鎌倉時代は備前の頂点である。伝えでは一文字派の工が後鳥羽上皇の御番鍛冶に列し、世紀の半ばには光忠が長船派を興して、注文は公家からも武家政権からも流れ込んだ。国宝刀剣の数で備前に並ぶ国はない。
刃渡り(長さ) 67.4センチ 反り 1.5センチ(切先、棟区の間) 元鎬厚 6.3ミリ 元重ね5.6ミリ 先鎬厚 5.0ミリ 先重ね4.6ミリ 元幅 28.9ミリ 先幅 19.7ミリ 刀身重量668g ハバキ 金貼り(貴金属測定機でK22確認済み) 目釘穴 2個 刃文 直調湾れ仕立て尖り刃、小丁子小乱れに入る 匂出来 乱れ映り淡く立ち、ほつれ、葉、足入り匂口全体的に煙り物打ち所は締る 帽子 直調返一文字心 鍛え 小板目詰み地鉄良く錬られる 寸法、グラムは約でご理解ください。刃渡り・反りなど登録書を映しております。 銘文 備前國住真光 説明 ↓ここに画像が表示されます。(通信環境により数十秒ほどかかる場合もございます。) 1/3 2/3 3/3




備前伝 · 備前 · 1317-1319頃
刀剣大鑑 上位10%
真光は、備前国長船派の刀工で、光忠の門人とも、長光の門人とも伝えられる。通説では長光の門人として知られ、地刃の作風が景光に近いとされる。しかし、現存する作中には、年代や作位において長光に劣らないものも見られ、同名二代の存在を唱える説もある。在銘作は非常に少なく、正慶二年の年紀作が現存し、「長船住人真光」、或は「左近将監平真光」と銘する作例がある。
作風は、小板目肌のよくつんだ鍛えに、地沸が微塵につき、地景が細かに入り、乱れ映りが鮮明に立つものを特色とする。刃文は、直刃を基調に、頭の丸い丁子、角ばる刃、互の目、小のたれなどが交じる。足・葉が入り、匂勝ちに小沸がつき、金筋・砂流しが細かにかかる。帽子は、浅くのたれ込み、先小丸ごころとなるものや、直ぐに丸く浅く返るものなどが見られる。総じて、長光周辺の出来口を示すとされるが、長光、景光、近景らに見られる、いわゆる三作帽子とは異なる点も指摘される。
真光の刀は、地刃共に健全なものが多く、その作風は、師である長光の穏やかな部類の出来によく似ているとされる。重要刀剣に指定されている作は、腰反りの高い生ぶの太刀姿が称揚され、小板目肌のよくつんだ精美な鍛えも優れていると評価されている。鎌倉末期の長船物の中でも、真光の作風が認められる一口として、出来が良いとされる。
眞光の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
備前伝 · 備前
時期区分: 古長船· 1238–1335
現在257点販売中
片落ち互の目という一様式を完成させた景光をひとつの到達点として、古長船は鎌倉時代中後期(おおむね一二三八年から一三三五年)の長船派草創の核を成す。光忠を初代とし、その子長光、そして真長を加えた三作の世代がまず作風の幅を定め、続いて長光の子で嫡流三代目の景光がこれを受け継いだ。景光の年紀は嘉元から建武までの三十余年に及び、説示にも元応・元亨・正中・元徳・元弘・建武といった在銘紀年作が並ぶ。武家社会の中枢で太刀が需められた鎌倉末期にあって、この草創世代は長船の鍛法と銘の様式を確立し、のちの南北朝期相伝備前や室町応永備前が分岐していく母体を準備した。逆鏨を多用する近景の代銘が景光在銘作に交じる事実も、すでに一門が複数の手で量産しうる工房へ育っていたことを示している。 作風は地鉄に古長船の眼目がある。板目に杢を交えて総じてよく錬れて緩みなく詰み、地沸が微塵に厚くつき、地景が細かに入る。映りは乱れ映りまたは棒映りが鮮明に立ち、景光の太刀では暗帯部が逆がかって青江の段映りに通じる筋映りを表裏下半に現すものまで見える。刃文は華やかな丁子乱れを基調とした世代の作と、直刃調に小互の目・小丁子・角ばる刃を交えて逆がかり、片落ち互の目を主調とする景光の穏やかな出来とが併存し、足・逆足・葉がよく入り、匂勝ちに小沸がつき、匂口は明るく冴える。帽子は乱れ込んで先尖りごころに返る三作帽子を見せる。古備前が地斑映りと厚い沸を残す素朴な源流であったのに対し、古長船は映りを意識的に立て、鍛えを精緻に詰めた点で一線を画する。さらに後続の南北朝期相伝備前が相州伝の強い沸や飛焼を取り込んで大模様に乱れ込むのに対し、また応永備前が腰開きの互の目と尖り帽子へ向かうのに対し、古長船は匂本位の締まった作域にとどまり、映りの鮮明さと地鉄の精良さで識別される。 収集家が古長船をひとつの章として区別するのは、後続の相伝備前や応永備前とは別の鑑定上の指標が立つからである。要点は三つある。第一に、暗帯部の逆がかる地斑映りや筋映りといった、後代には薄れる映りの強さ。第二に、片落ち互の目と直刃調に小乱れを交えた匂勝ちの穏やかな焼刃で、これは長光の華やかさと相州色の濃い南北朝期の双方から本区分を分かつ。第三に、景光に多く現存する短刀の存在で、細直刃から片落ち互の目まで小振りの姿に一門の特質が凝縮される。説示には元応元年紀の生ぶ茎太刀、正中・元徳・元弘・建武紀の短刀、筑前黒田家伝来の一口など、紀年と伝来の確かな作例が並び、古長船を年代の定点として捉える基盤を与えている。 詳しく見る →
鎌倉時代の備前
鎌倉時代は備前の頂点である。伝えでは一文字派の工が後鳥羽上皇の御番鍛冶に列し、世紀の半ばには光忠が長船派を興して、注文は公家からも武家政権からも流れ込んだ。国宝刀剣の数で備前に並ぶ国はない。
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