル待ちのお客様がおられる場合がございますので、ご返品のご連絡は商品到着後3日以内、ご返送は8日以内にお願いいたします。ご返金は商品ご返送到着後即日に致します。